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エンディング


 由布梨と色取が本を閉じて帰る日。由布梨たちは境界の壁の前にいた。

 別に、どこの場所に立っていようが、元の世界に帰ることに変わりはないのだが、最後は絶対にここだ、と由布梨は思っていた。

 魔本を抱えている由布梨の周りに、仲間が集まってくる。


「由布梨、色取君……凄い寂しいけど、元気で居てね。二人とも凄い好きだった」

 柚葉がボロボロ泣きながら言った。

 由布梨は柚葉を強く抱きしめた。

「ありがとう」

「元の場所に帰った後、ビックリして腰抜かすなよ」

 久高が言った。

「もう抜かさないよ。ありがとう」

「どこまでも王子街道突き進んじゃって、こら」

 詩安が色取のおでこを小突いた。

「あ、相変わらずですね」 

「由布梨ちゃん、バイバイ。元気でね」

「詩安さん、花札のお姫様と仲良くしてくださいね。ありがとうございます。元気でやります」


「あの、君の記憶から僕の情けないところだけは消してくれと言いたかったのだが、そうすると全部消されてしまうよな?」

 基希が由布梨に訊いた。

「いえ、基希さんはずっとカッコよかったですよ。本当にお世話になりました!」

 由布梨は基希に頭を下げた。

「こいつがたくさん迷惑かけたね。元の世界に帰ったらゆっくり休み並なよ」

 平安貴族を連れて、弥一郎が言った。

「大丈夫、色んなことがあって楽しかったです。はい、ゴロゴロしちゃうと思います」

 穏やかな笑みを湛えている貴族に笑みを返して、由布梨は言った。

「雇ってくれてありがとうございました! これからの人生、団子づくりを俺の特技に加えます!」

 色取が弥一郎と佳代を交互に見て言った。

「今度作ったら食べに行くわね~」

 佳代がのほほんと笑った。


「白組だったっけか? 怪我しねえ程度に頑張れよ、お前ら」

 景臣が由布梨と色取に言った。

「し、白組? よく分かりませんけど、頑張ります!」

 色取が堪えているのを見て、由布梨はくすりと笑みをこぼした。

「願いが叶ってよかったな」

 雷針が珍しく楽しそうに笑って言った。

「あぁ、こっちの七夕の。ねぇ雷針、ミイラを作るより、ああいう活動をする方がいいと思うよ?」

「分かった、覚えておこう」

 雷針が珍しく素直に聞きいれた。


「お守り、僕の気持ちが重かったら置いて行った方がいいんじゃない」

 風磨が由布梨の指先を見て言った。

「やだ、持って帰る。ちゃんと、大事にするよ」

「ま、好きにすれば……」

 風磨が照れくさそうに言った。

「素直じゃないなあ」

 色取が風磨を見て笑った。


「由布梨様、お気を付けて」

「じゃーな、おてんば娘」

 佐月と草乃丞が別れを告げに来た。

「気を付けます。やっぱおてんば娘なんですか、私の印象」

 それ以外あるか、と草乃丞が返した。

「元気でね。境界の壁の破片、気付かなくてごめんね」

 朔真が言った。

「大丈夫。働きすぎて倒れないでね。懐かしいよね、朔真に連れられてここに来たのが、凄い昔みたいに思える」

「ありがとう。そうだね、元の世界はかなり時間が経っているかもしれない」

「確かに」

「朔真さん、俺ここに来るとき気絶しちゃってたけど、もしまた朔真さんの船に乗る機会があったら」

 そんなことを言いかけた色取を朔真が制止した。

「冗談でもそんなこと言うなよ。はい減点。色取君、95点ね」

「ええっ」

「点数って、何の話?」

 由布梨は二人の会話に口を挟んで訊いた。

「内緒」

 色取と朔真は同時に答えた。


「由布梨、我の書いた部分を読んだか?」

 玉兎が由布梨の前に来ると、魔本を指さして言った。

「玉兎のページは、えーっと、これ?」

 由布梨はパラパラと本をめくった。

 すると、ここだ、と言いながら玉兎があるページで手を止めさせた。そのページには見開きで、マル、という記号だけが書かれていた。

「あぁ、これが玉兎の……暗号?」

「知っているか、由布梨。この前、書庫にこもって古い書物を読んで知ったのだが、時の流れとは円環。つまり、時は巡って、また同じことを繰り返すものだと、古人は考えていたらしい」

