第三十七話
再び一時間経過。
今度はミリエルも眠らずに、次の作業に備えていた。
「次の作業はそんなに難しくない。俺が作ったものと、ミリエルが作ったもの、この二つを混ぜ合わせて一つにしていくんだ」
その両方を手に取ると、ユーゴは少し大きめの瓶に注ぎ込んでいく。
ここでも反応が起こる。
二つの魔力が混ざり合うことでキラキラと輝きを放ち、全て注ぎ終わるとその輝きは落ち着いてくる。
「綺麗……」
ミリエルはその反応に感激したように見入っている。
薬の色は、まるで空のような、透き通った透明感のある青色になっていた。
「これで、完成だ。最後の手順について説明をするが、これは同じ手順で作った、別の魔力を持った素材が必要になるんだ。一つ目は俺が作って、二つ目をミリエルが作って、それを合わせることで真の完成となったんだよ」
瓶の中で落ち着いている薬を見て、ユーゴは完成を確信している。
「これで、森熱病が治るのね……?」
緊張をにじませたミリエルの質問に、ユーゴは深く頷く。
「あぁ、治る。これであの子を救えるはずだ」
薬を手に取ったユーゴは、真剣な、それでいてどことなくホッとしたような表情をしている。
作りあげる自信はあった。材料も、加工方法も、作るまでの手順も詳細に記憶している。
しかし、それでもどこかに一抹の不安はあった。それほどまでにこの薬は精密さを求められる難しいレシピの一つだった。
だが、こうやって完成をしたことでその不安も払拭されていた。
「よかった、これで……」
ふわりとほほ笑んだミリエルは感動しているのか、目じりに涙が浮かんでいる。
「作り方もミリエルに伝えられたし、よかったよ。これでこのあたりでは森熱病に関して困る人もいなくなるんじゃないかな」
ユーゴも優しく笑ってそう言うと、ミリエルの涙がピタリと止まる。
「……い、今なんて?」
「いや、だから森熱病の特効薬の作り方はミリエルに伝えたから、もう安心だなって」
その衝撃的な言葉にミリエルは動きを止めて思考する。
入手が難しい素材が必要で、あんなに難しい工程をこなす薬を自分が作る?
その言葉を自分の中で何度か繰り返したところで、ミリエルは勢いよく首を横に振った。
「――む、無理無理! 無理よ! こんなに難しい薬一人では作れないわ!」
慌てた様子のミリエルを見て、ユーゴは吹き出すように笑顔になる。
「ははっ、わかってるよ。素材に関してはストックは必要だろうから、そこは考える。作り方も、何回か一緒に作ってみればいいさ。作り方さえわかれば、それを誰かに指示することだってできる。知識も大事さ」
ユーゴは何も一人で背負うことはないと、そんな言葉をかけると特効薬入りの瓶をカバンに入れて工房の外に向かう。
少し遅れたがミリエルもすぐにあとを追いかけ、二人で領主の屋敷へと向かって行った。
屋敷に到着すると、二人はすぐに中に通されてアーシャの部屋へと案内される。
そこには既にガンズとディバドルの姿があった。
「おぉ、ユーゴ殿にミリエルさん。薬が完成したんですね!」
やや大きな声で言うガンズに対して、ユーゴは指で静かにするようジェスチャーで合図する。はっとしたように口元を押さえる。
「まず確認。アーシャは食事をとれたか? 水分は? いつからこの状態なんだ?」
矢継ぎ早に質問するユーゴ。
ちらりと横目で見たベッドで寝ているアーシャの顔は火照って赤く、恐らく熱が出ていることがわかる。
額にはじっとりと汗が、呼吸も荒く、辛そうに表情をゆがめているのが見て取れる。
「え、えっと、食事は細々とではありますがなんとか……パン粥をこの器の半分食べられました。水分は水をコップ一杯半といったところです。この状態になったのは確か……」
「メイドが気づいて、すぐに呼ばれましたが、それがつい二時間ほど前になります」
前半を答えたのがアーシャの父ガンズ、後半を答えたのが領主ディバドルだった。
「なるほど、だったらまだ大丈夫だな」
うなされている時間が長ければ長いほど体力を奪われていき、食事ができなければ体力の回復も望めない。
体力がなければ薬の力があっても、完治の可能性が低くなってしまう。
「早速だが、飲む準備をしよう。まずは薄いポーションをアーシャに振りかける」
ユーゴが薬の服用準備を始めると、邪魔をしないようにと全員がベッドから離れていく。
薄いポーションは振りかけられると淡い光と共にアーシャの身を包み込む。
少し荒かった息が落ち着き、顔色も赤みが和らいだように見えた。
「少しだけ顔色が良くなったか。これ以上ポーションに頼るのは厳しいから、早速飲んでもらうぞ」
