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ルリ

「ひよこ?」

 それは小さな鳥で、サイズがひよこのように小さかったので、由布梨は思わず呟いていた。しかし、色は違った。黄色ではなく光沢のある青色で、羽がフワフワしている。

 その鳥は、次の瞬間、由布梨にとって見覚えのある音を鳴らした。

 ピコン、とそれは間違えるはずはなく、記憶の片隅にある通知音だった。


「通知、音?」

 由布梨と色取は目を見合わせた。互いに、驚いた顔を互いの目の中に映し込む。

「何だ、この音」

 一方、他の面々は通知音など聞いたことがあるわけもなく、ただ首を傾げていた。

 その鳥は、

「何ですか?」

 と言った。

「何ですか……って」 

 部屋中が困惑に満ちた。何ですか、と鳥に聞かれている状態も状態だ。

 あれも手紙モンスターなのだろうか。しかし妙だ。

 手紙に『何ですか?』と普通書くだろうか。

「もう少し大きい声で言ってください」

 鳥は言った。

 由布梨と色取は再び目を合わせると、

「これ、似てるよね。あの」

「音声認識、だろ?」

「そう」

「ちょっと由布梨、色取君と今何の話してんの?」

「柚葉」

 由布梨は戸惑った。由布梨はまだ、どうやってモンスターが魔法世界に発生してくるのか、という原理を柚葉たちに説明していないのだ。

 由布梨たちの世界が捨てたゴミによって、モンスターが発生しているのだ。確実に、不穏な空気が流れるだろうと思ったからだ。

 しかし、もう黙りつづけているのも限界か、と由布梨は思い、口を開く。

「聞いてほしいんだけど、モンスターは全部、あの境界の壁の向こう、私と色取君が元にいた世界から来てるの」

「えっ!?」

 皆の表情に驚愕の色が浮かぶ。もちろん、玉兎たちにとっては周知の事実だが、それを今話し出すことに困惑しているようだった。


「私達が捨てたものが、境界の壁を越えた瞬間、”変換”という現象でモンスターになっている」

「どうして、由布梨はそれを知ってるの? いつから」

 柚葉が由布梨に懐疑の目線を向ける。

「いつから、は言えない。だけど、柚葉と初めて会った時は本当に何も知らなかった」

 由布梨は言った。

 これで、不信感を持たれてももう仕方がない、と由布梨は思っていた。

「えー、ゴミなの~?」

 由布梨の心配をよそに、柚葉はそちらのことを気にしていた。

「そんな話今どうでもいいだろ」

 雷針が言った。

 それはそうかもしれないけど、と由布梨は苦っぽく笑った。


「それで、あの鳥はもともと、音声認識機能の付いてる携帯だったんじゃないかな、って思って」

 由布梨は言った。しかし、柚葉は並べられた単語の意味が分からず、どういうことどういうこと、を連呼していた。

 由布梨はその仮説を確かめるために、鳥に話し掛けてみた。

「プレイリストの曲を流して」

「はい」

 鳥は歌いだした。

「ブランケット譲り合った、星空の下。目を閉じた君、星が綺麗と嘘をつく」

「なっ、何だよこれ。変なモンスターだなあ」

 みんな一気に怪訝な表情を顔に浮かべた。しかし、柚葉と風磨はすぐに状況に順応し、なかなか興味深そうに鳥を眺めていた。

「残念、これ俺の知らない曲だ」

「この曲……」

 色取とは異なり、由布梨はしっかりとその曲をしっていた。それは、バイトの発掘現場で気分を上げるために聞こうとしていたアーティストの曲だった。

 あの鳥は、元は携帯電話だっただろうことは分かる。しかし、その携帯の持ち主までは、まだ分からない。

 曲が切り替わった。

 鳥はまた別の曲をハミングし始める。

 何故か、由布梨はその曲も知っていた。

 聞き間違えるはずはない。農民的な三三拍子のリズムで始まるのに、スタイリッシュな印象を受ける、不思議な曲だった。


「これ、私の携帯かもしれない」

 由布梨は自分の手首を見つめた。境界の壁に入りこみ、いつの間にか消失していた腕時計型の携帯。その携帯は由布梨が魔法使いに変換されている間に、鳥モンスターに変換されていたのではないだろうか。

 あの、光沢のある青い鳥の姿へと――。

「本当なのか?」

 色取が訊いた。

 まだ分からないけど、と由布梨は前置きすると、

「貴方の名前は?」

 と鳥に訊いた。

 鳥の答えを周りはかたずをのんで見守った。

 いまだかつて、自己紹介をしたモンスターはいない。

 名乗るはずがないだろう。と思いつつもみんな期待していた。


 鳥はしばしの沈黙の後、

「ルリです」 

 と名乗った。

 鳥はその瞬間、姿を新たにした。

 青いシルクハットを乗せた少年になった。

 その見た目は、携帯を開発した会社の、とても有名なマスコットキャラクターだった。

「おお……」

「君を愛している」

 部屋の隅でじっと同じく固まっていた手紙モンスターが何故かこのタイミングで言った。頭を使って動いているわけではないから、空気が読めないやつ、と思うだけ無駄なのだった。

「すみません、よく分かりません」

 ルリはカクカクと言った。

「ほ、本当に名前を言うなんて……」

 風磨は目を見開いて、その後、あれやこれやと面白がってルリに話し掛けた。すると周りも興味を持って、ルリの周りを囲んで眺めた。

 歌を歌ってほしいとか、言葉の意味を教えてほしいとか、天気予報をしてくれとか。

 由布梨にはまだ確信できなかった。

 本当に自分の携帯電話なのかどうか。どうしたら確信が持てるのか、頭を悩ませた。


 由布梨はルリに、

「貴方の持ち主は誰?」

 と訊いた。

「すいません、私には手伝えそうにありません」

 ルリは答えた。

「ダメか……」

 その瞬間、戸の外でモンスターが轟いた。

 本格的にこの部屋に侵入しようとしてきているようなのだ。

 急いで由布梨たちは戸に体重をかける。絶対に、入られてしまわないように。

 その時、色取がルリに言った。

「近くにいるモンスターを全部、鎮静化させて!」

「あ~」

 みんな感心して頷いてみせた。ルリは、命令されたことに従順になって行動してくれるのだ。もしかすると、本当にどうにかしてくれるかもしれない、と由布梨たちは思った。


 その予想は現実のものとなった。

 ルリはしばらくして、

「パスワードを入力し直してください」

 と言った。

「どこに?」

 由布梨は目を凝らして、ルリに近付いた。

 ルリの胸のあたりが透けだし、携帯のディスプレイ画面と同じになった。

 信じられない、と思いながらもルリの胸元をさすると、どうやらタッチパネルのように操作できるらしいと分かる。

 由布梨はかつての携帯に設定していたパスワードを入力する。

「それでは近隣のモンスターと通信します。電源を切らないでください」

 淡々とルリは言った。

 大分時間が経った頃、戸の外でモンスターはぱったりと体当たりを止め、部屋の隅にいる手紙モンスターはより小さく縮まって座った。

「本当に、本当にルリがやったの?」

 まだ疑うような思いだった。

 まさか、こんな万能な味方が手に入るなんて、ついてるにもほどがある。この調子なら。歯車をモンスターに埋め込んで凶悪化している、大変な黒幕と出くわしても、全く問題がない。

 それどころか、これから先だってそうだ。もう誰の手も煩わせないで、この~が全部のモンスターを鎮静化できる。

 由布梨は笑みがこぼれて来た。勝利を確信したからだった。

 これから先の冒険も安泰だ、と笑った。


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