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蹴鞠で川を凍らせて

「あれ、どうやったら対岸に着けるのかな」

「え、ん~」

 由布梨に境界について話し掛けると、中途半端な返しをされる。由布梨が向こうの世界に戻りたいのか、それともその気持ちが薄れているのか。ハッキリしない態度だった。

 その原因は何だろうか、と俺は考えた。

 魔法世界が気に入ったのか。それとも、境界世界が気にいったのか。


「元の世界に帰りたい?」

 俺が訊くと由布梨はためらいがちに頷く。迷っているというのが見え見えだった。

 いざ、今日帰れる状況にもしなったとしても、今の由布梨はなかなかこの場から動けないかもしれない。

 でも、俺は帰りたい。絶対に由布梨連れて。


 だから――俺から離れられなくなる魔法があれば良いと思う。

 この世界に来て以来、俺は視野が広くなった気がする。

 絶対に由布梨を連れて帰る、という無根拠に意気込んでいるだけじゃ、由布梨の心も傾かないと分かっている。大事なのはきっと、寄り添うことだろう。


「良い世界だよな、ここ」

「え?」

 俺が口にした言葉が意外だったのか、由布梨は戸惑いながら訊き返した。

「日帰りじゃなくて、良かったと思うくらい、良い場所」

「私も最初は嫌だって思ってたけど、今ではそう思うときもあって……」

 由布梨が頷きながら言った。

「でも、俺の中でそれは、最終的には元の世界に帰るっていう結末を決めているから生まれる感情なんだ」

「そっか……そうだよね。私も最後は帰れると心のどこかでは思ってるから、そこまで悲観せずに済んでいるのかも」

「――由布梨」

「何?」

「俺は」俺は改めて由布梨に向き直る。「俺は由布梨に恋に落ちたあの世界に戻りたい」


 由布梨は目を開いてあっけに取られていた。

 たぶん、俺の恋は、元の世界の方が輝いていたはずだ。

 燦然とした太陽の光のように。

 この世界では、雲に隠されたように、その輝きは薄れている。


 ドリブル、トラップ、インサイド、アップ、シュート、ゴール。

 この魔法世界にはそういう、点と点を結ぶ魅力が足りていない。

 点と点を結んで線にすることが簡単すぎる。

 魔法で何でも、色々なことを可能にしてしまう。

 だから、点と点を繋がらないときは無く、瞬時に線を生み出せる。


 だけど俺はもっといろんなことを苦労して手に入れたい。

 地面をボール蹴って進む、その魔法とは遠いところにありそうな素直で自然な動作を、また元の世界に戻ってやりたい。


 俺は蹴人じゃない。ミッドフィルダーだ。サッカー部の一員だ。そして、俺が恋したのは、魔法使いじゃない、本当にただの一人の女の子。

 学校に戻ったらモンスターはいないし、違うクラスだし、今みたいに一緒にいる機会は減るだろう。

 一緒にいる時間を増やすのには、少し苦労するかもしれない。

 だけど今は俺、その苦労がしたい。

 たまらなく、そんな気がするのだ。

 俺はじっと俺を見つめている由布梨の腕をとる。


「肌、もう辛くない?」

 以前魔法アレルギーで赤くなっていた、その肌を見る。

 今はもうすっかり、雪のような白さだ。

「あ、全然大丈夫。赤みが残ったことは無いの」


 魔法使いにも、この世界にも、おそらく愛着がわいているのであろう、由布梨。

 きっと俺達は元の世界の日常へと戻っていける。

 由布梨は、それが得意なはずだと、俺は勝手に確信していた。


 本を開いて、閉じる、そんなことを何度も繰り返してきただろうから。

 本を開いてひとたび物語を読めば、その世界観へと引き込まれ、トリップしてしまう。しかし、栞を挟んで本を閉じれば、いつも通りの平凡な日常に戻っていく。

 由布梨は世界線の移動が、きっと得意だし、好きなんじゃないかと俺は思う。


 ――この世界に栞をして帰ろう。由布梨。 


 俺は由布梨の腕に触れたまま、由布梨の瞳に視線でそう語り掛けた。

 本の世界と日常、その二つを自在に切り替えていくように。

 きっと魔法世界から元の世界へ、何の違和感もなくスイッチして行ける。

 そんな希望を俺は勝手に抱いた。



 境界世界での戦い以来、俺は氷系統の能力に興味があった。

 境界内でも魔力が発動することが分かったので、あの境界で川を凍らすことが出来たら、向こう側――つまり、元の世界に戻れるかもしれないと考えたからだ。

 

