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街を探索しに行こう

 由布梨はその日以来、柚葉の家業である食堂の手伝いをしていた。

 柚葉はモンスターを倒して給料を得る職業の一つ、蹴人(けりひと)と、食堂経営の二足のわらじでやりくりしているらしい。

 蹴人(けりひと)とはモンスターを蹴鞠(けまり)を使って退治する人たちのことだ。

 魔法世界、というからにはどんな食堂が? と思いきや、意外と普通の部分の方が多かった。()かまど、のような魔力を封じ込めた料理グッズがあること以外は、普通に元の世界にある食堂と変わらず、庶民的でほっとする雰囲気に満ちている。

 畳の上に木の(たく)を規則正しく並べた客用のスペースがあり、その奥に厨房がある。

 料理を作って、注文を聞いて、料理を出して、夕方以降の時間はいつもてんてこまい。


「由布梨、三番卓にこれ持って行ってくれるー」

「はーい」

 由布梨は盆の上に皿を置いて、畳の上を歩いた。

「お待たせいたしました。こちらが、えーと」

 目的の卓の横に立って、料理名は何だったかな、と口ごもってしまう。

「見ない顔だね、新入りさん?」

 その卓には男性客が二人いた。一方が青い髪に眼鏡をかけている男性で、もう一方は赤い髪にヘアバンドのようなものをはめている男性だった。

 料理を卓に並べると同時に、由布梨は赤髪の男性にそう訊かれた。


「はい、一週間前から」

 由布梨は卓に料理を並べながら答えた。

 結局、料理名を思い出すことが出来なかった。皿の上で揺れている、冬瓜(とうがん)の煮付けのような料理。それは食べてみると、何故か南瓜(かぼちゃ)の味がするので、由布梨はこれがまかないで出てくると、パニックになる。


「名前、何ていうの?」

「由布梨です」

「由布梨ちゃん、ね。はぁ……。昨日でも、おとといでも、もっと早く来ればよかった。こんな可愛い子の運命の糸が、うっかり他の男に先に繋がれでもしたら……」

 赤い髪の男性は歯の浮くようなセリフを、慣れたように喋る。

「えーっと」

「……詩安(しあん)お前な」青い髪の男性が、あからさまに嫌な顔を作って言う。「ナンパのしすぎで、どんどん口説き文句が難解になってるぞ」

「あれ、おかしいな……」

 詩安と呼ばれる、赤髪の軟派(なんぱ)な人物がじっと由布梨を見ると口を開く。


「本気だ」

「……仕事、戻ります」由布梨は苦っぽく笑った。

「すまない。連れが迷惑を掛けた」青髪の男が謝った。

 大丈夫です、と首を振り由布梨がそこを立ち去ろうとしたところ、柚葉が通りかかった。

「あれ、来てたんだ。毎度どうも」

 どうやら店の顔馴染(なじ)みらしく、柚葉は愛想の良い笑みを湛えて彼らに挨拶した。

「ねぇ、由布梨ちゃんって一週間前から働いてるんでしょ。柚葉、教えてくれよー、由布梨という、俺の運命の相手が現れたよって……」

 詩安が頬杖ついて言った。


「わぁ究極的に馬鹿ね」

 柚葉が肩をすくめた。

「馬鹿はひどいなぁ……」

「あのね、詩安は誰でもすぐ口説くからほんと気を付けてね。泣かされた子がいっぱい……」

 柚葉が耳打ちでそう言った。

「あぁ……なんとなく、分かる気がする」


 ふと、柚葉の声が聞こえる耳の、反対側の耳の方に、由布梨は気配を感じた。

 次の瞬間、両耳に同時に言葉が流れ込んできた。


「由布梨、可愛いからホント、詩安しつこいと思うよー」

「俺も参加していい……?」

「はっ!」

 由布梨は耳にぞくりとした感触を覚えて後退した。

 柚葉が話しかけていた耳とは反対の耳に、詩安が話しかけていたのだ。


(し、信じられない。ナンパってこういうものなの?)


