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風磨と色取

 次の日、境界の壁の前に佇む、銀髪の少年の姿があった。

「どうかした?」

 俺は彼に駆け寄り声を掛けた。

「この中に、入りたいんですけど」少年は壁の中を指差していった。

「えっ? それはどうして……」

「多分、この中に人が迷い込んでる気が」

 少年は少し考え込みながら言った。

 俺はハッとした。迷い込んでいる人、という言葉はもしかして由布梨を指してはいないだろうか。もしかして、この少年は。


「君、風磨?」

 少年は俺の質問を聞くと、目を大きく開けて驚いていた。

「何で僕の名前、知ってるんですか」

「由布梨から聞いたのと一緒だ。銀髪、俺より少し背が低い……」

 そう言うと、彼はむっとして、

「確かに僕が風磨ですけど、背が低くて悪かったですね」と言った。

「ごめん、説明に必要だったから。あ、俺は色取陸斗。知ってるかな……」

 由布梨は俺のことを風磨に話しただろうか。

「――手紙の人、だ」風磨が呟くように口にした。

「手紙? あぁ、風磨の工房にいる時に書いたね。なんか、モンスターが出てお騒がせしたみたいで本当にごめん。原理は俺にも分からないんだけど」

「別に謝ってもらわなくても。たかがモンスターじゃないですか。僕だって魔法は使えるんで、最低限の護身はできますし……」

「そっか」俺は頷く。「それで境界の壁に入りたい理由って、やっぱり由布梨?」

「そうです、これ」

 風磨が小指に結び付けていた魔糸を一本解いた。それは、なんとなく見覚えのある白い糸だった。


「由布梨にあげたお守りの一部です。なんとなくですが、お守りの本体はあの壁の、奥の方にある気がしますね……」

 壁の左の方を、腕をできるだけ伸ばして風磨は指差していた。

「なるほど」

 良い能力を持っているなと思った。昨日、境界の壁から出て来た白い魔糸は、風磨の元へと向かっていたのだろう。

「もしかして、自由に魔糸を操れる?」

「多少」

「それが風磨の魔法か」

 俺が呟くと風磨は、

「……違います。魔法じゃない。何故か生まれつき出来たことで」

 と否定した。

「へぇ」

「で、入る方法は?」

 境界の壁に手を置いて風磨が訊いた。

「……力づく、しかないね」

「それでもいいんですけど、一緒に行ってもらえませんか。僕一人じゃ、体が何人もいた場合、無理だし。とりあず壁の中がどうなってるか、確認しないと……」

「あ、うん。壁の向こうは川になっていて、由布梨は川の上の方に連れ去られてる。そこがどういうところなのかは、分からない」

 俺は今の時点で分かっていることを風磨に教えた。

「それじゃあ、僕の力を使えば行けそうですね。――色取、一緒に行動してくれる」

「もちろん」

 俺は平静を装って答えたが、内心では戸惑いがあった。風磨の持つ由布梨に対して抱いている思いが、もはや一時期同じ工房で働いただけとは考えられないほどだった。ただの、親切で彼が動いているとも思えないし。


(これは負けられないな……)


 少し大人げないかもしれないが、俺はそう思った。

 そして、ほかの面子を集めると、俺達は境界の壁に突っ込むことにした。

 雷針、久高、柚葉、風磨、あと景臣先生を連れて来た。景臣先生の回復魔法を保険としてかけておきたかったのだ。

「なんで俺が境界の壁の中に入んないといけねえんだか、ったく……」

 景臣先生はぶつくさ文句を言いながら着いてきた。

 俺達は体当たりを繰り返し、壁にめり込むと、その先の景色を見た。

 川が流れていて、この前と違うのは、あの厄介な人物の姿が見えないことだった。

 俺は風磨を支えながら川の中にかろうじて立っていた。


「川の中を歩いて進むのは絶対に無理ですね」

 風磨が淡々と言った。

「そうなんだよね」

「もう少しだけ、支えてもらってていいですか」

 風磨にそう言われ俺は頷いた。風磨は意識を集中している様子だった。しばらくすると、突然、風磨は懐から魔糸の糸玉を取り出し、糸を指先でつまんで長く取り出すと川の上流の方へと放った。