さきほどミリエルと共に作った薬の瓶のふたを開けて口元へ持っていくが、アーシャは飲み込むことができず、薬はぼたぼたと口元からこぼれてしまう。
「多少改善はしたが、飲む気力がないな……」
「っ……そ、そんな!? なんとかしてください!」
ユーゴの言葉に絶望感を感じたガンズが、すがろうとする。その気持ちはディバドルも同様であり、なんとかしてくれという表情でユーゴを見ていた。
「……わかった。なんとかするけど、あとで怒るなよ?」
ユーゴの頭には一つの方法が頭に浮かんだが、方法が方法だけに少しためらっていた。彼が何をするのか見当がつかなかったが、なんとかしてくれるのならばと二人は大きく頷く。
「――仕方ない、いくぞ」
するとユーゴは特効薬をぐいっとあおり、口に含む。
そして、そのままアーシャの唇に自らの唇を触れさせる。
「……なっ!」
「なんと!?」
「ユ、ユーゴ!?」
この場にいる三人が驚くが、ユーゴはそんなことに構っていられない。目的は薬を飲ませて、彼女の命を救うことである。
無理やり唇を開いて、薬を飲ませる。
促されるように口の中に入った薬をアーシャはこくこくと飲んでいった。
「はあ……これで飲ませられた。全量じゃないが、これで効くはずだ……」
ユーゴは、アーシャの身体に効果が出ることを願い、膝をついて手を握り、そこから回復魔法を丁寧に、微量に流していく。
数分が経過した頃に、アーシャの呼吸が落ち着いてくる。顔色も良くなってきているのが誰の目から見ても明らかだった。
「ふう、あとは残ったのを飲んでくれれば……」
そこで手をゆっくりとベットに置いたユーゴは瓶に残った特効薬を再びアーシャの口元に持っていく。
すると今度はこぼさずにゆっくりと飲んでいった。全てを飲み切ると、アーシャの顔色は穏やかなものとなり、呼吸も完全に落ち着く。
「アーシャ……」
嬉しさに満ちた様子でガンズが声をかけようとするが、今度もユーゴによって止められた。
その理由はアーシャが穏やかな寝息をたてて眠りについたためだった。
これまでは病気と闘うための眠りだったが、ここからは身体を休めるための大事な眠りになる。
「外に出よう」
それだけ告げると全員を外に連れ出す。
そして、そのまま一同は応接室へと移動した。
「さて、いいだろ。アーシャは数日休めば完全復活するはずだ。ただし、最初はお腹に負担にならないものから食べさせてくれ。運動も少しずつ様子を見ながらやるといい。それと、この病気は一度治ると次はならない……はずだ。少なくとも俺はそう記憶している」
「わ、わかりました……」
ユーゴの説明をガンズはメモをとりながら聞いている。
「さて、疲れたから俺は家に帰るかな。ミリエルもお疲れ様」
「私も」
ユーゴが首を回しながら立ち上がり、ミリエルも疲労が浮かんだ顔でそれに続く。
「ま、待って下さい!」
それを慌てて止めたのはディバドル。真剣な表情で二人を見た。
「お二人には何もお礼をできていません! それをそのまま返すというのは恩を仇で返すようなものです!」
そう言われてユーゴは考え込む。
今回の作業に対しての礼となると、想定以上のものとなる可能性もある。騒がれてしまうのはユーゴとしても本意ではない。
「ミリエルはどうする?」
そう質問することでユーゴは時間を稼ぐ。
「わ、私? そ、そうねえ……急に言われると困るけど、欲しい調合器具があるからそれを一式欲しいかも」
錬金術師が使う調合器具はいろいろあるが、ミリエルが欲しいと思っていたそれはかなりの金額であるため、少々遠慮がちにそれを口にする。
「承知しました。欲しい調合器具について具体的に教えてもらえれば、こちらですぐに用意します。それで、ユーゴ殿は?」
それくらいならばと笑顔で即答したディバドルは次の質問をユーゴに投げる。
「――貸し一つ」
「かし?」
答えを準備していたユーゴの言葉にディバドルは首を傾げる。
「あぁ、俺が何か困った時に力を貸してくれ。それでいい。もしそれが嫌なら、貸し二つで構わない」
ユーゴの提案にディバドルはニヤリと笑って頷いた。
「それでは、私が一つ、ガンズが一つ、アーシャが一つで合計借り三つとしましょう」
「それでいこう」
太っ腹な判断にユーゴもニヤリと笑って返し、部屋をあとにした。
家の玄関へと向かって行く途中で、目覚めたアーシャの声が小さく聞こえてきて、ユーゴとミリエルの頬を緩ませることになった。
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