花札姫との恋始め
「よーし」
詩安はその札の中に手を突っ込んだ。何が出てくるのだろう、と期待して凝視していると、詩安が掴んでいる手の中には、人の手があった。
「うわあ……」
人が出てくるとなると、引かざるを得ない。
「どっ、どうするのこれ! しまう? しまうべきだよね?」
詩安は札の中から出てる謎の手を握りしめたまま、あたふたとうろたえた。
それにつられるように由布梨も、
「わ、分かりません。少しだけ引っ張って確認してみた方がいいんじゃないですかね」
と早口で言った。
ぐっと詩安が腕を引き寄せると、札の中からは女性が出て来た。
和風のお姫様、といった感じだった。
「ほ、本当に人が出てきちゃった」
あっけにとられていると、貴族は満足げに笑った。
「ていうか、何このゲーム」
由布梨がもやもやしながら貴族に詰め寄る。その横で、詩安はじーっと札から出てきた女性を見つめていた。
「え、何。どうしたんですか?」
呆けたままの詩安の顔の前で手を振るが、無反応だった。穴が開くのではないかと思うほど見つめられた女性は、ぽっと赤く頬を染めた。
「誰も説明してくれない……」
と由布梨が回りを見渡していると、遠くから弥一郎が駆けてくるのが見える。
「おーい! また札から出たな!」
「弥一郎さん」
弥一郎が貴族の前で立ち止まり、札を取り上げた。弥一郎が札をパン、と手でたたくと、貴族も和風の姫のような女性も一瞬にして消えた。まっさらになっていた札を確認すると、平安貴族の姿はそこにあった。
「戻ったんだ」
「本当に、何で最近勝手に出てくんだろ……」
弥一郎が首を傾げていると、詩安が険しい顔つきになって立ち上がった。
「弥一郎、頼む、俺から彼女を奪わないでくれ……」
「は、はあ?」
突然詩安が口にした言葉に状況が飲みこめず、弥一郎は戸惑った。
「札の中の彼女をもう一度出してくれ。この通り」
詩安は顔の前で両手を合わせた。
「なんでだよ?」
「恋しちゃったから」
詩安が泣きそうな目で答えた。さっき、巻きスカート風の女性に殴られた後の表情と一緒だった。
「何か頬赤いけど大丈夫か」
弥一郎が詩安の頬に視線を向けて訊いた。
「そんなことはどうでもいいんだよ。なぁ、札の中の彼女を出して……」
「えーと、なんでだっけ?」
「恋したからだって!」
「恋?」
弥一郎はまるっきり状況が分からない、と言う様子だった。
無理もないだろう、と由布梨は思う。由布梨自身も、あまりついていけていない。何故、突然詩安は札の中の女性に恋に落ちたのだろう。
「まさか……」
由布梨は背中に書かれた文字のことを思い出す。
恋乞い、が示していたこととは何だったのだろう。
まさか、恋に落ちますように、という願掛けだったのだろうか。
もしそうなら、詩安は貴族の策略にまんまとはめられたことになる。
次の恋を探したい、と言っていた詩安を貴族は手伝ってあげたのだろうか。
「でも正攻法じゃないよなあ」
由布梨は呟いた。
詩安はスイッチが入ったのか、涙目で延々と恋愛関係の愚痴を弥一郎に零していた。
これは長くなるんじゃないかと、なんとなく由布梨は予想した。
というか、そもそも色取君は何で戻ってこないんだろ、と今更ながら疑問に思った。
二人には悪いけど、探しに行こうかな、なんて思って由布梨は立ち上がった。
「ちょっと由布梨ちゃん、どこに」
愚痴モードに突入した詩安と二人きりにされることを危惧したのか、弥一郎が焦った声色で言った。
「すいません、色取君を探しに行かないと」
「そうなの? 俺はどうしたら……」
困惑する弥一郎の膝の上に崩れ落ちるようにして、詩安はずっと一人語りをしていた。
先程由布梨に言ったような、過去の恋人たちを泣かせてきたとか、それが枷になって純粋に人を好きになるのが後ろめたいとか、そんなことを鼻声で。
「とりあえず札からあの女性を出して貰えたりとかすると助かるなーなんて」
由布梨は言った。
「女性……ってどれだろう。花札には何枚かあるけど」
弥一郎が眉を下げて言った。
「何枚も、ありましたっけ?」
元の世界の花札にはそもそも一枚も無かったような気がするのだが、ここは異世界だけあって多少違うところがるのかもしれないな、と由布梨は納得した。
「これ、それともこれ?」
突っ伏している詩安の頭上で札を確認していると、ふと目前に奇妙な物体が通り過ぎていくのが見える。
場合が場合なら、未確認飛行物体と呼ばれる代物だった。
丸々とした花の上に、佳代が乗っかって飛行していた。
佳代を乗せた花はくるくると緩やかに回転し、どこに向かっているのか分からないが、ふらふらと浮いていた。
「あいつ、とうとう店を無人にしたな……!」
弥一郎が目を見開いて言った。
由布梨はなるほど、と思った。弥一郎がここにいるということは、茶店は佳代のワンマン体制になっていたはず。しかし、働くのに嫌気がさした佳代は、とうとう謎の円盤に乗っかって店から飛び出してしまった、と。
「店は、大丈夫ですかね」
食い逃げが横行しているのではないかと想像すると、気が遠くなりそうだった。さあっと顔が青ざめている弥一郎を見ると、由布梨は気の毒な気がした。
「私、急いでお店を見てきますね!」
この状況じゃ弥一郎は行けないだろう、ととっさに判断し、由布梨は走り出した。
「え、あっ、ありがとう!」
弥一郎の困惑と感謝が織り交ぜになった声が後ろから聞こえた。