 放り出された糸の先端は、上流の靄の中に消え、そのまま見えなくなった。

 そのまま待っていると、川の上流から白い線路のようなものが伸びてくるのが見えた。


「――これ、風磨が?」

「まぁ、一応……」

 線路は川の水面の上に通っていて、触ってみると鉄のように硬かった。俺達はその線路の上によじ登り、川を見下ろした。

「これ凄い、しっかり歩けるね。ちょっと隙間開いてるけど」

 柚葉が白い線路の隙間をまたぐように歩いて言った。

「今から塞ぎます」

 風磨がそう言って、また懐から魔糸の糸玉を取り出し、今度は線路の上に置いた。するとすぐに、線路の隙間を覆うように糸が張り巡らされていった。その糸の上も、十分に固く安定感がある。


「では、急いで行きましょう。この道いつまで持つか、分かりませんので」

 風磨が上流を指差して言った。俺達はその白い線路の上をできるだけはやく走った。

「おいおいおいおい!」景臣先生がしきりに呟く。「おお、すげえな」 

 俺は風磨に小声で、

「どうやったの?」と訊いた。

「由布梨の指からお守りの一部を外して、適当なところに張り付けさせました。そこからできるだけ糸を伸ばさせて、さっきここから上流に向けて投げた糸と合流させて……あとはまぁ、適当に道を形成し直しました」

「そうなんだ……」

 風磨が簡単に言うので俺は余計に驚かされる。魔糸をこういう使い方ができるというのは、おそらく風磨くらいなものではないだろうか。きっと体力の消耗も尋常ではないはず。すっかり助けられてしまったな、と風磨に尊敬のまなざしを送る。

 線路を進み、境界の壁が途切れて見えなくなった頃、滝が見えた。

 その滝の中へと線路が続いていたので、俺達はびしょ濡れになってその中を通る。


「洞窟か」

 洞窟のような場所を通過し、山麓が見えてきたとき、足元が急に不安定になった。

 線路がぐらぐらと揺れていたのだ。

「ここまでが限界みたいです」

「大丈夫だ、ここからは歩ける」

 俺達は線路から降り、山麓を歩き始めた。するとすぐに、そびえ建つ城と出くわした。


「この中だ」

 力なくぐったりと曲がって地面に落ちてしまった線路を辿っていくと、それは城の手前でぱったりと終わっていた。

 原型を無くしているが、由布梨の指から外されて、地面に張り付いていたお守り代わりの指輪の一部が、ここにはあったはずだ。

 ということは、由布梨は城の中にいると考えるのが妥当だろう。

「行こう」

 俺達は城の中に足を踏み入れた。


「よう、また会ったな」

「お前は……」俺達の目前に立ちふさがったのは、この前境界の川で出会った人物だった。足蹴で俺達を壁の外に追い出した人物。

 忘れもしない、ワサビみたいな髪色と、その色とかけ離れた濃茶の眉。鼻根がしっかりとしていて、三角錐のように見える鼻が中心にあり、その横には好戦的に光る眼が二つくぼんでいた。

 俺達を蹴っ飛ばしたあの大きな足の裏がちらと見えた時、むかつきが体の底から湧いてきた。

「玉兎様にはお前らを追い出せと言われている。この前と同じ目に合いたくなかったら、帰った方がいい」

「テメェ、ただで帰ると思うなよ!」

「帰れって、ここまで来る苦労を何だと思ってるんですか……」

「由布梨を返せ!」

「覚悟しろよ」

「なんかおっかない……」

「お前ら、病院に世話になる結果だけは止せよ」

 と、このように俺たちは敵にすごんだ。


 敵が分かりやすく、手をこまねいて挑発する。それを見ると、雷針と久高が敵に突っ込んでいった。

 瞬間湯沸かし器のように衝撃があたりにほとばしり、雷針の槍が壁に突き刺さると、梁を貫いてしまい、壁に大きく穴が開いた。そこから庭のような空間がぽっかりとみえていた。

 その後ろで、俺は鞠を蹴りあげた時、異変に気付いた。

 柚葉もその異変に気付いたらしく、俺と柚葉は大きく開いた目を見合わせた。


「魔力が発動してない……!?」


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