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水槽の中を泳ぐもの

 境界昔話を聞き終えた後、由布梨は『早くここから出よう』と決めた。

 結局、元の世界に戻る方法は見つけられなかった。唯一奇跡の雫という手がかりらしいものはあったが、実物として存在しているかどうかも分からない。

 どっちにしろ、色取君に早く報告をしたい、と由布梨は思った。

 魔力を発動させて、玉兎たちを怯ませた隙に帰ろう、と由布梨は作戦を練った。


 ――早く帰らないと、色取君が絶対に心配してしまう。


 しかし、何回も魔法を発動させようとするのだが、一向に城の中で発動する気配がない。

 まさか、腕が落ちたのだろうか。

 それか、アレルギーによって魔法を発動するのに本能が拒否しているか。

 でもそれは、今更な話な気がするし。

 由布梨は色々考えて小首を傾げた。

 ふと、ぼこぼこと何かが水を吐くような音が聞こえて、由布梨は顔を上げる。

 部屋の外に出て、周りを見回してみる。由布梨が吹き抜けのようになっている部分を見上げると、上方に巨大な水槽があった。あまりにも大きく、クジラが何匹でも泳げそうなほどだった。その水槽の中から、ぼこぼこと音が立っていた。

 由布梨が目を凝らして見ると、水槽の中に赤いひだのようなものが揺れていることが分かった。


「金魚?」

 水槽の中に金魚がいるのだと思った。

 しかし、それは違ったのだ。

 金魚のように見えていたものは、火だった。

 そして火の横を氷の梢が横切っていき、時折、氷の梢に雷が宿る。

 水槽の中は絶えず、火と雷と氷がせめぎ合い、互いの存在を主張していた。

 その状況は普通の水槽の中では考えられないことだった。境界世界にある特殊な水槽であることは間違いないだろう。


 あの火は、氷は一体どこから来たのだろう。


 由布梨が与えられた部屋に向かう時にここを通った時、水の音は聞こえなかった。

 つまり、それ以降に金魚のようにそよぐ火は現れたのだ。

 由布梨は自分の手の内を眺める。


「――まさか、私の魔法が」

 発動しなかった魔法の不思議は、あの水槽で完結されたのではないだろうか。

 この城の中で魔法を使うと、全部あの水槽に吸い込まれてしまうのかもしれない。

 それなら、頭を使うか体術を使うか、それしか逃げ出す道はない。

 今は、優しく囚われているけど、この先は分からない。

 自分どうするべきなのだろうか。由布梨がそう悩んでいると、今度は水のぼこぼこという音ではなく、水が滴る音がする。澄み切っていて、心地よい。


 音の出所を探ると、それは部屋に隣接された庭園から聞こえていると分かった。

 由布梨が庭園に出ると、ぽつりと一つ石の鉢があり、そこに絶えず水が注がれている。

 どこから水を引いているのかと辿っていくと、それはあの水槽に通じていることが分かる。

 何故なら、水槽の水が先程比べるとかなり減っているのだ。

 魔法が溶けだした水が、庭の鉢の上に流れていき、美しい水音を発している。

 火の魔法も、氷の魔法も、雷の魔法も全てだ。

 由布梨の魔法が鳴っているのだ。

 あの鉢の中で反響している。


「境界ってちょっと、普通じゃないかも……」

 知らず知らずのうちに由布梨は呟いていた。

「由布梨」

 廊下を歩いて、こちらに玉兎が来るのが見えた。

「な、何か?」

「今から少々騒がしくなるかもしれん」

「それは、どうして?」

「――目を閉じて」

 玉兎に言われるがまま、由布梨は瞳を閉じると、その上から玉兎の手で覆われる。

 すると不思議なことに、ぼんやりと何かが見えてくるのだ。川の光景、それから洞窟の光景、城の前の光景、そしてそこに立っている色取君たちの姿。

「これは、本当のことなの?」

 目を隠されているのに、ありありと由布梨には鮮明に見える。少し会っていないだけだったのに、懐かしく感じられる仲間たちの姿。

「あぁ」玉兎の手が外された。

「どうするの、色取君たちがここに来たら……」

「分からん。聞き分けが無いようだったら、実力行使で帰ってもらうかもしれんな」

「実力って?」


 その時、水槽から水がこぽこぽと鳴り、次いで庭の鉢から澄んだ音が聞こえる。

 おそらく今、誰かが魔法を使ったのだろう。

 耳に響く優しい水音に、由布梨はドキッとする。

 鉢の中で鳴っている、魔法の音、それは。

「色取君の魔法だ……」

「――別れの挨拶くらいはさせてやってもいいぞ」

 由布梨はあからさまにむっとした表情を作って、水槽を見上げた。


(あの水槽にだって魔法が吸える限界があるんじゃないの……?)


