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朔真の記録・籠の鳥を放て

 由布梨を取り戻しに来たやつを追い返せ、と玉兎から指示を受けて朔真は城内を歩き回っていた。

 玉兎様の命令に背く気はないのだけれど、由布梨を絡ませてしまったのがいけない。

 そうなると朔真はこの指令に完全に従うことは出来なかった。

 

 あの日、由布梨を船で別の世界へと運ぶ役割を担ったのは朔真だった。

 そして、彼女が求めるままに石を渡してしまったが、どうもその石が迷惑をかけたらしいことを後で聞いて、朔真は後悔の念が湧いてきた。

 つまり朔真は、由布梨に対してかなりの引け目を感じているのだ。

 ただ船を漕いで彼女を世界から世界へと送るだけならよかった。

 しかし今は、ややこしいことに、その二つの世界の間、境界の中にまで巻き込んでしまっている。

 出来れば早く、魔法世界か元の世界か、どちらかに戻ってもらうことが出来れば良いのだが、と朔真は思っていた。

 由布梨たちの仲間を探し、朔真が城を歩いていたところ、ふと人の話し声が聞こえて足を止める。


「事が終わるまでじっとしておいて」

 薄茶の髪の男の子――襟足が二つにぱっくり割れている――が、少年と大人と女子を細い廊下にぎゅうと詰めていた。

 朔真は何となくその子に見覚えがあった。彼も朔真が船で運んできたのだった。ただ、彼は気絶していて、何も会話を交わさなかったので、あまり朔真は記憶に残っていない。

「色取、頑張って。最悪手伝う方法を考えておく」

「私が二人のこと守るから、安心して……」

「回復魔法の保険があるぞ」

 その三人は口々に薄茶の男の子――色取というらしい――に声を掛けた。

 そして、その子は玉兎の前に立ちはだかった。

 

 ――あの子に玉兎様を倒せるのだろうか……。

 

 分からないが、もしかするかもしれない、と朔真は期待した。

 朔真は、玉兎が倒されても良いと思っているのだ。

 なぜなら、境界の世界は閉塞的すぎて、由布梨を縛り付けておくには可哀想だと感じているからだった。

 二つの世界に挟まれる層の世界で、ただ流れてくるものを管理するだけの社会。

 ここに、由布梨を置いておくことは、彼女にとってふさわしいとは、朔真には思えない。玉兎が由布梨を本当に愛しているのなら、もっと自由な世界を与えるべきだと、朔真は思う。

 

 籠の中の鳥はどのように大事にされても、本当の愛ではない。

 

 由布梨は、望むのならどこへでも飛び立っていけるはず。

 だからこそ、元の生活に帰してあげたい、という気持ちを朔真は抱いているのだ。

 朔真の心象は、どちらかと言えば、由布梨の仲間たちの側にあった。

 朔真が玉兎に背いたことは一度もない。

 そして、これからも表面的にはいくらでも偽って忠誠を誓うつもりでいる。

 本心では、彼――色取と由布梨が、二人の望む場所に平穏に戻れますように、と朔真は願っている。

 朔真は色取がぎゅうと詰めていた廊下の三人に近付いた。


「どうも」

 朔真が声を掛けると三人は飛び上がって驚いていた。

「ちょ、て、敵が来てるんだけど。どうするんだっけ、あ! 行くわよ。じゃなくて行かないわよ!」

 蹴鞠を抱えた少女がしどろもどろになって言った。

 朔真は顔の前で手を振ると小声で、

「争う気はありません。ただ、僕の立場上見逃すということもできない。相談なのですが、一つ戦っている芝居を打ってもらえませんか」

 彼女はぽかんと口を開いた後、近くにいた白衣を着た男性に、

「たまにいるんだよな、こういう中立的な奴が。ふりで見逃してくれるってんだから、その提案に乗っておこうぜ」

 と言われ、ハッとしたような表情をした。

「――いいわ。それじゃ、かかってきなさい!」


 彼女の言葉を合図に、朔真は剣を引き抜き適当に壁を叩き殴った。

 本格的に戦闘をしているような緊迫した金属音が響きわたる。そして、その音に上乗せするように彼女は芝居をしてくれる。

「はーはっはっは! 楽勝よ、私の力に恐れ入ったか、境界の兵士よ!」

「大根……」

 銀髪の少年がぼそりと呟いた。

「おいっ、余計なこと言うな。せっかく面倒な争いを避けられたのに……また新たな火種になるだろうが!」

 白衣の男性は顔に青筋立てて言った。

「ごめん、本音が」

 銀髪の少年が舌を見せた。

 すると彼女は腕を最大限伸ばして蹴鞠を掲げ、目で銀髪の少年を威嚇していた。おそらく、それ以上言ったら攻撃するよ、という牽制だろう。

「やっぱ、なんでもなーい……」

 銀髪の少年は顔を背けてあさっての方を見た。

「ははは……」

 朔真はその間もずっと適度に壁を攻撃する手を止めなかった。


 しばらくすると、玉兎たちの方から、

「話聞いてたのかよ。俺は世界を越えて由布梨に会いに来たんだ! お前に由布梨預けて帰ると思うなよ!」

 という叫び声が聞こえた。

 途端に、廊下に詰められた三人がぴたりと固まり、朔真の壁をどつく手も自然と止んでいた。

 シーン、という効果音がこれほどまでに似合うのもなかなかないだろう。

 だいぶ長い沈黙が続いたのち、ごそごそと朔真たちは動いて、意味もなく目配せをしたりした。


「色取それはずるいって……」

「由布梨、果てしなく羨ましい……」

「お~、おもしれえな」

 三者三様それぞれ自由に呟いていた。

 すると次の瞬間、信じられないほどの短い間隔で、次から次へと魔法が発動している気配を感じた。それはあの色取という子と、玉兎の間で起きている事態のようだった。

 炎やら氷やら雷やら、遠巻きに見ているだけの朔真たちにも、かなり攻撃のあおりを食らってしまう。

 朔真は廊下の手前に剣を立てて、簡易的な防御壁のようなものを作った。


「なんか親切すぎて気味が悪いですよ」

「あー、確かに……」

「おい、あんまり刺激するようなこと言うな! 激昂するかもしれねえだろ」

 そう言う三人を横目に朔真は、

「あの二人を船に乗せて、元の世界に戻せたらいいんだけどね」

 と呟いた。

 由布梨と色取。朔真が船で渡してしまった二人を、どうにか元の世界に帰してはあげられないだろうか。そんな思いで口にした言葉だったのだ。


「なんで貴方の王と色取を一緒の船に乗せたいんです……?」

「えっ、もしかして、やおい」

「柚葉、それ以上は止めておけよ」

「……ふっ」

 今の状況で二人と言ったら、確かに玉兎と色取のことになってしまう。

 朔真は自分の愚かさを忘れ去ろうと、壁を剣ではなく拳で叩き、さも戦闘しているかのような音声を演出した。

「何かこの人怖いよ……!」

「僕もです」

「俺もだ」


(もう何とでも言ってくださいよ……)


 朔真はふと視界の端に、戦闘を終えこちらに寄ってくる色取の姿を見た。

 朔真は急いで床から剣を抜き、その場を走り去った。

「玉兎様」

 朔真は玉兎の傍らに走り寄り、応急処置を施していく。

 玉兎は気を失っているのか、声を掛けても何も返答しなかった。


(今のうちに、由布梨を探しに行ってくれ、色取君……!)


 朔真は横目でチラチラと色取の動向を見守った。


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