手紙モンスター
由布梨はその時、遺跡の全景を見た。
砂丘のような地面の上に、大量の柱に支えられた途方もなく長い階段。その先に神殿があった。神殿は三角屋根の建物で、煙突のようなものがくっついていて、空へと高く伸びていた。
その先端には、撞木――除夜の鐘を突く棒――が吊ってある。
モンスターがふとそれにぶらさがって、神殿の側面にぶつけた。
まさか破壊する気か、と由布梨が目を疑っていると、ボーンとあたりに大きな音がこだました。てっきり木製の寝殿だと思っていたので、周りに響いている金属音に思わず身震いがした。
初めは普通の鐘の音――大晦日に聞く除夜の鐘の音のような――だったのが、徐々に音は耳障りな物へと変化していった。
例えるのなら、黒板をひっかいたときの音、だろうか。
「どうしよう、どうしよう」
耳を塞いでもなおうるさく感じられる音に、由布梨は困惑して周りを見渡す。この音から逃げられそうな場所は、どうしても見当たらなかった。
絶望感にさいなまれていると、ふと途方もなく長いあの階段の先で手をこまねいている人影が見える。
「色取君――」
色取は耳を塞いでいなかった。由布梨は驚いた。神殿の中は、音がうるさくないのだろうか。あの不快な音。
もしかすると、そういう特殊なつくりになっているのかもしれない、と思い、由布梨は久高と風磨を連れて階段へと走った。
袖口の中に、砂で汚れた小枝がたくさん、しゃらしゃらと揺れていたことに気をとめぬまま。
一段一段の間隔の短い階段を駆け上がり、由布梨は暴音にくらくらしながら階段を登り切った。神殿の中に駆け込むと、不思議なほどの静寂がそこには広がっていた。
「色取君、いつここに?」
「ついさっき。多分、黒幕はこの中にいると思って」
色取は言った。
外で徘徊しているモンスターたちは強すぎる。誰かがモンスターに、歯車を埋め込んで強化しているのだ。本当に悪質だ、と由布梨は思う。
モンスターをサイボーグ化する人がありますか! と叫び出したいほどだった。
「あ、みんな揃ってる」
色取の背後に目をやると、そこには玉兎たちもいた。それに、由布梨の横には久高も風磨もいる。これで全員が神殿に駆け込んだ、ということになる。
次の瞬間、大量のモンスターが一気に神殿に駆け込んできた。
「は、はあ!?」
神殿の奥の奥の方へと由布梨たちは追いやられた。
「おっかなあああ」
今までこんな大勢のモンスターに追いかけ回されたことはなかった。しかも、凶悪化している、一体一体倒すのが大変なモンスターばかり。
神殿の奥の方に逃げ込んだところで、バッドエンドしか見えないような気がする。それでも由布梨たちは走り続けた。
「お前のこれって、封印解けるとか、切り札なんじゃねえの?」
草乃丞が景臣の包帯を引っ張った。
「違えよ! そんなご都合主義あるか。これはなあっ」
その時、
「ぐわああ」
景臣が叫んだ。
振り返って見ると、壁が剥がれて、ささくれている部分に包帯が引っかかっていた。
包帯の理由を知っている由布梨と柚葉は景臣から目を逸らした。まさか、失神するなんて嘘でしょ、と思いつつも、あながち噂も馬鹿には出来ないものだと、由布梨は知っていた。
「ったく、こんな面倒な時に包帯外していきやがって、ストックもねえのに」
景臣は首から包帯を取って走り出した。
その横で、何故かちょっかいをかけた側の草乃丞が顔面から床に転んだ。
「草乃丞、どうした!」
「何でお前が転んでんだよ!」
みんな必死の形相で草乃丞を立たせようとする。
しかし、草乃丞は気を失っているのか、脱力しきっていて重かった。
半ば引きずるようにして、みんなで草乃丞を運んだ。
「こいつまさか、ほくろ見て気絶したのか!?」
景臣が自分の首元をばしっと抑え込んだ。
「被害にあうのは女だけだと思ってたのに、まさかほくろも凶悪化しているのか」
久高が言った。
「おい、俺をモンスターみたいに言うんじゃねえよ!」
「でも、たかがほくろで気絶させたんでしょ。あながち間違ってないんじゃないの」
風磨が言った。
「おいおいおい」
「ほら、試してみなよ。もしかしたらモンスターも気絶させられるかもよ」
風磨が景臣をくるっと回してモンスターの前に差し出した。
