夢と運命の分岐[前編]
モンスター討伐の出発の前日の夜。俺は夢を見た。
この前のように、境界の壁に入り、川を眺めている自分の姿が見える。何故か自分は、透明の氷の架け橋の上に立っている。
(予知夢?)
俺はドキッとした。もしかすると、これを予知夢というのではないだろうか。俺が目論んでいる、境界の川を凍らせて、そして元の世界に帰る、という計画が上手くいくと、そう暗示しているのではないだろうか。
「由布梨」
夢の中の俺は後ろを振り返った。境界の壁を越えたところに由布梨はいた。近くには玉兎もいる。
俺は険しい顔つきで、きっと口を結んだ。さあ帰ろう、と口にもしない。手を差し伸べることもしない。俺が望むことは、一つだけだった。
俺が作った帰り道、それを由布梨の意思で選んでほしい。
迷わないで、その道をごく自然に選び取り、俺と手を繋いで欲しい。
魔法が無くても、平凡すぎるとしても、それでも俺との未来を考えてほしい。
どんどん、由布梨に自分を信じてほしいと思ってしまう。
嫌がる彼女の手を引いて帰れるほど、心で拒まれても、それでも傍に居ようと思えるほど、俺は強くない。
強くなんかない……。
「頼む、振り向いてくれ俺に……!」
「色取君、あのね」
夢の中で、由布梨が口を開く。次の瞬間、玉兎が由布梨の目を覆った。由布梨は笑みを浮かべ、その手を外そうとする様子は無かった。ただ、玉兎の手の中に身を委ねていた。
俺は固まっていた。もしかすると、自分は選ばれないかもしれない。もう一度、由布梨が口を開いたのなら、別れを切り出されるかもしれない。
「足元が割れてる」
亀裂が入る嫌な音にハッとして俺は下を向く。氷の橋に大きな亀裂が入り、そこから川の水があふれている。橋が壊れるのも時間の問題だろう。
「色取君、ぼやぼやするな急げ!」
朔真さんが突如として現れ、薄い瓶から何かの液体を川に落とした。
「奇跡の雫ですか!?」
川の向きは逆向きになって、魔法世界から俺たちがいた元の世界の方へと、強く強く流れていた。
「そうだ、早く乗るんだ」
朔真さんが俺を船に乗せた。
船は元の世界の方へとぐんぐん邁進していく。
「待って、由布梨を連れて行かないと」
「いや、由布梨は君を選ばなかっ」
朔真さんが言いかけた言葉を、俺は制止した。たとえ夢の中とはいえ、それだけはどうしても言われたくなかった。俺は体を固くしたまま、川の流れによって、ついに元の世界へと戻っていった。
あの発掘現場が見えてきたとき、眩い光に包まれ、俺は目を覚ました。
「今の夢って、正夢? まさか本当にそうなんじゃ」
寝汗でびっしょりになった体を起こして、俺は風磨にオーダーして作ってもらった蹴鞠を抱えて、外に飛び出した。
境界の壁の方へ、全力へ駆けていく。壁の方へ近付くにつれて外気は冷たくなり、火照った体に心地よい。
俺は覚悟を決めて、立ち止まることなく、境界の壁の中へと頭から突っ込んだ。外へ外へと、追い出してこようとする、その斥力を力づくで押しのけ、身体をねじこんでいく。
そして壁の中に入る。そこは、いつもの川とは違っていた。冷蔵庫の中のように冷たく、川の表面にはところどころ氷が張りつめているようだった。
「境界世界の冬……か」
魔法世界の気候は、元の世界でいうところの秋だった。
しかし今、境界世界は気候の変化が異なるのか、冬を迎えているようだった。
俺は確信した。
今なら、自分の蹴人としての能力と、この気候を利用して、人二人くらいなら乗せれるだけの、氷の橋を作ることが出来るはず。俺は川の表面に、勢いよく氷の蹴鞠を叩きつけた。衝撃で、一瞬川の水面は揺らぎ、次いで固まりだす。しばらくすると、川の表面に氷魔法がいきわたり、厚い氷が足元に広がっている。
「正夢だ、本当に、帰れるんじゃないか!」
強度を確かめるために、氷の上を右往左往してみる。ひび割れる気配もない。
夢の中とは、氷の橋の形状が違ったが、現実の氷の方が強度もありそうでほっとした。
俺は向こうの世界を見つめた。
この氷の上を進んで行けば、戻ることが出来る。今までの努力が実を結ぶ。
「由布梨は、どう思うんだろう」
夢の中では、俺一人で帰って行った、その光景が今でも脳裏に焼き付いている。でも、家族も友人も残してきている元の世界に、帰りたくないなんて、由布梨がまさか本当に言うわけない、と思った。きっと大丈夫だ、もし玉兎が出てきたら、追い返してしまえばいい、由布梨を奪えばいい。いつか、玉兎がそうしたように。
俺は力強い足取りで、境界の壁から出て、宿屋の方へと踵を返した。
その瞬間、目前で一つの人影と出会う。
黒髪のショートカットに、不自然なほど長い横髪を垂らしている。
「貴方は、占い師の人ですよね」
「ええ」
境界の壁のすぐ外には、いつか占いの館で出会った占い師の男が立っていた。
何でこんなところに占い師がいるんだろう。
普通、戦闘能力のない住民は、壁の付近に近付こうともしないはず。
「ここ、モンスターが出て危ないから、あまり近付かない方がいいですよ。それじゃ」
「待ってください。伝えたいことがあります」
「俺に?」
「はい。ずっと前に、占いの館でお話ししましたよね」
「覚えてますよ。蹴人に向いてるっていうのと、あと貴方には俺がサッカーしているとこも見えてましたよね」
「ええ、そして未来の絵が見える、とも話したことを覚えていますか」
「――氷だ」
俺は目を皿にして驚いた。
あの時、確かに占い師は水晶を通して、氷のビジョンを見せてくれた。
「凄い、本当に凄いですね。あれは、本当に未来のことを暗示していたんですね」
興奮を抑えながら俺は言った。
今日のことに全て繋がっているのだと、感動さえ覚えた。
「……そのことについて、話させて頂きたいことが」
「何ですか?」
俺は真剣に訊いた。すっかりこの人のことを信用しきっていた。
「貴方の考えている通り、確かにあの氷の道を使えば、あちらの世界に帰ることが出来るはずです」
「やっぱり!」
俺は走り出そうとした。
「待って、もう少し続きが。境界世界の氷点下の気候、これは前例にないのです。つまり、今日だけが特別。一見、貴方に気候までもが味方したように見える」
「今日、だけ」
俺はその言葉をかみしめた。もし、奇跡の雫も、氷の錘も、何も手に入らなかった場合、今日しかチャンスが無いということだ。
「それでも、貴方に頼みたいのです」
「何を?」
「今日、帰ろうとしないでください」
「えっ……? どういうことですか?」
俺は素っ頓狂な声で聞き返した。絶対に聞き間違えたに決まっている、と思った。
今日しかチャンスが無いのなら、見送るなんて選択肢は絶対にないはず。
「本当はこんなこと言ってはいけないのですが、言います。定められた本来の運命は、貴方が今日作った、あの氷の道を通って、二人はこの世界を後にする、そういうものです」
「な、何なんですか。そんなの、運命とか言われても」
俺は顔をひきつらせた。話の展開が絶対におかしい。
ただ普通に氷の道を渡って終わり、それだけのシンプルな話ではないのだろうか。
「決められた運命を蹴り飛ばしてください!」
占い師が珍しく大きな声を出した。




