夢と運命の分岐[後編]
「蹴り飛ばせって……」
俺が蹴人だからですか、なんて馬鹿なことを聞けるほど、余裕は無かった。意味が分からないのだ。もしこれが映画なら、あの氷の道を渡る途中に二人は命を落とす、だから渡ってはいけないのです、なんて言われたりすることがあると思う。
しかし、いくらなんでもこの場合、トンチンカンすぎる。
氷の道を渡ったら帰れます、だけど帰らないでください、って。
俺は境界の壁の中の、氷の道を指差す。
「でも、帰れるんでしょう?」
通販番組でよく見る、お高いんでしょう? と同じイントネーションで問いかけた。
「はい」
「ええ……」
俺は困ってしまった。
「質問は受け付けます」
「はい、あの、何で今日帰らないでほしいんですか?」
「何で? 何でって、なんて言えばいいんだろう。あ、そうだ。決められた運命の通りに進むと、貴方振られます、なので……」
「はっ、はああ? そんな嘘、えっ、絶対今思いついて言っただけですよね? 取って付けたような理由。えっ、俺振られ……?」
俺の心は揺れに揺れた。
占い師の言い方は、あまり真剣なようではなく、おそらく本当の理由を隠しているだろうことはすぐに分かった。しかし、今朝の夢の内容も手伝って。いよいよ俺は振られるような気がしてくる。
「振られたくなかったら、運命を変えてください」
「ちょっと……」
いきなり漫画みたいな設定になってくる。運命を変えるために躍起になる男って、そんなの、タイミングが遅いと思う。その宿命を負わせるのなら、この魔法世界にきてすぐじゃないと、何かおかしい。なんかおかしくない?
「それ、何で今言うんですか? 運命がどうとか、初対面の時に言うべき気がするんですけど」
「いや、だって昨日の夜気付いたんですよ。運命変えた方がいいな、って。こっちだって、毎日人の適職ばっか占わされててんやわんや、これならまだリーマン時代の方が楽って話だからな!」
急に口調が変わって、占い師は言った。
「あ、ああっ?」
「おっと、失礼しました」
「待って。分かりましたよ。貴方は、俺達と同じ、向こうの世界から来た人でしょう。だってリーマンなんてこっちにないし。それで、本当は一緒に帰りたいんでしょう!? 由布梨と俺だけが帰ろうとしているのが気に食わなくて、帰るなって言ってるんじゃないですか」
「違います」
俺の推理は占い師の一言できっぱりと否定された。
「あの氷の道って何人乗れますかね?」
「二人で限界でしょう」
「ほら、やっぱり定員オーバーで一緒に帰れないのが嫌なんじゃないですか」
「違います」
あからさまに占い師はむすっとした。
「いや、でも……」
それ以外に考えられない、と俺は食って掛かった。
すると、
「この魔法世界に元からいた人間じゃないことは認めます。だけど、貴方たちと同じ世界の出身者でもありません」
占い師が淡々と言った。
「じゃあ、境界世界出身?」
「いえ、貴方の知らない場所ですよ」
「じゃあ、どこなんですかね」
「……貴方は、世界が数えられるだけしかないと思ってるんですね」
「数えられる、だけ? 元の世界、境界世界、魔法世界、あと由布梨は花札の中に行ったらしいから、その世界も足して四つ。そうですね、数えられますけど」
俺は自然と指を四つ立てていた。
何だかその仕草が間抜けだな、と自分で思った。
「まぁ、いいでしょう。ただ、最低でもあと一つ足して頂かないと」
「はいはい、占い師さんの出身世界ですね」
俺は素直に指をもう一つ立てて、五本指をぱあっと開いてみせた。これでいいんでしょう、と投げやりに笑って。
「……ええ」
「あの、今日帰っちゃいけないってことは、奇跡の雫とかを探しだして、それに頼ってくれってことですか? 俺と由布梨以外の人も、その方法なら一緒に帰ったりもできるから……? もっと視野を広げてみて、という?」
「あー……詳しい解釈は任せます。ただ、今日帰るのは止めといてくれませんかね」
質問を受け付けると言ったくせに、急に面倒そうに占い師は言った。
「俺が振られるってのは、適当に言ってるんですよね?」
「さあ。でもまぁ、その程度で自信無くすようなら、遅かれ早かれ振られるんじゃないですかね」
辛らつな言葉とは対照的に、占い師は楽しそうに笑った。
「え、それは、うわー……」
俺は心をえぐられた。何て的確な言葉だろうと思った。
「それで、どうしますか」
「……俺、帰りません。運命を蹴り飛ばさせてもらいます。俺にとっては由布梨が一番だから」
俺はじっと占い師を見据えて言った。
「まぁ、私は由布梨じゃないんで全然嬉しくないですけど」
イラッとして俺は訊いた。
「結局、本当の理由って何ですか。俺に、違う運命を進んでほしい理由」
しばらく占い師は意味深な間を置いてから、
「え、そっちの方が面白そうだから」
と答えた。
俺はがくっと肩を落とした。何なんだコイツ、というのが正直な感想だった。
「そうだ、一つだけ良いことを教えておきましょう」
「何ですか」
「貴方が由布梨と初めて言葉を交わしたときのことを、よく振り返っておくと良いですよ」
「へえ、そうなんですか?」
「始まりと終わりは、同じですから」
占い師は真剣な顔つきで言った。
「確かに」
俺の脳内には、山手線の線路図がばーんと思い浮かんでいた。
占い師と別れた後、俺は再び境界の壁へと向かった。
そして、ためらうこともなく、そこにある氷の道を、端から叩き落として、割った。
宿屋に戻り、俺は遺跡への出発の時間まで、少し不思議な気持ちで過ごした。




