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第三十一話


 応接室へと案内され、備え付けのソファに腰かけるとメイドがお茶と茶請けを二人の前に用意する。

 三人はお茶を飲みながらガンズが来るのを待っていた。


「すみません、シェフに指示を出していて遅れました」

 申し訳なさそうに頭を下げながら入ってくるガンズ。しかし、すぐに部屋の空気が重々しいものであることに気づく。


「えっと……」

 今は一体どういう状況なのかと領主に視線を送るが、領主も無言で腕組みをしていた。


「揃ったところで話を始めよう」

 口を開いたのはユーゴだった。


「まずは領主さんに自己紹介をしておこう。俺の名前はユーゴ。しがない鍛冶師で少しばかり魔法が使えて、薬の知識が多少ある」

 少しばかりの魔法、多少あるという薬の知識という部分にツッコミを入れたいミリエルとガンズだったが、表情だけにとどめる。


「私は領主のディバドルと言います。ガンズの父で、アーシャの祖父です。この度は孫を助けて頂き、まことにありがとうございました」

 ディバドルは自己紹介の流れで改めてユーゴに礼の言葉を述べる。


「そうです、ユーゴさん。ありがとうございました」

 ガンズも続けて頭を下げるが、ユーゴの表情は固い。


「そのことで話があるんだ。まず確認なんだが、アーシャの病気がなんなのか。これはどの医者にもわからないことだったんだな? そして、俺のポーション以外では改善がみられなかった。間違いないか?」

 ユーゴの確認に、ディバドルもガンズも大きく頷く。


「なるほど、医者が知らなくて、あのポーションで改善がみられる。そして、彼女の病状を見る限りアレは恐らく『森熱病』というやつだ」

 森の熱の病と書いて、しんねつびょう。それがユーゴの診断だった。


「森熱病ですか……聞いたことがありません。それは一体どういった病気なのですか?」

 ディバドルもガンズも、初耳である病名に首を傾げている。

 しかし、ミリエルは違った。名前を聞いたことがあり、どういったものであるかわかっているため、顔が青ざめている。


「ミリエルは知っているみたいだな。森熱病は高熱を出して、体力を奪っていき、魔力も枯渇させて、最後には命を奪う。発見当時の致死率は90%以上だったそうだ」

 罹患者の九割以上が死に至ったという話は、二人の表情をも青ざめさせる。


「だが、問題はそこじゃない。森熱病にかかるのは……」

「エルフだけ」

 ユーゴの言葉の続きをミリエルが口にする。これは事実であり、この事実はアーシャがつまりエルフであることを指し示している。


「……なるほど、それでこのような雰囲気なのですね。あまり公にしてはいませんが、お二人にならいいでしょう。アーシャの母はエルフで、父親は私。つまり、あの子はハーフエルフなのです」

 エルフが他種族と結ばれることは少なく、更にいうと他種族との間に子を成す確率も極低いと言われている。

 そのため、ハーフエルフという存在はとても珍しいものだった。ベッドで寝ている彼女は口調に反して見た目がかみ合っていないように見えたが、それは病弱であることに加えてハーフエルフであることも一因であった。


「ハーフエルフとなると、表立ってもいえないか……それについては合点がいった。それじゃあ、次の話に移ろう。今は身体を起こす程度には、軽くであれば食事をとれるほどには回復しているが、あれは一時しのぎにすぎない」

 ユーゴの残酷な宣告に、ディバドルは天を仰ぎ、ガンズは顔を手で覆う。


「俺のポーションはアーシャの体力を回復させて、病気に対する抵抗力を一時的に引き上げているだけだ。やがて効果も消えて、発熱するだろう」

「だ、だったら、またポーションを飲ませれば! 希少だとしても、お金は支払います!」

 孫のためならばなんでもしてあげたいというディバドルだったが、ユーゴは首を横に振った。


「ポーションを提供することはできる。だけど、あれは強力すぎるから彼女の身がもたないはずだ。表面上は元気になれたとしても、内臓への負担が大きすぎる。今は、食事をとってもらって体力を回復するために飲んでもらったが、長くは続かない」

