平安貴族とキラキラ
「え? どこ行くの?」
「ごめん、後で言う」
創作の地で風磨に会った翌日。
色取は由布梨に行き先を告げずに、朝から慌ただしく出て行った。新調した、あの氷の蹴鞠を大事そうに抱えて。
一体どこに向かったのだろう、と由布梨は疑念を抱いた。
由布梨はこの魔法世界に来て以来、本当に一人っきりになったのは初めてかもしれなかった。寂しがり屋というわけではないが、由布梨はなんとなくもの寂しくなった。
「私は、どうしよう」
遺跡にモンスター討伐しに行く準備で、みんな忙しくしているかもしれない。
かといって、何をすればいいのかが思いつかない。
修行をする、といっても何をすればいいのか。
由布梨は部屋にいるのもつまらなく、とりあえず外に出て歩いた。
「あれ、佐月さんじゃないですか」
目の前に、胃を抱え込んだ佐月の姿が見えた。
「ゆ、由布梨様」
「大丈夫ですか?」
顔色も青ざめて見え、倒れ込むのではないかと不安になって由布梨は訊いた。
「はあ、どうしようもないですね。玉兎様が城に戻ってくださるまでは……」
「佐月さんからしてみれば、そうですよね」由布梨は頷く。「まさか遺跡にモンスターを倒しに行くなんて言い出すとは思いませんもんね」
「はい、勘弁して欲しいです」
佐月はげっそりして言った。
「倒れちゃいますよ、佐月さん。境界に戻って少し休んでは?」
「いえ、そういうわけには。玉兎様がお戻りになるなら話は別ですが」
玉兎がこっちの世界にいる限り、従者である佐月も付き合うつもりらしい。境界世界に戻って休むつもりはないようだった。
「それじゃあ、何かゆっくりできることを一緒に考えましょうか」
なんて由布梨が提案しようとした、その瞬間。
頭上から何かがゆっくりと降ろされてくるのが見える。
「――?」
それは、造花で飾られた玉で、造花の隙間からは五色の糸が垂れている。
上を見て確認してみるが、誰がどうやって降ろしているのかが分からない。
「くす玉って言うんだっけ」
ぼそりと呟きながら、由布梨は何げなくに五色の糸のうち、青色の糸を引いた。すると、ぱかりと造花の内側で玉は割れ、中からは粉末の香料が一気に零れた。
どうしてくす玉が目の前に降りて来たのだろう、と由布梨が怪しんでいると、ぽろりと残りの香料と一緒に札が落ちた。
「まさか、あの平安貴族また……!」
「どうかされたんですか?」
由布梨が騒いでいると、佐月が不思議そうな顔で見ていた。
「ちょっと、まずいかもしれません」
由布梨はおそるおそる札を拾い上げた。やはり、というべきか。札からは絵柄が消え、まっさらになっていた。
「由布梨様、後ろに」
佐月の声に、由布梨は背後を振り返った。
そこには、平安貴族がニコニコと微笑みながら立っていた。
「また!」
由布梨が声を上げると、周りの景色が一気に白く包まれた。
やっちゃった、と額に手を当てていると、首尾よく地面にはキラキラの輪が出現した。
また、弥一郎の救助が来るまで、この花札世界で翻弄されなければ帰れないのかと思うと、由布梨はうんざりした。
加えて今日は佐月まで巻き込んでしまった。
佐月は魔花札の存在も知らないのだから、説明するにも時間がかかる。
「どうしよう……」
由布梨が頭を抱えていると、平安貴族は由布梨と佐月の間に立って、それぞれの手を取った。そして前のように、引っ張って、足を輪の中に差し入れさせた。
「私はいいです」
もう前回学習したので、と遠慮して由布梨は手を離し、勝手に輪の中を踏んずけて進んだ。
「あの、由布梨様これは?」
「えーっと、私の知り合いの人の、持ち物の中に入ってしまったようです」