モンスターは全く立ち止まることなく、ぐんぐん景臣たちに距離を詰めて行く。
「意味ねえじゃねーか!」
「ごめんなさい」
緊張感に欠けた会話をしていると、とうとう進に進めないところまで来てしまった。ただ一つの怪しげな戸を持つ、行き止まり。その前で由布梨たちは立ち止った。
「この中に入るしかない、急いで!」
色取がその戸を躊躇もなく開けた。その中から何か危険な物が飛び出してくるかもしれない、と由布梨は警戒していたが、結局そんなことにはならなかった。
籠城して作戦を考えるしかないのか、と諦念を抱いて、全員その戸の中に入った。
戸の外側では、モンスターが衝突する物音がする。
ドン、と言う激しい音は、肌を刺すような緊張感を生じさせた。
しかし、戸は予想外に頑丈で、抑え込んでいればモンスターの侵入を許すことは無かった。
「良かった……」
由布梨たちはほっと胸をなでおろした。
「はっ、俺は何を?」
その時草乃丞が意識を取り戻した。
「ったく……何でお前が気失うんだよ」
「ほくろを見たら、何故か急に。一体、どういうことだ?」
「知るか。むしろ俺自身が原理を知りてえよ」
「まぁまぁ」
「みんな気を付けて。こっちに近付いてくるよ」
柚葉の声に反応し、由布梨は前方を見据えた。そこに、歯車でサイボーグ化されたモンスターが一体歩み寄ってくるのが見えた。
由布梨が魔呪文本を握りしめ、警戒していると、モンスターは口を開いた。
「元気してますか。久しぶりに手紙を送ります」
「うあ……」
由布梨は間抜けな声を発していた。すぐに気付いたのだ。目前のモンスターは、誰かがしたためた手紙が境界の壁を越えてモンスターになったものだ、と。
すぐにモンスターを倒せばよかったのだ。しかし、由布梨も含め、全員が固まった。
普通、話さないはずのモンスターが人間らしく喋っていること。
その文面に、先がありそうなところが、由布梨たちを踏みとどまらせていた。
モンスターは再び口を開く。
「君無しではいられない。今でも、愛している。それでも、生きていると信じている。だって君と誓った。手紙を送るから」
おそらく手紙の中に記されてあったであろう言葉を、ぶつ切りにしながら、幾度もモンスターは言った。
そこに感情は無いのだろう。しかし、由布梨たちにはかなりこたえた。
このモンスターを切って捨てて、終わり。
そんな簡単なことがどうしても出来なかった。
加えて、そのモンスターがあまり攻撃的ではなく、まだ由布梨たちに対して牙を剥いていないことが、余計手出しをさせにくくさせた。
何を言っていいのかわからず、みんな唇をもごもごさせていた。
自分たちの生活を守るために、壊していかなければいけないものがある。
手紙とはただの紙切れ一枚、だろうか。それとも、誰かの心だろうか。
その手紙をしたためた人のことを思うと、由布梨は胸が痛んだ。
今はもう、手紙ではなくモンスターになってしまっている。だけど、誰かが確かに手紙を送ったのだ。
送り主はが今でも愛していて、生きていると信じていて、いつか誓いを交わした、どこかの『君』へ。
その君へ、送り主のメッセージを伝える方法はもう、このモンスターしかないのだ。
どこかにいるであろう、君は何がきっかけで魔法世界に来てしまったのだろう。都市伝説だろうか。それとも、他のことだろうか。
顔も知らない、『君』や送り主。
考えてもらちが明かない、と頭では理解しているのに、由布梨はどんどん感傷的になって、落ち込んでいくのを止めることが出来なかった。
だって、絶対にモンスターを最後には倒さないといけない。
選ぶ結果が同じなら、一刻でも早い方が良いに決まっている。
「誰か、あのモンスター倒せる?」
由布梨は訊いた。誰も何も答えなかった。ただ茫然と立ち尽くしている。
この部屋の中に、モンスターが一体。しかも凶暴ではないタイプ。言葉を少しだが、流ちょうに話す。
別に感情があって動いていないということは分かるのだ。
しかし割り切って見ることが出来ない。
由布梨はそれでも心を決めていた。
もし、このモンスターが牙を剥くことがったら、自分が倒そうと。
それは、この魔法世界で手紙モンスターに翻弄された由布梨の決意だった。
その時、部屋の中央に何かがよぎるのが見えた。




