郵便配達員は星空の下
よし、じゃこの残った一体の手紙モンスターを持って、飛行船に乗ろう。としたところ、飛行船の操縦者は、
「も、モンスターを連れてくるなんて、頭おかしくなったんじゃないですか」
と辛らつな台詞を吐いた。
しかし、そう思われても仕方がない。
飛行船に普通に乗って、手紙モンスターを運ぶ方法を由布梨は諦めた。
あとは移動魔法という選択肢もあるが、大変なことに魔法アレルギーだ。
由布梨は神殿の奥からルリを引っ張ってきて頼った。
「ルリ、乗り物になって、私達と手紙モンスターを配達して!」
「はい。分かりました」
ルリは言った。
「氷の錘は見つけられなくても、これは出来るのかよ」
小声で色取がぼやいた。
ルリは巨大な荷台つきの赤いオートバイに変化し、由布梨はそこに乗った。
荷台は由布梨と色取と、手紙モンスターが乗ったら、これでいっぱいになってしまった。泣く泣く、他の面子とはここで別れることになった。
「……それ、置いて行って、普通に飛行船で帰るってのは無しなのか」
久高が手紙モンスターをちらりと見て言った。
「どうしても、たった一人だけど、メッセージを伝えてあげたいから」
それじゃあまた、用事が終わったら江瑠戸西で会おう、と飛行船に乗り込むみんなと、由布梨は別れた。
「由布梨、我は歩いて付いていけるぞ?」
「それは大丈夫」
由布梨は玉兎を飛行船に押し込むようにして、手を振った。
「出来るだけ早く帰るから」
「絶対だぞ、由布梨」
「うん」
由布梨と色取は荷台に並んで座り、夜空を泳いでいく飛行船の姿を見送った。
「じゃあ、出発しますよ」
荷台の前、無人の運転席から、ルリの声が聞こえた。
「お願いします! ルリありがとう」
夜空の下を元携帯の赤オートバイが駆けだして行った。
「まさか、遺跡に出発した朝は、こんなことになるなんて想像つかなかった」
色取が言った。
「本当だよねー!」
「まさか、モンスターになった手紙を配達しに行くなんて」
「あはは、本当に、なんか予想外にもほどがあるっていうか……なんか、急に風向きが変わった気がしない?」
由布梨は色取の目を見ると、首を傾げた。モンスターをたくさん倒してきた日々、そんな日常と比べると、今日はとても異質だった。特に遺跡に来てから、信じられないことの連続で。携帯がモンスターをまとめあげて沈静化。返信の文は流星群。元携帯はオートバイ。手紙モンスターは荷台に正座して星空を仰ぐ。
「そう、だな。うん、そうだ、変わってるよな。……なぁ、運命って変えられると思う?」
「……うん」
由布梨は少し考えてから頷いた。
「ほっ本当に?」
「なんかテンション高いね、色取君」
「あ、いや。星が綺麗だからテンション上がっただけ。……それで、話の続きは?」
「あ、うん。さっき色取君が、手紙の『君』探しをしようって、言ってくれたじゃない? あぁ、この人は何てカッコいいんだろうって、感動しちゃった。届くはずのなかった手紙を届けに行くんでしょ? 私達」
「そうだな」
「それって運命を変えたんじゃない?」
「そうか今、か。今変わってるのか……」
「そうだよ、きっと」
「――由布梨、俺と初めて会話した時のこと、覚えてる?」
「本取ってあげようか、でしょ」
由布梨はすぐに答えた。
忘れるはずはない。そのときの胸の高揚も、近くでそよいでいたカーテンが肌を撫でた感触も、色取の背の高さに見惚れたことも、何もかも鮮明に覚えている。
「そう、それ。あの時、由布梨が持ってた本、変なタイトルだったよなぁ。俺あんまり本読まないタイプだから、全然内容の予想がつかなくて……」
「あれ、私何読んでたっけ?」
由布梨はすっかり本のタイトルも内容も失念していた。おそらく、憧れの色取君に話し掛けられて、頭が真っ白になってたんだろうな、と思う。
「由布梨も忘れちゃったか。俺も全然思い出せない。……パラレル枕草子? いや、それは違うか……」