 由布梨がだだっと駆けだすと、後ろから玉兎も難なくついてくる。

 振り切るのは不可能だろう。

 そのままの状態で走り、由布梨は城の入り口付近で立ち止まった。

 騒がしい音の中心にいたのは、雷針と久高だった。

 二人は今、草乃丞と対峙している。

 そしてその後ろに、色取と風磨と柚葉と、何故か景臣までいたのだ。


「みんな!」

「由布梨っ、ちょっとこっちこれるー?」

 柚葉が訊いた。

「むーりー!」

 走りだそうとした由布梨を玉兎に後ろ手で掴まれてしまった。

「由布梨伏せろ!」

 その言葉に、由布梨は急いで頭を伏せる、

 すると、鞠が二つと、分銅付きの鎖と、暗器がまとめて飛んでくる。


「うあああ、危な……」

 玉兎はその攻撃の全てを剣で払い、鞠も暗器も地面に落とした。

 蹴鞠は予想した通り、魔力が発動していない、ただの鞠になっていた。きっとあの水槽の中に、蹴鞠の魔法も吸い込まれている。

「もう終わりか?」

 玉兎が好戦的な目線を、色取たちに向ける。

「こうなったら……!」

 由布梨は腕が離れたすきに、水槽の下まで走り抜ける。もちろん呪文を叫びながら。

「テオウシ・バクタイカ! 範囲指定水槽の中! ダミズ・バクタエリ! 範囲指定水槽の中!」

 水槽の中に火の金魚が泳ぎ、氷の樹が生え、稲妻がほとばしる。

 由布梨が呪文を唱えるたびに、それらは面積を増やしていき、水槽の中を圧迫していく。水槽の中から、庭の鉢の方へと水が流れるが、さっきより淀んだ耳障りな音が城にこだまする。


(汚い音だけど、それもそうか。魔法のごった煮だもんね……)


 水槽に亀裂が入り、水がこぼれ始めた。

「ロウエ・バクタエリ!」

 由布梨が呪文を唱えると、とうとう水槽にも限界が来たとみえ、ガラスが割れるような音が耳をつんざくと、城の床に水も魔法も全てが落下していく。


「こ、壊しちゃった」

 由布梨が考えていた結末より、はるかに壮大な光景に思わず頬がひきつる。

 割れた水槽の破片が、ふっと由布梨の頭上へと落ちてくる気配がする。

「きゃああ」

 まずい、ここまで計算することを忘れていた。

 このままじゃ、普通に死んじゃう。

 由布梨は後悔しながらぐっと目を瞑った。

 すると、誰かに押し倒されるような、包み込まれるような不思議な感覚を肌で感じた。


「へ?」

「由布梨、大丈夫か?」

 透明の水槽が砕け、破片がきらきらと光を反射している中に、さらに水槽から零れ落ちた魔法のシールドの粉も見えていて、まるで銀の粉雪がしきりに降っているようだった。

 由布梨、と名を呼んで、体に覆いかぶさっているのは色取だった。

「色取君こそ、大丈夫なの……ここ危ないよ」

 由布梨は彼の頭やら、首の肌から破片の粉を払う。

 優しくやらないと、肌を切ってしまう。

「危ないところに行かないように、ずっとこうやって俺の腕の中にいてくれたらいいのに……」

 色取が切なそうに笑った。

 由布梨が言葉を返そうとすると、ぎゅうっと窒息しそうなほど強く抱きしめられた。

「まだダメだよ。上から色々降って来てるから」

 由布梨はその言葉を黙ったままで聞いていた。

 徐々に、みんながこの場所に集まってきた。

 割れた水槽に目を奪われ、一体何ごとかと、みんな揃って怪訝そうな表情を浮かべている。

「何か、割れてておっかなーい!」

 柚葉があたふたと言った。

 その近くで、草乃丞が懐から取り出した瓶のようなものがキラリと光を反射した。


(あの瓶は何……?)


 由布梨は目を見開いて観察した。

 瓶は赤く透けていて、ちょうちんのような形に、蛇が巻き付いているようなデザインだった。

 瓶を取り出した意味が分からず、疑問に思っていた、次の瞬間。

 瓶の蓋が開け放たれた。


 そして、そこから強風が突如として出現した。

 由布梨は色取君の手の中から離れ、城のどこかへと風に誘われていった。

 狭い廊下の奥の奥、見覚えのない場所へといとも簡単に移動させられていく。


「由布梨ー!」

 みんなの叫び声が由布梨の耳の奥に響いた。



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