 淡々と説明するユーゴに対してガンズは苛立ちを覚える。


「だったら、どうしろっていうんだ!」

 テーブルを叩き、立ち上がり、ユーゴを睨みつける。


「方法はある。あの病気には特効薬と呼ばれるものがあるんだ」

「でも、あれは……」

 ユーゴの光を示す言葉。しかし、思わず口を開いたもののすぐに閉じてしまうほどにミリエルは思うところがあるようだった。


「そう、あれを作るには特殊な材料が必要なんだ」

「それは?」

 ミリエルが口ごもるほどのもの、それはなんなのか? とガンズが尋ねる。


「ベースになるのは回復力の高いポーション。これは俺のポーションを使えば問題ない。次に必要になるのが熱を覚まさせる効能を持つ『氷の牙』。それから体内の毒素を消滅させるための毒草『竜蘭草』が必要となる」

 

 実質必要となるのは二つの素材。たった二つならきっとすぐに手に入るはず。

 ディバドルとガンズは一瞬そう考えるが、ミリエルの表情が変わらずに曇ったままであることに気づく。


「も、もしかしてそれらの素材は……」

「えぇ、入手難易度が相当高いわ。この街で手に入ることはないでしょうし、冒険者ギルドに依頼しても達成できる人がいるとは思えないわね」

 絶望的なミリエルの言葉。


「加えて、氷の牙を運ぶためには特別な器が必要だ。持とうにも、持ったそばから凍りついてしまうからな。竜蘭草も毒性が強いから取り扱いが難しい」

 次々に出てくる悪い情報に、ディバドルもガンズも頭を抱えてしまう。


「さて、そんな二人にいい情報を出そう。竜蘭草なら俺が持っている」

 以前魔倉庫を整理した際に、薬草毒草のカテゴリにあったソレをユーゴは覚えていた。


「つまり、氷の牙さえなんとかなれば作ることができる?」

 それは朗報ではある。朗報ではあったが、ならどうやった氷の牙をなんとかするのか? それが最大の問題である。


「はあ、仕方ない。俺が取りに行ってくるよ。俺なら特殊な容器がなくても運ぶ方法があるからな」

 その発言を待っていたわけではなかったが、ガンズもミリエルも安堵の表情となる。彼なら任せられるとその実力を信じていてるためだった。


「しかし、全てをあなたに任せるというわけには……ポーションはあなたのもの、竜蘭草もあなたのもの、氷の牙を取りに行くのはあなた。そしてきっと調合をするのも……」

 ディバドルの言葉にミリエルは首を横に振る。自分にはできないという意思表示。


「まあ、俺が作ることになるだろうな。仕方ない、人命が優先だ。そんなことよりも氷の牙がありそうな場所に心当たりはあるか? 氷山でもあるとわかりやすくていいんだが……」

 かなり年月が経過しているため、現在の状況でどこにあるかと考え込む。


「氷山ねえ……」

「氷山か……」

 ミリエル、ガンズは心当たりを探るが、なかなか思い当たらない。


「ふむ、それならこれを……」

 こうなってはユーゴに任せるしかないと腹を括ったディバドルは周辺の地図を取り出して、テーブルの上に広げる。


「我々がいるのがここ。そして、氷山といえるような山は……」

 街のある位置から指をすーっと移動させていき、指が止まったのは地図の更に外だった。


「この地図は周辺しか描いてありませんが、この地図の端を更に超えた先に氷山があります。そこならきっと氷の牙が手に入るかと」

 氷の牙とは長年魔力が流れ込み結晶化した氷であり、牙のように鋭く二本セットである。


「わかった。それじゃあ行ってくる」

 三人はユーゴに声をかけようとするが、彼は立ち止まることなく颯爽と部屋を出て行った。



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