歯車を埋めておいて
「――我が先頭になる。外の様子を見に行った方がいいだろう」
玉兎が戸に手をかけた。
その後に、ぞろぞろとみんなが続いて外に出た。
「うわあ」
モンスターとの遭遇率は100%だった。歩けども歩けども、モンスターしかいない、と言い切ってしまってもいい。奇妙だったのは、どのモンスターもこちらを敵視している様子が一切ない事だった。
いつもなら鋭い爪でもって襲い掛かって来るというのに。
モンスターがのろのろと歩いて、道を譲ってくれるものすらいる。その光景は不気味なほどだった。
「いくらなんでも凄すぎる」
口々にそんな声が上がった。絶体絶命のピンチから、楽勝のボーナスステージに突入したかのような、高みの見物感があった。
ふと、すれ違ったモンスターが言った。
「これでもう五通目の手紙です」
あぁ、これも手紙が変換されたモンスターか、と通り過ぎようとしたとき、モンスターは続けた。
「とりあえず、歯車を埋めて置いて」
由布梨はぴたりと立ち止まった。
「由布梨?」
そんなモンスターの言葉に関心を寄せることもなく、みんな前へと進んで行く。ただ由布梨だけが立ち止まり、その様子を見て色取が立ち止まった。
――歯車を埋める?
手紙にそんな文章があるか、とまた突っ込みたい気持ちをぐっと押し留め、由布梨は壊れそうなほどの不安に駆られた。
もし、歯車を埋めておいて、と喋る手紙モンスターと、ルリが出会ったとしたら、どうなるだろう。
ルリは歯車を埋めるのだろうか。モンスターに。
由布梨は戦慄した。
まさか、自分の携帯が、とんでもないことをしでかしたのではないだろうか、と。さっと冷汗をかきながら震えた。
由布梨は振り返り、その手紙モンスターの動向を見守った。
手紙モンスターは、さっき由布梨たちがいた部屋に行く。
ルリが立っている前まで向かうと、手紙モンスターはピタッとそこに立ち止まった。
手紙モンスターは言った。
「歯車を埋めておいて欲しいです」
「はい。分かりました」
ルリはゆらりと体を動かした。そして、その手紙モンスターに言った。
「すでに歯車は設置されています。対象を切り替えますか」
手紙モンスターは、があああ、と咆哮した。
「分かりました。対象を変えて、歯車を埋めます」
ルリは、近付いて行った。
部屋の隅にいる、大人しかったあの手紙モンスターの方へと。
あれには、歯車が無かったはずだ。凶悪化していなかった。そのモンスターにルリはためらいもなく手をかけた。
由布梨は恐ろしくなってその場から目をそむけた。
すっかり短時間の間に平和ボケした仲間たちの元へと由布梨は戻った。
「どうした?」
「ゴメン、なんでもない……」
由布梨はまた別の種類のモンスターとすれ違った。
それを出来るだけ視界の中から排除するようにして歩いた。
今まで起きていたことも、これから起きることも、何もかも信じたくなかった。
歯車モンスターを生み出していたのは、ルリだ。
(それで、ルリの主は私、なんだ)
モンスターに歯車を埋め込み、凶悪化して街を恐怖に陥れたのは、ルリ。
まぎれもない事実だ。
なんて、能天気だったんだろう。今立っている場所はボーナスステージなんかじゃない。ここは、由布梨、という少女が無意識に、そう無意識に後ろで糸を引く、黒い舞台。その上だ。今。
「――見つけた」
玉兎が壁に手を付いて言った。
「玉兎様、見つけたとはいったい何を?」
「隠し部屋だ」
玉兎が壁を押した。
すると、何かを巻きあげる様な機械音が辺りに反響する。壁は動いた。玉兎推した部分は奥へと引き込まれる。
からくり屋敷に迷い込んだようだった。
モンスターを鎮静化し、安心しきっている面々は、その扉の中が気になり、ぞろぞろと入って行く。機械音はより強くなってくる。ギイギイと軋む腐った木のようだ。その扉の向こうに入るのに、由布梨は躊躇した。
その中に恐ろしいものがあると思ったわけではない。
ただ、自分の携帯が異世界でとんでもないことをやらかしたという事実に硬直しているのだ。
扉のように開いた壁は、その壁の向こうにある部屋を見せていた。
部屋の床にちりばめられているような歯車の数々。
由布梨は部屋の中に入るでもなく、ただ遠目で見ていた。
「あれ、なんか色々あるよ。おっかなー」
「玉兎様、部屋を捜索いたしますか?」
「そうだな……」
思いのほか広い部屋の中で散らばって、みんな色々と見ていた。
その時、神殿の奥から通知音がまた鳴った。
「御免、ちょっと見てくる」
由布梨は震える足でそこから踵を返して部屋に戻った。
すると、色取も、
「待って、俺も行く」
と言った。
部屋に戻ると、ルリは言った。
「音声メッセージが一件。再生しますか?」
「……再生して」
由布梨は言った。
するとルリが無表情で、
「あっ、鏑木、あっ、違う、あのさ。わざわざ音声にすんなよって感じかもしれないけど、あれ。今度、話があるから、二人きりで、あ、会ってくれませんか」
と言った。
それは、色取の声だった。
「? 音声メッセージって、こんなのあったっけ……」
首を傾げる由布梨の横で、
「あああ」
と色取が騒いだ。
「な、何?」
「それっ、ここ来る前の……!」
色取は目を見開いてルリに詰め寄る。
「なんでこのタイミングでそのメッセージを持ちだすんだよ、もう……ホント、恥ずかしい」
「ねぇ、これいつのメッセージ?」
「ゆ、由布梨のバイト中……」
思い出して見ると、確かに境界の壁に入ってしまう直前に、新着メッセージがある、と通知があった気がする。
「あの時の……」
「も、もういいだろ。たいしたメッセじゃないんだから。ほら、玉兎たちの様子見に行くぞ」
色取が顔を真っ赤にして言った。
「話があるって、何の話があったの?」
由布梨はくすりと笑って訊いた。
「もう、忘れた」
色取がそっぽ向いて言った。
その時、由布梨は気付いた。自分の罪悪感が少し薄れたことに。
結局いつもそうなのだ。由布梨の心から棘を抜いてくれるのは、色取の些細な行動だった。
「ねぇ、由布梨歯車が凄い沢山あるんだよ」
部屋に戻るなり、柚葉が興奮気味に言った。
「う、うん。さっき見たかも」
由布梨は床の上で視線をさ迷わせると答えた。
「歯車のほかにあるのは、紙くらいだな」
玉兎が言った。
この隠し部屋を使っていた人は一体どこにいるのだろう。