「いきなり、ですね」
「きっかけは、私がくす玉引いちゃったからだと思うんです……すいません」
由布梨がそう言うと、佐月はため息をついた。
「何でこんなことに。全部、由布梨様のせいですよ」
「ええっ」
並んで輪の中を踏みながら、佐月は由布梨に不平を漏らした。
「玉兎様が由布梨様を連れてこいと血迷いだすし、その後、城から無言で逃げて戻らなくなるし……」
「そう言われても」
由布梨はカチンときて言い返した。
「こんなことなら、玉兎様の怪我を治してもらわなければよかった」
佐月が呟いた。
「治すって?」
どういう意味か分からず、由布梨は気になって訊き返した。
「由布梨様を取り戻しに来た、あの中の……包帯を付けた方に治して頂いたのです。しかし、治して頂かなければ、今でも玉兎様は城で大人しくなさっていたのかと思うと……」
景臣のことだろうか。
玉兎たちが傷一つなく、ぴんぴんと動き回っている様子を不自然に思っていたが、まさか景臣が治してくれていたなんて全く気付かなかった。
それに驚くと同時に、治してもらわなければ良かった、なんて随分なことを言うな、と由布梨は苛立った。
「たぶん善意で治してくれたんですよ、先生は! そんな言い方あんまりじゃないですかっ!」
「すいません」
佐月はしゅんとして謝った。
「よく分かりませんけど、もっと佐月さん気楽になった方がいいですよ」
「はあ、努力いたします」
そんな会話をしていると、前と同じ、由布梨たちは平安京へ着いていた。
「それで、ここで何をすればいいんですか」
佐月が言った。
相変わらず平安貴族は何も答えず、楽しそうに微笑んでいるだけだった。
「……とりあえず、猪に気を付けてもらえば何でも大丈夫です、多分」
由布梨は代わりに答えた。
「由布梨様、私はちょっと休んできます。起きたら解決方法を探しましょう……」
眠たげに佐月は言った。
「あ、はい」
由布梨が了解すると、佐月はふらふらと砂の上を歩き、木の柵を越え、建物の中に入っていった。
(もう色々と疲れたって感じなのかな)
由布梨は佐月が少し可哀想に見えた。
由布梨は平安貴族の横に立って、景色をぼんやりと眺めていた。
ふと気になり、横を向いて訊いてみる。
「ねぇ、何で私たちを連れてきちゃったの?」
平安貴族は何かを指差した。由布梨が指の先に視線を動かしていくと、緑色の綺麗な鳥がいた。ほーほけきょ、と鳴いたので、あれが鶯か、と感動した。
丸々とした頬を赤く染め、のんびり首を動かしているのがとても可愛らしかった。
可愛いのはいいが、質問に対しての答えにはなっていない。
やはり、何も語る気はないのだな、と諦めの境地になって由布梨は黙り込んだ。
「よく空間の裂けめとかって、映画だとあるけどね」
由布梨はぼんやりとした期待を胸に、地力で元の場所に変える方法を探した。ただ助けをのんびり待っているのも飽きて来たのだ。
「あっ」
由布梨は庭の隅に、煌めいているピンクのモザイクのようになっている部分を見つけた。恋乞いをしていた時の、花札と同じだ。きっとあそこが、時空の裂けめ、空間の裂けめ、とりあえず不思議なことが起こりそうな印象を受けた。由布梨はためらわず、そのピンクのモザイクに手を突っ込んだ。
「んん?」
中は冷蔵庫の横のように温かかった。しかし何にも触れる気配がない。深く覗きこんで見ても、ピンクしか見えない。特に、元の場所に帰れそうな気配は無かった。むしろ、一度足を踏み入れたらもう二度と戻れないような気さえする。
「はああ」
由布梨は腕を引き抜いた。
その時ふと背後で、静かな足音が聞こえて振り返る。




