久高の記録・秘密が君を美しくする
久高は暗器を細長い物しか持たない。
分銅万鎖、重量のあるものは持たず、機動性を重視していた。
(へぇ、境界の中ってこんな風になってるのか……)
由布梨が攫|われた、ということで久高も境界へと足を踏み入れたのだが、ちょっとほっとしていた。出くわした境界人はそんなに悪い奴らには見えないからだ。
かなり短絡的な性格をしていると言うことは間違いがないが。
境界世界に来てみれば、久高にとって、割りと好奇心が満たされる面白い場所だった。
先程、境界に囚われている由布梨を見かけた時、前と雰囲気が違うな、と久高は思った。
前に会った時と、印象が変わっていたのだ。
どんどんいろんな人に愛されて、顔つきが変わっているというか、美しさが段違いと言うか。
久高はその短期間の変化に驚いた。
その後、由布梨が吹き抜けの部分の水槽を魔法で破壊し、境界人が妙な瓶を取り出して発生させた旋風によって、久高達は分断された。
よりによって、久高と雷針が固まって、他の面子と別れてしまった。
これは全体としてかなり痛手のような気がする。
ほかの面子より、冷静に考えて戦闘向きの久高達が固められると、もう一方の戦闘力は手薄だ。おまけに由布梨を人質に取られていることで、下手を打たなければいいが、と久高は心配していた。
境界人と久高達でちょうど二対二、話し合うでもなく、それぞれが勝負する相手を見定めていた。
雷針が玉兎の従者の片割れと、激しく火花を散らして睨みあっていた。
相手は、この前境界の川で俺達を足蹴にしたやつだった。
雷針は借りを返したい、という気持ちなのだろう。
というわけで、久高の相手は自動的にもう一人の方になるが、そいつはあまり好戦的な様子ではなかった。
だからといって、話し合いで和解できそうな雰囲気もないが。
睨み合いを止め、雷針は背に差し込んでいた槍を取り出し、縦横無尽に室内を駆けまわった。
相手の男の刀と数回交わっただけで、衝撃波により室内の壁はもろく崩れた。
もっと広い場所を探し求めて、開いた穴から雷針と男は出て行ってしまった。
混雑した部屋に二人取り残され、久高は手を後ろに回す。
暗器を取り出す瞬間は、絶対に見せない。それが久高のポリシーだった。
「水槽が壊された以上、魔力を利用させてもらった方が話は早そうですね……」
久高の目前にいる敵はそんなことを呟いた。
「――魔法使いか」
「さぁ、分かりません。私は今あるものを利用するだけです」
敵は帯に挟んである剣を、鞘に包んだまま取り出した。
「ごほん、変な人だと思われるのはしゃくなので、先に弁解しておきますが、よろしいですか」
「勝手にしろ」
「これはトートロジーの剣。……同語反復をすると、その回数に応じて敵を自動的に攻撃してくれるのです」
久高はその説明をじっくり聞いた上で、
「……つまりどういうことだ?」
と訊いた。
「――頭痛とは頭が痛い事だ」
「はあ!?」
敵が手にしている刀の柄の部分に妙な言葉を発すると、鞘の蒔絵が紅く点滅した。
そして、敵の手から無造作に放たれた剣はひとりでに浮き上がり、鞘を脱いだ。
鋭利な刃先がまがまがしく光って、こちらを見つめている。
その剣は久高の首元を突くような状態で向かってきた。
久高はそれを右に避け、行き場を無くした刀はぐいんと振り子のように元の位置に戻った。そして、再び久高の喉元に狙いを定めて猛進してくる。
「まさか、この繰り返しか」
久高が鼻を鳴らすと、敵はもう一本の刀を抜き、今度は敵が刀を携えて久高の懐へ飛び込んできた。右腕の肘に仕込んでいた刀でそれを受け止めると、自動化した剣が背後に回り込んだ。
「なっ」
後ろに回り込んだ剣は、やはり久高の首を的確に狙ってこようとした。右腕は前に出したまま、左腕を後ろに回し、肘に仕込んでいた刀を繰り出して応戦する。
すると、かち合った拍子に自動化した剣は地面へと落ちた。あとは敵の手元だけに注目していればいい。そう思ってしまったのが、久高の油断だった。
敵の動きは見切れないほどに早く、一気に防戦一方の状態へと追い込まれてしまう。
(こいつ、すごい機敏に動きやがる!)
