自分の使命に気付くとき
「え?」
由布梨が訊き返した。
「咫独の呪いの話をしたでしょう。彼女は、川を逆向きにして帰ろうとした人のことを、無条件で傷つけるわ」
「あー……」
納得と落胆の間で、二人は困っていた。
「他の方法を探すのよ」
アイリーンは念を押した。
でも、と食い下がるだろうとアイリーンは覚悟していた。しかし、色取は言ったのだ。
「大丈夫。それしか帰る方法が無いわけじゃないって、気付いてるから。それに、奇跡の雫も氷の錘も、俺達は結局見つけられていないし」
嘘をついているのでも、強がっているのでもない。真実を告げる瞳だった。
「そうね。……貴方たちは、元からあるものに頼る必要なんか、ないのかもしれないわ。モンスターと郵便配達をしている恋人同士なんて、見たことがないもの。これからも、貴方たちはたくさんの人に言われるはずよ」
「何て?」
「前例がないことをしでかす、二人が現れた、って」
アイリーンは羨ましそうに二人を見つめて言った。心底羨ましかったのだ。
アイリーンがこの世界に来てからしたことと言えば、なにも無いといっても過言ではなかった。ただ、この家で暮らし、誰と話すこともない。秘密結社はここにはない。
秘密結社で毎日、数分間の探索に命をかけている時、アイリーンはそれが、生きがいだった。存在価値だった。誰もが触れたがらない、隠したがるその境界の壁を、解き明かすことだけがアイリーンの全てだった。いつか、その謎を解き明かしさえすれば、何もかもが変わる。自分は世界にとって特別になれる、と無条件に信じていた。
そんなアイリーンはこの魔法世界に来てから生きがいを失っていた。
目的もない。いや、目的を見つけようともしなかった。探そうともしなかった。
咫独に頼まれたことを、実行するやる気も湧いてこなかった。
(でも、由布梨も色取も自分から行動を起こして、そしてここまで、私の前に来てくれた)
体の中に何かが芽吹くのを、アイリーンは強く感じた。
――奇跡の雫を埋めよ。氷の錘を埋めよ。歯車を埋めよ!
アイリーンはちゃんと与えられていたのだ。この魔法世界で、無気力に過ごしている時間なんてないほど、大事な役割を与えられていたのだ。この世界で、本当に咫独の悲しみを理解しているのは、自分だけのはず。
(私は私のやり方で咫独を癒してあげなければ)
アイリーンはそう決意した。埋めてほしい、と懇願する彼女が、あの世界の情報を全て知ることになった変換以来、夢に出ることもある。頼むから、歯車を埋めてくれ、と。
しかし、それではいけないのだ。奇跡の雫などは、この世界に、望まないできてしまった人たち、その人たちを帰すための重要なものなのだ。大事なのは、咫独の怒りを収め、本来の場所に戻ることだ。
やりきろう、私は今日から変わろう。アイリーンは目を輝かせて思った。
「歯車を埋めておいて」
手紙モンスターが言った。
「そうね、遅くなったけど、私やって行こうと思うのよ」
アイリーンは手紙モンスターの頭を撫でた。
「あっ、すいません。返信文を書いてもらうと、このモンスター消えるんです。沈静化してるので、攻撃はしてこないんですけど」
由布梨が焦って言った。
「返信?」
「その、手紙をくれたPさんへの返信とか、内容は何でも大丈夫だと思うんだけど……返信文を上げると、手紙モンスターは星になります」
「星……」
アイリーンは小首を傾げた。星になる、というのが死を暗示しているのかどうかまでは分からなかったが、とりあえず返信文を書くと、モンスターが消えるということが分かった。
「はい、星になります」
「いや、いいわ」アイリーンは首を振る。「しばらく、Pからのメッセージと一緒にいたいから」
「そう……? このままで大丈夫なら、いいんだけど」
「平気よ。……それで、二人に頼みたいことがあるのだけれど」
アイリーンは切り出した。
「なになに?」
「奇跡の雫と氷の錘と、歯車と、それを全部集めるのを手伝って欲しいの」
「どうだろう。私達、歯車だけしか見つけられなかったんだよね。咫独が作ったっていう国の遺跡に行って……歯車だけ」
「大丈夫よ」アイリーンは目を閉じる。「他のものの場所は、今度咫独に夢の中で会った時に聞くから」
由布梨は口をぽかんと開けた。一方で色取は微笑み交じりに、
「夢って、本当に色々なことが起きるから、そういうことも出来るんだろうなあ」
と言った。
「そうね」
「それじゃあ、次はまた、夢の後で」
「ええ」
泊まって行ってもいいけど、というアイリーンの申し出を断り、二人はアイリーンの家を後にした。二人が語った理由は、普通郵便の配達が、まだ若干残っているから、だという。
二人がせかせかと出て行くのを見送ると、部屋にはアイリーンと手紙モンスターだけになった。
「あれだけ真剣な配達人に届けてもらえる、手紙も、その差出人も、受取人も、本当に幸せ者だと思うわ」
アイリーンは静かになった部屋で呟いた。
「君と出会ったのはファクトリーだったね」
すると、すかさず手紙モンスターは言った。
この奇妙な状況に、アイリーンはこの世界に来て初めて、くらくらと酔いしれる様な気がした。




