遺跡への出発
とうとう遺跡討伐の日を迎えた。
いつもの面子は境界の壁の前ではなく、飛行場の矢倉の前にいた。
久高の心は、いつもより少し逆立っていた。まだ見ぬ土地、そこにどんな屈強なモンスターがいるのかと思うと、身震いがするような気がした。
詩安と弥一郎と佳代は、街に残り、境界の壁から出現するモンスターを退治するための、留守番を買って出てくれた。
「……いってらっしゃい」
基希が飛行場まで見送りに来ていた。何故か、複雑そうな表情を浮かべていた。
「基希さん、あの行ってきますね」
由布梨が気まずそうに基希に声をかけた。
「すまない。恵也が高熱を出して行けなくなった。由布梨、君の部下として面目ない」
基希が額を覆って言った。
「恵也が熱で……看病でもするんですか?」
それと基希が行けなくなったことの、何の関係があるのだろうか、と由布梨は首を傾げた。
「違うんだ。いや、することにはなるかもしれないが……行けないのには、別の理由があって」
「なんだ。基希、由布梨ちゃんに言ってないの? 基希の召還術ってさあ……」
詩安が言った。
「! 待て、今度、自分の口から言う」
「分かってるよ、ゴメン」
詩安が舌を出してみせた。
「――それじゃ、行ってらっしゃい。気を付けて、無理はしないで」
「はい!」
由布梨が基希と詩安の前から離れた。
「……上司とも、部下としても、頼りなくて済まない」
と呟いているのを、久高は耳にした。
由布梨と色取、境界世界の四人、柚葉、雷針、風磨、そして久高は意気揚々と飛行船へと乗って行った。
「あれ、草乃丞さん、後ろどうしたんです」
色取が草乃丞の後頭部を見て、何事かと顔をしかめた。前に会った時は、確か髪の毛があったと思うのに、今はその部分が刈り取られた後の草原のようになっている。
「知らん。どうでもいい」
本当に興味なさげに草乃丞は言った。
みんなの後に景臣が渋々、と言うような表情で乗り込んだ。
「ったく、これで最後にしてもらいてえもんだぜ。体がもたねえ……」
移動魔法を封入した飛行船。それに乗っているだけなのに、気疲れを起こしたのか、景臣はちょっとずつ老けているように見える。
「問題ない。遺跡の一部の討伐には成功したんだからな」
久高の斜め横で雷針が余裕そうに言った。
「……俺には、よく分からない。本当に、アンタたちがこの討伐に身を乗り出す、そのわけが、だ」
久高は横に座っている玉兎に話し掛けた。
従者である草乃丞や佐月を退けてまで、玉兎の横を死守したのには、しっかりと理由があった。久高は、物事をはっきりさせるのが好きなタイプだ。だからこそ、境界の王、玉兎がここにいる理由がどうも釈然とせず、もやもやするのだ。
「もちろん、境界世界から盗み出されたであろう、歯車で凶暴化したモンスターの件……我が責任を感じているからに他ならない」
「でも、アンタが王位についている時に、うかうか盗まれたわけじゃないだろう」
「あぁ」
「なのに、責任があるのか、アンタに」
「アンタアンタ、って止めて下さいよ」
佐月が口を挟んだ。
あからさまに久高はむっとした。久高にとって、玉兎を敬う理由は見つからないのだ。
「我は構わない。……どうなのだろうな。責任があるのかどうかは知らぬ。しかし、我がこの問題を終結させるべきだろうな、とは思う」
玉兎が頬杖をついて答えた。
「それ以上の理由があるだろ、本当は」
久高は玉兎に踏み込んだ。じっと見つめると、観念したように玉兎は言った。
「分かるか、分かりやすいのか我は?」
「さあ。それで理由は?」
久高はそれにしか興味が無かった。
「我は」玉兎が久高に顔を寄せて耳打ちする。「由布梨を傷つけようとした、歯車を持つモンスターとそれを作成した人間に、怒りがある」
「やっぱりな」久高はふうと息をつく。「あの時、時計モンスターから由布梨を助けたのは、アンタだろ」
「……よく分かったな」
玉兎は目を皿にしていった。まさか、気付かれていないとでも思っていたのだろうか。
「分かるに決まってるだろ。あれを一撃で倒せるくらい強いやつなんて、そう多くない。隠したかったらもっと上手くやるんだな」