 俺は新しい蹴鞠を風磨に頼もうと思い立ち、風磨に手紙を送った。

 すると数日後、いつ来てくれてもいい、と風磨から返信が届いた。

 由布梨がどんなところで魔糸紡ぎをしていたのかも気になったので、俺は由布梨も誘って行こうと考えた。

「由布梨、一緒に行かないか。創作の地!」

 俺が訊くと、

「あ、魔糸取りに行くの? いいよ」

 由布梨は快諾してくれた。  

 

 俺は初めて、移動魔法を封入しているという、なんだか凄い飛行船に乗って、創作の地まで飛んだ。

 体感で三十分もかからず、あっという間についてしまった。

 俺達は並んで歩いて、魔糸紡ぎ師の風磨の元を訪れた。

 森の中には小さな工房が点在し、まるで童話のような風景だった。


 魔糸紬ぎの工房の扉を開いて入ると風磨に、

「あれ、由布梨も来てたんだ。……もしかして、僕に会いに来た?」

 と訊かれたので、

「残念、由布梨は俺とデートで来ました」

 と俺は応戦した。

 デート? と首を傾げる由布梨にニッと笑うと、風磨に本題を切り出した。

「蹴鞠なんだけど、今は三色で作ってるけど、これを全部氷系統の魔糸だけにできる?」

「それはできるけど、でもそれ危険じゃない? 氷に強い属性のモンスターは倒せないし」

「大丈夫」

 俺は風磨の前で人差し指を揺らした。

「モンスターを倒すのは一番の目的じゃないから」

 不思議そうな顔をする二人をよそに、俺は続ける。

「ちょっと思い付きを試したくて」

「よく分かんないけど、簡単に出来るし、まぁいいや」

 風磨はすぐに作業に取り掛かってくれた。


 俺がその作業風景を眺め、由布梨は色々と解説してくれた。

 その間中、風磨は「やりにくい、うるさい」と言っていた。少し申し訳なさを感じながらも、面白い光景だったので、俺はきっちり最後まで見ていた。


「はい、出来たよ。物好きだね、こんなバランス悪いのが欲しいなんて」

 風磨が新しく出来上がった鞠を俺に手渡して言った。

「これが欲しかったんだよ。ありがとな」

「いーえ」

 出来上がった鞠と、前に街で買って使い込んでいる鞠とを、俺はともに腰に紐で吊るした。

「色取、由布梨ちょっと借りるよ」

 風磨が言った。

「借りる?」

「お守り、あげたいから」

「あの時のやつか。まぁ、由布梨が良いなら、良いんじゃない?」

 俺は答えた。

 そして風磨は、遠慮している由布梨を押し切って指輪を編み始めた。

 なんとなくむっとしている俺の横で、前と同じで由布梨の右手の中指にお守りを編んでいた。

 俺はそれを見てふと純粋な疑問を口にする。

「なんで右の中指なんだ? 風磨ならちゃっかり左の薬指に結びそうだと思ったんだけど……」

「? 別に由布梨に手を出して、って言ったら右手を出されたからなんだけど……」

 俺はそれを聞いて合点がいった。

 薬指の指輪が男女間で特別だなんて、この世界に元の世界と同じような風潮があるわけがないか。


「――ちょっと、詳しく聞かせてよ」

 風磨が前のめりになって訊かれたので、説明しようとすると

「だ、だめっ」

 俺は由布梨に口をふさがれてしまった。

 由布梨は顔を真っ赤にしていた。

「意味深――」

「何でまたお守りをあげることにしたの?」俺は訊いた。

「由布梨が暴走しないように」

 風磨が言った。 

 ふーん、そっか、と返すと、俺は風磨に作ってもらった、新しい氷の蹴鞠を紐から抜いた。


「ちょっと外で試してくる」

 俺は二人を残してその場を後にした。

 風磨はあの日、境界世界で俺たちを導いてくれた。

 それなのに、俺が由布梨を独り占めするなんて、フェアーじゃないな、と思ったのだ。


 この氷の蹴鞠も、元の世界に帰るために、俺が独断で動いてやっていることだ。

 成功すると、元の世界に帰ることが出来る。

 つまり、由布梨を風磨から奪ってしまうのだ。

 

 俺の心って氷より冷たいかも、と思いながら蹴鞠を、白藍(しらあい)色の空へと放り投げた。


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