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第三十四話


 数十分後


「ガア!?」

 その声と共にボスアイスウルフが慌てて飛び起きる。


「よう、起きたか」

 ユーゴが声をかけると、牙をむいて対峙する。

 対峙するが、ボスアイスウルフは周囲を見て徐々に力が抜けていく。


「状況、わかってくれたみたいだな。なあ、お前たち」

 今度は周囲の魔物たちへ声をかける。ユーゴが殴り飛ばし、衝撃波で吹き飛ばした魔物たちは笑顔でユーゴとボスアイスウルフを囲んでいる。


『怪我はお前のも含めて全員治しておいた。ついでに言うと氷の牙……俺たちはそう呼んでいるんだけど、それをもらった』

 氷の牙が何を指しているのかわかったらしく、ボスアイスウルフは慌てて氷の牙に顔を向ける。


「ガウ?」

 無くなっていると思われた氷の牙がそこに鎮座しているため、ボスアイスウルフは首を傾げ、視線をユーゴに戻す。


『あぁ、別にあのデカい氷の牙が全部必要なわけじゃないんだよ。少しだけわけてくれればいいんだ。知り合いの娘を助けるために薬を作りたい。その材料として、いくらか手に入れば十分なんだよ』

 知能の高そうなボスアイスウルフにユーゴは説明をして、理解を求める。


「ガ、ガウ……」

 そうだったのか……と少々落ち込んでいる様子のボスアイスウルフ。ユーゴが最初から好戦的な様子だったとはいえ、事情をきくことができれば仲間を失うことには……。そこまで考えたところで、大事なことに気づく。


「ガ、ガガウ! ガウガウ!」

 治したって、全員生きてるのか!? と今更ながら驚くボスアイスウルフ。


『俺は殺すつもりで戦ってないさ。目的は氷の牙だったし、こいつらには全員気絶してもらっていたんだよ。お前も致命的なダメージは受けてないだろ?』

「ガ、ガウ」

 そう言われればと自らのダメージを確認する。


「というわけで、これはもらっていくぞ」

 ユーゴは小さな小瓶に入った、氷の牙のかけらを魔物たちに見せる。

 そして、洞窟をあとにしようとする。


「アオーーーン!!」

 しかし、このままユーゴを帰すわけにはいかないと、ボスアイスウルフが洞窟内に響き渡るほどの大きな遠吠えをあげる。


 魔物たちは、ボスアイスウルフの命に従って動き出す。


「な、なんだ?」

 急に動き始めたため、ユーゴは驚き魔物たちを見回す。

 魔物たちはユーゴに再び襲い掛かろうと、したわけではなく綺麗に一列に整列していた。


「ガウ、ガウガウ!」

 そして、一斉に頭を下げた。

 戦う意思を持ってユーゴと相対したにも関わらず、一体の犠牲もなく戦いを終えることができた。加えて、全員の治療まで行ってくれた。


 そのことにボスアイスウルフたちは感謝をしており、頭を下げることでその気持ちを伝えていた。


『ははっ、いいんだよ。そもそも俺がお前たちの領域に入り込んで、お前たちが大事にしていたものをもらおうとしたんだからな。俺のほうこそ、悪かった。そしてありがとう』

 ユーゴも頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を口にする。


「アオーン!」

 ボスアイスウルフの遠吠えと共に再び頭を下げる魔物たち。

 ユーゴは笑顔で右手を上げて返事として、その場を後にしようとする。


 しかし、そこでユーゴがふと足を止めた。

「帰り道、どっちだ?」

 キョロキョロとあたりを見ているユーゴを見て、帰り道がわからないのだろうと察したボスアイスウルフの配慮でアイスバットが案内役を担当してくれることとなった。



 案内は的確であり、すぐに洞窟から出られたユーゴはアイスバットに礼を言うと下山していく。

 魔物たちが全員目覚めて説明をすることで時間をかけてしまったため、魔倉庫から取り出した盾を使うことで一気に降りていく。


「ヒャッホー!」

 大学生の時にサークルの旅行で数回経験したことのあるスノーボード。その経験を生かして、急な斜面を下っていく。

 学生の頃は何度も転んだが、その経験が今の自分にフィードバックされているためスイスイと滑走していった。


 下山した頃にはだいぶ時間も経過しており、昼をとうに過ぎて、日が沈むのももうそろそろであった。

「思っていた以上に時間がかかったが、休んでいられないな……急ぐぞ」

 アーシャに飲ませたポーションの効果は持って数日。そして山で時間をかけた原因は自分にある。であるならば、帰りは夜であろうと急ぐしかない。


 それがユーゴの判断であり、夜間であるため人の目につきにくいと空を飛んで移動することで速度をあげていく。


 時折、夜目の聞く魔物などがユーゴを視界にとらえて驚くことがあったが、それ以外には特に問題も起こらずに街の近くまであっという間に到着する。

 到着したのは深夜、さすがにこの時間に領主の館へ向かうのは問題がある。かといって、自分の家で作業ができるかといえばそれも設備的に難しい。


「さて、どうしたものか……」

 街の北門を前にしてユーゴは腕を組んで悩む。

 すると、それに気づいた衛兵が声をかけてきた。


「どうかしましたか?」

 こんな時間に門の近くで立ち尽くしている男ともなれば、怪しさ爆発であり、声をかけざるをえない。


「あぁ、ちょっと出ていて、さっき戻って来たんだけど……どうしたものかと」

 どうしたものか、というアバウトな発言に衛兵も苦笑する。


「うーん、それでは質問をしましょう。街に戻ってきて何をしようと思っていましたか?」

 最初にやろうとしたこと、そこから考えていくのがいいとの衛兵からの助言。


「昼間だったら、そのまま領主の館に行こうと思っていたんだよ。ちょっと用事を頼まれていて、その品物を届けようと……」

 領主の館という言葉を聞いて、衛兵は目を丸くする。


「も、もしかして、あなたの名前は……」

「俺? 俺の名前はユーゴだけど」

「しょ、少々お待ち下さい!」

 名前を聞いた衛兵はバタバタと走って詰め所へと戻って行く。そこで、共に夜勤をしている別の衛兵に何かを確認しているようだった。


 時間にして数分程度すると、衛兵がもう一人を伴って戻ってきた。


「はあ、はあ、お待たせしました。話は聞いています。領主の館へ向かってもらって問題ありません」

「あんた、一体何者なんだ? こんな時間でも領主の館に入る許可が出てるなんて……」

 領主が各所に通達をしており、見かけたら領主の館に向かってもらっていいと、何時でも構わないと伝えていた。


「あぁ、そうなのか。さすがにこんな時間に行くのはまずいだろうなあって思って悩んでたんだけど……ディバドルもなかなか粋なことをしてくれるな」

 領主の名前を呼び捨てにしたことで、衛兵二人はビクンとして固まってしまう。


 こんな無茶な許可もおりてることから、恐らくは領主とは知っている仲であり、しかも呼び捨てにできるということは余程の権力者なのではないかと想像したためである。


「伝言ありがとうな。それじゃ、俺は中に入らせてもらうよ」

「「は、はい!」」

 ビシッと敬礼をする二人にユーゴは首を傾げながら街の中へと入っていった。



お読みいただきありがとうございます。

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