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なんだね、その包帯は?

 柚葉にとってこの二人は店の馴染(なじ)みで、友人で、気の置ける存在なのだろう。

 しかし由布梨にとっては、まだ赤の他人だ。

 この世界のことを知っておくためという目的があっても、やはり今の状況には不安がある。

 このままどこか変なところに連れ込まれたりしないか、とか。

 柚葉の友人を疑うようで、少し悪い気もするのだが。


「ここ、左に見えるのが穀物代所(こくもつがえしょ)。近いでしょ」

 街を歩き出してすぐ、左に見えた建物を指差して詩安が言った。

「もう閉まってるんですか?」

 ぴったりと閉じられている門を見て訊く。

「場合によるが、基本的には夜刻の前には閉まる。用事があったらなるべく早い時間に来てくれ」

 と基希が答えた。

「分かりました」

 

 もう少し進むと景臣(かげおみ)という表札が下げられた、立派な家屋があった。

「すごい、普通のお宅でしょうか……」

「ここはね景臣先生っていう医者の診療所なんだ。先生はね、首に一本包帯を巻いてるんだけど、なんでだと思う?」

 詩安が楽しそうに訊いた。

「古傷を隠してる……とか?」

「あー惜しい!」詩安が額に手を当てる。「隠してるのは、ほくろなんだ」

「どういうことですか?」

「ここのね……鎖骨の始まりの部分にあるほくろなんだけど、それを見つめた女性患者が色気に当てられて失神するから、なんだよ」

 詩安が自分の首元をさすりながら説明してくれた。


「へ、へえ」

 作り話にしか聞こえないその話を、由布梨は戸惑いながら聞いた。

 すると基希が、

「信じられないだろうが、本当の話なんだ」

 と真剣に言った。

「本当? えっ本当なんですか? 冗談ですよね?」

 矢継(やつ)ぎ早に由布梨は訊き返した。

「僕の母も実際、被害にあったことがあるんだ」

「ええ……」

 詩安が苦っぽく笑って、

「先生が包帯を巻いてくれて、街中が感謝したんだよね」

 と言った。

「ああ、先生はかなり複雑な表情をしていたが……」


(いくらなんでもそれは、先生が災難すぎません?)

 まだ見たこともない景臣先生に、由布梨は心の中で同情した。


「景臣先生はそれ以来、女性が苦手になったらしい」

 基希が話を続けた。

「仕方ないけど、隠すのはなんかもったいない気もするよねー。宝の持ち腐れというか。女性を(とりこ)にできるほくろがせっかくあるのに……」

 考え込むような仕草をしながら詩安が言った。

「ちなみに先生は、その出来事の影響か、女好きの代表である詩安もついでに苦手になったらしい」

「それは」由布梨はおそるおそる訊く。「本当の話ですか?」

「悲しいよね~……ちょうど先生とナンパしてる時に出くわすと、軽蔑(けいべつ)したような表情を向けられるんだよ」


 詩安が切なげに眉を下げていった。

 やっぱりナンパって良い印象ないよね、と由布梨は納得した。


「あ、そうだ」基希が思い出したように言う。「あの紫の建物は占いの館というんだが」

「へぇえ」

「本人に一番合っている職業を見つけてくれる占い屋なんだ」

「なるほど……」

 

 由布梨は頷いた。

 確かにモンスターを倒すのに向いていない人が、戦士を選んだり、武闘家(ぶとうか)を選んだりすると後々苦労するだろう。初めから、一番本人の性に合っている職を見つけられるのだから、すごく魅力的な占いだと思う。

 自分も受けてみたいな、と由布梨が考えていると、詩安が口を開いた。


「でも占い師に当たりはずれがあるらしいから、もし占う時は、気を付けて」

 由布梨はドキッとして返事した。

「は、はい」

 

 もしはずれを引いた場合は何が起きてしまうのだろう。

 戦士に向いていますよ、と言われて実際に戦士になってみたところ、全く才能がなく、モンスターを一体も倒すことが出来ずにそのまま死んじゃう、とか?

 絶対に外れは引きたくない、と由布梨は震えた。


 そして街の入り口、宿屋を通りかかった時、由布梨は二人にまた別の話を教えてもらった。境界の壁があるこの地に、モンスター討伐(とうばつ)のために出稼(でかせ)ぎをしに来る人も

多いらしいこと。

 海を越えると四つの大陸があること。

 ここ江瑠戸(えるど)西から東の方へ進むと、倒せないまま逃げていったモンスター

が占領している遺跡があるらしいこと。

 由布梨達はふと、宿屋を通り過ぎた場所にある、矢倉のような建物の前で立ち

止まった。


「ここは飛行場。他の大陸にでもどこでも行けるよ」

 詩安が説明してくれた。

「これで大方の案内は終わったが」

 基希が言った時、由布梨は境界の壁の方に見覚えのある姿を見つけた。

 由布梨が初めてこの世界に来た時、モンスターを見て腰を抜かした由布梨を、運んでくれた人――久高だった。


「あ……」

 この前の礼を改めて、告げようかどうか、由布梨が迷っていると、久高の近くに黒い

ものが見えた。

「モンスターがいる!」

 由布梨が顔面蒼白(がんめんそうはく)になっている横で二人は、大丈夫大丈夫、と言いながら平然としていた。

「今日も出てきちゃったかー」

「久高がいるのなら救援(きゅうえん)を呼ぶ必要はなさそうだな」


 言葉から察するに、どうやら久高は戦闘能力が高いようだ。

 しばらくすると、久高はモンスターを倒し終え、こちらに歩いてくるのが見えた。


 久高は由布梨たちの前に立ち止まると、

「今日は怖くないのか?」

 由布梨に目を合わせて訊いた。

 モンスターを前にして腰を抜かした由布梨のことをきっちり覚えていたらしい。

「大丈夫です、もう前みたいなことはないと思います、たぶん……」

「そうか」

 久高は短く言って、その場を立ち去ってしまった。

「久高お疲れ~。それじゃ、俺達もそろそろ解散しようか。よし、また食堂に戻るよ~」

 詩安が先頭になって、由布梨たちは食堂へと(きびす)を返していった。

「ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

 食堂の前でぺこりと頭を下げ二人と別れると、由布梨は扉を開けて食堂の中に入った。


「おかえりー、どうだった?」

 そんな柚葉の問いかけに、

「ちょっと……面白かった」

 由布梨は脳裏(のうり)に一本の包帯を思い浮かべて答えていた。



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