「何その本ー!」
由布梨はケラケラと笑った。そんな変な本が図書館にあったかなぁ、と。
「いや、これより由布梨が呼んでた本の方が変だったような……?」
「そんなことは無いでしょ!」
由布梨と色取は笑いあって、夜空の下を進んで行った。
しばらくすると、由布梨も色取も荷台に揺られながらうとうととまどろみ始めた。
「アイリーン。歯車埋めておいて」
「分かった、分かったって」
色取が寝静まった横で、手紙モンスターが時折言った。
しばらくすると由布梨たちは江瑠戸東を抜け、江瑠戸西に到着した。
荷台から降りると、宿屋から、民家から全部の家屋を回って、アイリーンを探した。
探し回ったあげく、アイリーンがどうやらこの街にはいないことが判明した。
また別の街を探しに行かないと、と荷台に戻ってくると、手紙モンスターが白い封筒のようなものを抱えていた。
「何これ?」
まじまじ見つめてみると、それは正真正銘の手紙のようだった。
「まさか、本当に郵便配達してると勘違いされたのかなあ」
色取が眉を下げて言った。
「わー、本当だ。住所みたいなの書いてあるもん」
封筒を裏返して見てみると、そこには地名とあて名が書き連ねてある。
誰かが手紙を手紙モンスターに投かんしたのだ。
しかし、それは幸運ともいえる。
普通、モンスターが荷台の上で正座していたら、倒されるのがオチだろう。
由布梨にはそれが想像できず、放置したままアイリーンを探しに行ってしまったのだが、結果、街の人には、これが郵便配達員に見えたらしいのだ。
僥倖といえるだろう。
「これも届けるしかないかあ」
くすっと笑って、由布梨と色取は再び荷台に乗った。
大地を駆け巡り、時にはルリに指示してオートバイの形状を変えて海を越え、郵便配達の旅を続けた。
道中、何故か配達を頼まれる手紙も届けながら。
かなり時間が経った頃、由布梨一行はアイリーンを見つけた。
彼女は、安住の地の森で、小さな家に住んでいた。
由布梨たちがいきなり彼女の家に訪問してきて、アイリーンは最初、かなり警戒していた。家の扉をノックし、アイリーンを見るなり、
「誰かからの手紙を届けにきました」
なんて言ったのだから。
「よく分からないわ。ごめんなさい」
扉を閉めようとするアイリーンをどうにか引き留め、由布梨は手紙モンスターを連れて来た。
「これ、モンスターじゃないの!」
驚くアイリーンを落ち着かせていると、
「アイリーン、君と出会ったのはファクトリーだったね」
手紙モンスターは言った。
由布梨は内心ガッツポーズをした。
タイミングばっちりに手紙モンスターが喋ってくれたのだ。
「……? これは、一体」
由布梨はアイリーンに説明した。
誰かがアイリーンに宛てて手紙を書いたこと。その手紙が境界を越えると、モンスター化すること。そして、このモンスターは遺跡に逃げこんでいたこと。それを、アイリーンに引き合わせるため連れてきたこと。
由布梨と色取は、魔法世界では無く、別の世界からやってきたこと。
「そう、そうだったのね。……多分、手紙をくれたのはPだと思うわ」
「知り合いの方ですか?」
父とか母とか兄弟とかではなく、アルファベットで呼んだので、知り合いか友人のイニシャルだろうと思って、由布梨は訊いた。
「……貴方たちには、全部正直に話さないとね。だって、本当ならPのメッセージを受けることが出来なかったはずなんだから。それなのに、ここまで来てくれた貴方たちに、自分のことを正直に話さないわけにはいかないわね」
アイリーンはさっきまでの警戒が嘘のように優しい笑みを浮かべて、由布梨たちをその家の中に案内してくれた。
由布梨たちを木製の椅子に腰かけさせると、アイリーンはぽつりぽつり、と自分の身の上を話し始めた。
その内容に、由布梨と色取は息を飲んで聞き入った。