「分かった、覚えておこう」
「あの、もう少し玉兎様を敬ってくださいますか!」
佐月が口を挟んだ。
「アンタ、うるさいな。なんだっけ。あぁ、そうそう頭痛とは頭が痛い事だ!」
久高は境界世界の城で、佐月と対峙した時のことを思い出す。そこで、佐月が取り出したのは、トートロジーの剣。その戦術を逆手に取って、久高は佐月を倒したのだ。
「うっ」
佐月がその時のことを思い出したのか、胸を抑え込んで顔を青くした。どうやら嫌な思い出の一ページだったようだ。なんて扱いやすい奴だろう、と久高は笑った。
佐月がこちらから目をそむけたのを見計らうと、
「それで、ずっと聞きたかったんだが、どうして由布梨を攫った?」
玉兎に訊いた。
「恋、だ。他に何もない」
「一目惚れか? 俺はそんなもの、信用していない。また別の理由があるだろ?」
「これに関してはないな」
「どういうことだ……」
久高は玉兎が言いきる様子に頭を悩ませた。ありえない、と思う。一目惚れをして、衝動的に動いてしまう、そんなこと久高には分からなかった。まるで作り話でもされているみたいに感じられる。
「ずいぶん驚くな。しかし、我が由布梨を愛しているのは、本当のことだ」
どうしてそんなに由布梨を想っているのか? と境界の王に対して驚くとともに、由布梨が満更でもなさそうなのが、久高には理解できなかった。
境界世界での由布梨の表情を思い返してみる。
自分を異様に恋い焦がれている人間を前にすると、無下にもできなくなるのだろうか。
しかし、強引すぎるのはな、と久高は頭を掻いた。
「我は由布梨のためになら、命をかけてもいい」
「は、はぁ、本当に?」
久高は目を剥いて何度も訊き直した。
「本当だ」
大げさに言っているだけなんじゃないかと思ったが、久高はハッとした。
――この前、由布梨を奪還する戦線に同伴したということは……?
あのときの目的は、由布梨を奪還すること。
そして境界世界で、命の危険を感じる様な場面もあった。
つまり、意識していなかったが命がけだったのだ。
さあっと久高の顔から血の気が引く。
――もしかして、俺は由布梨のために命を賭けたのか!?
なんて、大それたことをしでかしたのだろう、と久高は焦った。
好きだから、命に変えても守りたいと思うのか。
命に変えて守り切ろうとしたものを、大事にしたくなるのか。
――そういう順序性が壊れていく……。
久高にはこの感じが、すごく気持ちが悪く、落ち着かなかった。
好きだから守りたいと思う、この順序じゃなきゃだめだ、と久高は思った。
「由布梨、由布梨ってアンタ! い、いい大人だろ!」
久高が玉兎に詰め寄って大きい声を出した。
「その反応、久高も由布梨が好きなのか?」
「まだ好きじゃねえ! いや、好きじゃねえっ」
「久高……?」
正気に返って久高はその声に振り返る。
あの日、城内で見た時より美しく、眩く、透き通るように見える由布梨が目の前に立っていた。
珍しく久高が騒がしくしているので、一体何事かと、不審がっているようだった。
「お、俺を見るな。あっち行けって……」
「何で。私なんかした?」
焦って、心配そうに眉を下げた由布梨が久高を覗き込む。
「何もしてねえ。何もしてねえけど……」
「けど?」
「順序がおかしくなりそうだっ……」
頭を抱える久高に由布梨はひたすら首をひねっていた。
モンスター討伐は自分のために行く。自分に利益があるから行くんだ。町の平和を守るため。自分の生活に静寂を取り戻すため。そうだ、それしかない。久高は必死に自分に言い聞かせた。
「いいか、由布梨」
久高はばっと顔を上げると、由布梨に言った。
「な、何?」
「絶対に何か間違いがあっても、俺に命を賭けようとするなよ」
当たり前でしょ、と言って由布梨は自分を安心させてくれるはずだ、と久高は確信していた。しかし、
「え、何か元気いっぱい”はい”って返事は出来ない感じ……」
と由布梨は言いよどんだ。
「頼む、約束してくれ!」
「ど、どうしよう」
「――そうしないと、順序がおかしくなるんだよ……」
妙なことに悩みだした久高に、由布梨はただ眉を下げて困るばかりだった。




