水晶に映り込んだものって……
次の日、宿屋から出て来た色取に、由布梨はこの世界の話をした。
公園のような場所にある縁台――背もたれのないベンチのようなもの――に腰かけて。
「ここモンスターが出る世界で、私魔法使いに向いてるらしいんだよね」
由布梨は自分の鼻のあたりを指差して言った。
「魔法使い、どんな?」
興味津々に色取が訊いた。
「火出したり、たぶん水とかも出したり……」
「俺も魔法使いになれる?」
「あっ、なんか適職を探してもらえる占いの館ってあるんだけど、行きたい?」
はにかみながら由布梨は訊いた。
「――行く、行きたい」
由布梨の心配など知る由もなく、色取は即答した。
「……それで、貴方にベストな職業は、蹴人でしょうね」
色取を連れて訪れた占いの館、今度はおばさんではなく別の人が対応してくれたので、由布梨は少しほっとした。
効果のほどは分からないが、水晶も使ってくれたことだし、延長をせがまれる気配もない。占い師は黒髪のショートカットで、横髪の一部だけがやたらと長いヘアスタイルをしていた。この変な髪型は、占い師であることと関係があるのだろうか、と由布梨は気になった。
「蹴人って?」
色取が質問した。
「魔糸――と呼ばれる魔力を封じた糸を巻いた蹴鞠を使って、モンスターを倒す職業のことです」
占い師が抑揚の少ない声で説明をした。
「見たほうが分かりやすそうだ」
色取は難しい顔をしていた。
「あ、そうだ」由布梨は思い出して言う。「柚葉に実演してもらえばすぐ分かるよ。柚葉も蹴人なの」
「それじゃあ後で頼んでみよう」
と色取が言ったので由布梨は頷いた。
(昨日の夜、柚葉と二人っきりの時には蹴人の話しなかったのかなあ……)
由布梨は少しモヤっとした。
由布梨はふと、まだ見慣れない色取の着物に目をやって言う。
「それにしても、この世界に来た途端、服が変わるなんてすごく不思議だよね」
「あぁ、俺もびっくりした」
服について色取と話していると、占い師が口を挟んだ。
「服が変わったのは、この世界に足を踏み入れる、もっと前の段階のはずです」
「もっと前?」
今とっさに、この世界に来てから服が変わった、と言ったが、振り返ってみれば、どこの地点で明確に服が変わっていたのか、もはや由布梨には分からなかった。
「……じゃあ、あの境界世界の船のところかな」
少し考えてから由布梨は呟いた。
「船って何だ?」
色取が首をひねった。
「え? もしかして色取君は通ってない?」
「俺さ、たぶんその時気失ってて」
「? そうなんだ……」
この前もそうだが、彼がどうやってこの世界に来てしまったのかが、イマイチ分からない。そこに踏み込んでいいのかどうか、由布梨は迷っていた。
「船の場所よりも前かと」
占い師が言った。
「前って……」
「貴方の生まれついた世界、そこにある境界の壁を越えた瞬間――」
「えっ、もうそこで服変わってたんですか。なんでそれが分かるんですか?」
「今まで何百人と、向こうの世界から来てしまった人を占ってきて、聞いた話から導き出した統計です」
「あぁ……なるほど。統計、か」
この前はそう言われて拒否する気持ちになったけれど、あのおばさんも、割りと正しいことを言ってくれていたのかもしれないな、とここに来て由布梨は気付いた。
「――ちなみに、その色の着物になっている人は、魔法使いに変換されていることがほとんどです」
占い師が由布梨の纏っている着物を見て言った。
変換、という単語を聞き、由布梨の脳裏に、ある記憶が蘇った。
確か、あの境界の川で船を漕いでいた朔真という人物も、『もう変換されているから大丈夫だ』と、言っていた。
変換って何だろう、と由布梨は首を傾げた。
その時、占い師はおもむろに水晶に手をかざした。
次いで、由布梨の懐あたりを指差し、
「そこに入っているもの、すごく不思議な感じがします」
と言った。
「ここに入ってるのは、石……ですね」
由布梨は懐から、境界でもらった石を取り出して見せる。
すると石を見た占い師が、奇異そうな表情を浮かべた。
「え、まさか呪われてたりしますか、この石」
慌てながら由布梨は訊いた。
「それは全くない。ただ、この石に見覚えがあるような、ないような……妙な感覚になる石です」
由布梨にはなんの変哲もない石にしか見えない。
ただ、なんとなく捨てる気にもなれず、ずっと服に忍ばせているのだ。
この魔法世界に持って来ることの出来た、唯一のものなので、妙に愛着も湧いてしまっている。
「とりあえず、私は魔法使いが向いてるってことですねっ」
二人の占い師に断言してもらえたし、実際に魔呪文を唱えることにも成功している。
「呪文を唱えるタイプの魔法使いです。呪文が記してある、魔呪文本を買ってください。あっちの、武器屋の向かいにある店で買うと割安です」
「へぇ、安くていくらで買えますか?」
「二十万ノリですね」
「え、結構高い……」
まだ、この世界のお金の価値が分からない色取は、それって高いんだ? と首を傾げていた。
バイト代を貯めるにしても、当分かかりそうだ。
それでも、ずっと食堂で柚葉家に世話になっているわけにもいかない。
せっかく魔法使いに向いていると言われたのだから、魔法使いを手に職にすることを目指して当分は頑張ろう、と由布梨は決意した。
占い師が水晶に手を添えると、色取を見て言う。
「へぇ、球技がお好きなんですね」
「! 分かるんですか」
「すべて、見えます」
「すげー!」
「しっかりと見えますね。貴方は何か丸いものを蹴って走って……」
「すごい!」
色取はこの世界に来る前、サッカー少年だったのだ。
「すごい、この人本物だな……!」
色取が感心して頷いた。
「――? 急に何かに目を止めた」
占い師がにやりと笑った。
「なになに」
「同い年くらいの一人の女の子に目を奪われ――」
「すとっぷ、すとーっぷ!」
色取はいきなり顔色を変えると、占い師の口を塞いだ。
「それ以上は、しっ」
「失礼しました。ただ、少しだけ未来の光景が見えますよ。ここに……」
占い師は水晶を由布梨たちの方へ押し出す。
艶々とした水晶の表面に浮かんでいた光景は、スケートリンクのような薄い氷の画だった。
一体なんのことだか分からず、由布梨たちは互いに目配せし首をひねった。
「これは?」
「未来のことは深くは分かりません。ただ見えたのでお伝えを」
「ふーん、そうなんだ。氷かあ……」
由布梨と色取がその氷が何を意味するのか、ああでもないこうでもないと話していると占い師が、
「お勘定」
と無関心そうなな口調で言った。
由布梨はバイト代の一部でお金を払うと、色取を連れて外に出た。
「金、ごめん。出来るだけ早く返す」
「それよりも、色取君が働く場所を探さないと」
「あぁ、そっか」
二人は急いで色取の働き先を探すことにした。