「へえ……」

 由布梨は紙の上のマルをそっと撫でた。

「我はそれが正しいと思う。きっと由布梨とまた巡り合う時が来る、だからそれまで、由布梨は色取に預けておく」

「ふーん」

 色取は唸った。

「しばらく会えないが、寂しく感じることは無い。いつかまた、絶対に会おう。その時は我の妃になってくれるか?」

「……うん、玉兎、元気でいてね」

「次会うまでに、我はしばしの修学旅行に出よう」

「あのさ、同じところをぐるぐる回るって山手線的な考え方はいいけど、玉兎の言ってる通りに全部上手くいくとは限らないって、俺は思う」

 色取が言った。

「どういうことだ?」

「例えば、恵比寿駅から電車に由布梨が乗りこんで、次の目黒で玉兎が乗ってきて、二人が巡り合う、とするだろ」

 色取は何故か電車で例えて話を進める。


「話の意味こそ分からないが、由布梨と我が巡り合うって部分は気にいったぞ」

「残念、次駅の五反田で、同じ電車に俺も乗り込んでくるんだ」

「むむ」

 両眉がつながるほど玉兎は顔をしかめた。

「それで良ければ、また巡り合おう」

「次会う時までに、我は色々やらなければいけないことがある。それまで色取に由布梨を預ける。が、心配はない。色取は、心配に足る男だ」

「そうですね、悔しいくらいに」

 朔真が言った。


 その時、玉兎が由布梨の目前に来て、

「由布梨、これ」

 と何かを投げた。

「これは……」

 それは枕だった。

 石でもなく、竹のような素材でもないので、固くなくフワフワとしていた。

 いつか、玉兎が枕投げと言う言葉をはき違えた時のことを思い出す。

 由布梨はそれだけで、泣きたくなった。

「玉兎、さようなら」

「由布梨、幸せになれよ」




 由布梨と色取は目配せをして、紙製の栞を挟み込み、魔本を閉じた。

 

 次の瞬間、周りの景色が一気に変化した。

 

 もうみんなの姿は見えなくなっていて、周りにあるのは水色の優しい色合いの靄だった。


「由布梨、魔法世界が名残惜しい気持ちって、ある?」

 色取が訊いた。

 由布梨は首を振って、迷うことなく答えた。


「ないよ。……だって私気付いたの。私が魔法世界に愛着が持てるようになったのって、色取君が来て以来なんだもん。色取君と一緒だったから、この世界が良いものなんだって思えた」

「そうだったのか……?」

 色取は目を見開いて驚いていた。

 由布梨が、

「こんな私だけど、他の誰にも色取君の横を譲りたくない」

 そう言った瞬間、二人の目の前を青い鳥がよぎっていくのが見えた。

「ルリ……」

 

 周りの景色は再び変遷した。

 

 由布梨にとって懐かしい、あのバイトの発掘現場が見えて来た。

 

 そこは、由布梨が境界の壁に入ってしまった日から、変わっているような感じはしなかった。


「私たちの世界だ……!」

 由布梨の目にジワリと涙がにじんだ。

「行こう」

 色取が由布梨の手を取り、一歩踏み出した。

 由布梨も一歩踏み出した。

 すると、足がしっかりと地面に着地する気配がした。


 由布梨たちは、バイトで掘り返した更地の土の上にしっかりと立っていた。

 キョロキョロと周りを見渡すと、マイスナー通路も、境界の壁も、そのまわりの黄色いテープも、針金のバリケードもちゃんと見えていた。


 どのくらい時間が経っているのか、分からなかった。


 ただ、朝ぼらけの景色の中で、桜の花びらと時折出会う。


「あ、ルリが……」

 連れてきていたルリも元の通り、腕時計端末になって、由布梨の手首にくっついていた。そして服装が、由布梨は作業着に、色取が制服になっていた。

「見慣れないなあ」

「そっちこそ」

 大したことでもないのに、二人は延々と腹を抱えて笑いあった。


 由布梨は枕と一緒に抱えている魔呪文本をじっと見つめた。

 魔呪文本の中は今、どうなっているのか?

 由布梨たちは確かめることが怖かった。

 せっかく戻ってきたのだ。

 開いた瞬間、もしかすると、また何かとんでもないことが起こるのではないか、と妙に不安だったのだ。

 栞を挟んだページから開き直せば、私たちはまた魔法世界に戻れる?


 ――まさか……ね。

 

 由布梨はブラジャーの中からアイリーンから預かった手紙を引っ張り出した。

 由布梨たちは郵便配達員をしなきゃならない。

 秘密結社のイニシャルPへの手紙。

 場所は知らない。

 偶然がPと由布梨たちを引きあわせてくれるまで、ずっとこの手紙を持って待っているだけ。

 そんな郵便配達員に、今日からなるのだ。

 

 ふと、枕がふんわりとシトラスの香りを漂わせ、由布梨の鼻腔をくすぐった。


「おかえり、あと、ただいま由布梨」

 色取が言った。

「おかえり、陸斗。ただいま、大好き」

 由布梨は切なげな表情を消して、幸せそうに笑った。

 指先からスルリ、と魔糸で紡いだ指輪の一部がほどけて風に舞った。


「あっ」

 由布梨は急いで解けた魔糸の一本を掴んで、指輪へと結び直した。

 由布梨と色取は空を見上げた。

 桜吹雪が訪れて、ピンク色に染まったような空。

 春の朝ぼらけ、それを由布梨たちは世界で一番喜んでいる、と確信していた。


「由布梨の笑顔が、俺は凄く好き。今までも、これからも。俺も由布梨の隣は、誰にも譲れない」

「ありがとう……」

「だから、ずっと一緒にいてほしい」

「はい!」

 由布梨は心を込めて深くうなずいた。

 桜空に一筋の光が輝いた。

 

                              ――END――



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