第三十三話
ユーゴが見える範囲で確認できる魔物。
アイススライム――氷属性のスライム。軟体系の魔物であるのに凍っているという変わり種。
アイスバット――氷属性のコウモリ。こちらも羽のあちらこちらに氷がついているが飛行の邪魔はしていないようだ。
アイスウルフ――氷属性の狼。一歩歩くごとに地面にパリパリと氷が生まれている。
アイスコボルト――氷属性のコボルト。こちらは毛の色が白をベースにやや青みがかっている。
これらが数体ずつ。しかもそのサイズはユーゴの身体よりも大きい。
「この環境下だと、長引けば俺のほうが不利になる……さっさと済ませよう」
防寒対策はしてあるとはいえ、寒さには弱い人間であるユーゴと氷属性の魔物。長期戦は選択肢にはない。
武器は出さず、拳を構えるユーゴ。
走り出したユーゴは手前にいたコボルトに攻撃をする。
攻撃方法は拳。ただし、魔力を込めた一撃。狙うは腹部。
殴られたコボルトは壁にまで吹き飛ばされていく。
「せいっ!」
一体、二体、三体と吹き飛ばす。
その間にコボルトも剣で攻撃をしてくる。しかし、ユーゴは軽やかなステップと身のこなしでそれらを回避しながら、次々にコボルトを殴りつけ全てを気絶させる。
「ふう、まずはコボルト終了」
前にいたコボルトの数はゆうに十を超えていた。それをわずか数十秒で片付けたユーゴに魔物たちは警戒心をあげる。
氷の牙の前に鎮座する最も大きなアイスウルフがひと吠えすると、魔物たちはユーゴを囲むように位置取る。コボルトがやられたのは油断が大きな要因であると考えて、ボスアイスウルフの統率によって戦闘準備万端の一団ができあがった。
「ただの烏合の衆ではないみたいだな。これは慎重に戦っていかないと……」
そんな言葉とは裏腹にユーゴの口角はあがり、楽しそうな表情になっていた。
ユーゴは、悠然とした態度でゆっくりとボスアイスウルフへと向かって行く。
それを許さないと、次々に魔物がユーゴへと襲い掛かる。
地上からはアイスウルフが、その後ろからサポート要員としてアイススライムが、上空からはアイスバットが迫ってくる。三種の魔物で一つのグループを作り、それが十を超えている。
「死角をなくした攻撃、しかも攻撃タイミングを少しずつずらしている……やるな」
指示を出しているボスアイスウルフの視線を送り、賛辞の言葉を送る。
そんな余裕なユーゴであるが、今まさに魔物の攻撃が迫ろうとしている。
「でも、俺をやるには甘いな」
ユーゴは右足を軽く上げると、勢いよく地面を踏む。
ドンッという音とともに、衝撃波が周囲に広がっていく。
「キーッ!」
「ガガアアア!」
「キュー!」
アイスバット、アイスウルフ、アイススライムが声をあげて吹き飛ばされ、コボルト同様壁に身体を打ち付けて気を失っていく。
一度に三十以上の魔物が倒され、ユーゴを囲んでいた魔物は一掃された。
「コウモリに狼にスライムも終了っと、残るはお前だけだが……やるか?」
ユーゴの戦いぶりを見て、ボスアイスウルフは氷の牙前からゆっくりと移動していく。
その目には油断などというものは一ミリも存在しない。
ボスはこの場にいた魔物たちのことを、時に部下のように、時に子どものように思っていた。同種のアイスウルフだけでなく、他種の魔物も全てを等しく。
それゆえに、ボスアイスウルフの怒りもひとしおである。
「本気になったみたいだな。それでこそ倒しがいがあるというものだ。かかってこい」
ユーゴはニヤリと笑うと、手でかかってこいという動きを見せてボスアイスウルフを挑発する。
「グルルルル」
しかし、その挑発にはのらずユーゴを探るように、徐々に距離を詰めていく。
「ふむ、冷静だな。だったら、こちらからいかせてもらおう」
ユーゴは身体強化をして一歩を踏み出す。地面に靴の跡がつくほどに強い一歩は、急激な加速と共に距離を詰めさせる。
「ふっ!」
ユーゴがボスアイスウルフの横に移動したと思うと、即座に拳が繰り出された。
「ガルル!」
顔を向けるのが一瞬遅れたボスアイスウルフだったが、皮膚を氷の魔力で強化することには成功していた。
「くそっ、硬いな」
ボスアイスウルフは微動だにせず、攻撃を防がれたユーゴが一旦距離をとらされることになる。
「だが……面白い! もう少し力を見せてやろう」
ユーゴはここまでの攻撃において魔力をこめた拳を放っていた。しかし、それでは目の前のこの魔物を倒すことはできない。
ならばと、一度深呼吸をすると拳に再び魔力を流していく。
一定量の魔法が拳に宿ると同時に、拳を覆うように炎が宿る。
「この場で氷の魔物に対して炎を使うのはやめようと思っていたんだけどな……だしおしみしてる場合じゃないみたいだ」
拳に宿る炎は全身にめぐっていき、体中を覆うほどの巨大な炎になっている。
「ガ、ガル?」
これまでと違うユーゴの姿を見てボスアイスウルフは戸惑い、驚きの声を出す。
「それじゃあ、ちょっとばかし力を入れていくぞ」
そう言い終えた瞬間、先ほどと同じように地面に跡が残るほど強く踏み抜いた。
脚力に加えて、炎を自らの後方で爆発させて推進力を得る。
ユーゴは先ほどどうように拳をボスアイスウルフの身体に撃ち込む。
強固な毛と肉体であれば決してユーゴの拳を通すわけがない。ボスアイスウルフはそうタカをくくっていたが、ユーゴの拳は氷の毛にめり込み、ボスアイスウルフの皮膚にまで届いていた。
「ガアアアアア!」
炎の拳による攻撃を受けたボスアイスウルフは大きな声をあげる。
「まだまだいくぞ!」
ユーゴの炎は周囲の気温をあげていき、氷が融け始める。
「ガウガアアア!」
このままでは氷の牙まで融けてしまうぞとユーゴのことを怒鳴りつけるボスアイスウルフだったが、ユーゴが笑っていることに気づく。
「はははっ! これくらいの熱で融けるわけがないだろ? 俺はあの素材の特性を知っている。お前みたいなタイプの弱点もな!」
次の瞬間、ユーゴの姿が消えた。ようにボスアイスウルフには見えた。
「これで、終わりだ」
いつの間にか懐に入り込んだユーゴは、最後に一撃を放つ。ボスアイスウルフの腹部めがけてドスンという音をたてながら放たれたユーゴの拳は見事ボスアイスウルフにクリティカルヒットし、ボスアイスウルフはその場に崩れ落ちていった。
ボスアイスウルフはそのまま意識を失う。
「――ふう、これでやっと氷の牙が手に入るな」
ただ一人、傷一つなく立つユーゴは氷の牙へと近づき、それを手に入れた。
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