久高は内心驚いていた。
ギリギリの応戦を続ける中、久高はひとつ技を決めることに成功した。
久高が服の中に仕込んでいる数多の暗器のいくつかを、剣の攻撃を受け止めながらも、敵の衣服の中に移動させていたのだ。
そして、それが数回繰り返された時、敵の刀を振るうスピードががくんと下がったのが久高には分かった。
敵の焦る様な表情を見ると、おそらく剣のやりとりに気を取られ、暗器をこっそり仕込まされているとは気付いていないのだろうと思った。
剣での攻防も失速し、久高は次から次へと暗器を相手の服の中に入れ込んでいく。かえしを服に食い込ませた暗器は、簡単に取れることはない。
「何をした?」
袖の中で暗器同士がこすれ合う音に、ようやく敵は事態を飲みこめたようだった。
ときすでに遅し。
剣を振るう右腕付近だけは、暗器を入れこまず、全く違和感のないようにしていた。しかし、死角になるほかの部分には、、返しの付いた両刃の剣を仕込み、服と床に差し込んだ。
この剣の返しを外すまでは、歩くこともままならないだろう。
久高は飛び上がって後退し、堂々とトートロジーの剣を拾い上げる。
「待て! それは」
敵は動けないまま、腕だけをこちらに伸ばし阻止しようとしていた。
「確か、同語反復だっけか……」
今まで考えたこともなかったが、久高はふと脳裏に浮かんだ文章を淡々と読み上げる。
「避雷針とは雷を避けるということだ、避雷針から避けるという文字を避けると雷針になる」
すると、剣の柄の部分の蒔絵が激しく、緑と黒の迷彩模様を浮かび上がらせながら明滅した。
次の瞬間、久高が敵に刃先を向けると、自動化した剣は身動きの取れなくなった敵へ猛進していく。
しかし、先程とは違って久高が剣の柄を握ったままでいたので、刀もそこからあまり動かなかった。どうなるのかと久高が思っていると、剣の先端から風の刃が繰り出され、敵の肌を切り裂いた。
「終わりだ。由布梨は連れて帰らせてもらう」
久高はその剣を地面に置き、由布梨を探すために歩き出した。
その時、崩れた壁の向こうから、誰かを背負った雷針の姿が見えた。
背負われているのは、玉兎の従者、ワサビ髪の男だった。
雷針は背中からその敵を下ろすと「行くぞ」と言って歩き出した。
その後を追い、崩れた壁の残骸を避けながら久高も進んでいく。
「由布梨……」
由布梨は扉の開いた部屋の中、着物類が絡まって出来た多重咲きの花びらのようなもののなかにいた。瞳を閉じたまま、気を失っているのか眠っているのか、こちらの気配に気づく様子は無かった。
瓶から吹いた風が運んだ結果、由布梨がここにいるのは偶然なのだろうか。それともあの王が意図的に操作したことなのだろうか。
――どうでもいいか、そんなことは。
久高は着物の花の外側をてきとうにむしりとっていった。
中央に横たわっている由布梨は着物に埋もれ、足には重く布が絡みついているようだった。淡い色合いの着物を外していき、アザミ色の着物を外したとき、腕の中にふらりと由布梨は倒れ掛かって来た。それを受け止め、トントン、と久高は由布梨の肩を叩いた。
「おい、由布梨?」
「久高? ……ねぇ、色取君は!?」
由布梨は勢いよく半身を起こすと大声で言った。
「分からない」
「どうしよう、なんで私気を失ってなんか……」
戸惑う由布梨に久高は言った。
「とりあえず、今からでも色取に加勢しに行く」
「あっ、そうだね……草乃丞背負ってるの、何で?」
歩き出して、由布梨は雷針の背中を指差して訊いた。
「景臣に回復魔法を使わせて、もう一回こいつと戦う」
雷針は飄々と答え、由布梨は戦慄、という言葉通りの表情を浮かべた。
「……いたぞ、色取」
ぱたり、と吹き抜けの間の手前で立ち止まると、久高は言った。
「色取君! 玉兎、は……」
吹き抜けの、由布梨が水槽を壊したあたりの床に、玉兎が横たわり、その近くに色取が立っていた。由布梨はぴんぴんとそこに立っている色取と、玉兎を交互に確認していた。
自分を捕らえていた玉兎が倒れているのを見て、あぁ良かったと胸をなでおろしている風では決して無かった。むしろ、久高には由布梨がかなりショックを受けているようにすら見える。
一体、あの時由布梨が攫われて以来、ここでどんな出来事があったのか、知る由もない久高は首を傾げるしかなかった。
そして、徐々に玉兎の周りに城の兵士を含め、さっき戦ったばかりの従者も揃って集まっていた。そいつらは全員、満身創痍といった感じだった。
雷針は床に背中の人物を下ろすと景臣に言った。
「全回復させて、もっかい俺と戦わせろ」
「あほか、お前―!」
景臣と柚葉がぎゃあっと、騒いで言った。久高は馬鹿馬鹿しい、と思いながらも、今はそのくだらなさが、この場所に必要な気がした。
「由布梨、怪我してないか?」
「大丈夫。色取君は……?」
「平気、疲れただけだ」
色取と由布梨の会話の間に醸し出される、妙な緊張感。
本当に、会っていない間に由布梨に何が起きていたのか。
久高は疑問を感じるのだった。