 由布梨は表情を曇らせて考えた。

 柚葉が呆れた顔で言う。

「由布梨の運命の相手が詩安で、この世界に迷い込んじゃったんなら、断ち切った方が良い運命に決まってるわね、絶対に!」

「へ? この世界に迷い込むって、どういう意味?」

「――君、もしかして向こうの世界から来たのか?」

 詩安の問いかけより、ずっと大きな声量で青髪の男が食いついた。

「あっ、そうです」

 由布梨はとっさに言った。


「紹介が遅れたが、僕は穀物代師(こくもつがえし)基希(もとき)だ」

 青髪の男がぐっと前のめりになって言う。

「由布梨、突然だが僕の部下になるっていうのはどうだ?」

 その言葉を聞くと、柚葉が両手を上にあげてのけ反った。

「ちょっと、基希! なに詩安の影響受けてナンパ始めてんのよ!」

「そうだよ、由布梨ちゃんは俺の運命の人なんだから、横取り禁止ね」

 詩安が念を押した。

 由布梨はどんどんひきつった笑いしか出来なくなってくる。


「……ナンパ? 違う! 断じてナンパじゃない。ただ穀物代師として働かないかと、提案をしただけだ」

 基希がむっとした顔で反論した。

「それはまずいよ。だって、同じ職場になる→付き合うって構図を絶対に見通してるし!」

 詩安が基希の額に人差し指を突き立てて、詰め寄った。

「そんなわけないだろう」

「というか、ウチの従業員勝手に引き抜かないでよね!」

「それは、すまない。ただ……」基希が由布梨の目を見る。「僕は積極的に向こうの世界から来てしまった人を穀物代師に誘っていてね」

「そうなんですか」

「穀物代師は危険のない職だから、いきなりこの世界にやってきた人たちにも対応しやすいかと思って、勧めている。それだけだ」

「へぇ……教えてくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして」 


 なるほど、確かに自分と同じ立場の人たちは、モンスターを倒して生計を立てると決意するのはかなり難しいことかもしれない、と由布梨は思った。

 給料がもらえるとはいえ、あのモンスターにはできるだけ会いたくはない。


「良い話だけど……」柚葉が言う。「食堂で働く分には、危険がないんだから、由布梨を穀物代師に引き抜く理由がなくない?」

「それもそうだな……」

「――結局ナンパ?」

「……違う」

「穀物代師って、どんな仕事するんですか?」

 由布梨は素朴(そぼく)な疑問を口にした。

「人からお金を預かって、お金を出したり入れたり……」

「つまりは、銀行員ってことですか!」

 由布梨は仕事の内容を聞いて驚嘆(きょうたん)する。まさか自分に銀行なんて(つと)まるわけがない、と条件反射のように考えた。

「ぎ、銀行員?」

 基希が眼鏡をかけ直して首を傾げる。

「あぁ、いえ。こっちの話です」


 こっちの魔法世界では銀行員という呼び方はしないのか。

 これからはこっちの呼び方に慣れていかないとな、と思う。


「仕事、難しそうですね」

「覚えることは多いが、すぐに慣れる。職場には君と同じ世界の出身の人も多いし、なにかと役に立つ情報がもらえるかもしれない。――気が変わったら、いつでも言ってくれ」

 基希が言った。

「はい、ありがとうございます」

「真面目な話はこの辺終わりにして。――由布梨ちゃん、これから街を案内してあげよっか?」

 詩安がにんまり笑って言った。


「私、仕事があるので」

「あー、でも由布梨、街のこと知らないとこの先困るんじゃない? 仕事はとりあえずおいて、行って来なよ」

 柚葉がポンと由布梨の肩を叩いた。

「いいの?」


 店は大混雑とは言えないまでも、そこそこ客が入っている。この状況で自分が店から抜けてしまったら、柚葉が大変になるのでは、と由布梨は心配になった。


「仕事の方は私がどうにかするし。でも問題は――」柚葉がちらっと詩安の方を見る。「詩安と二人きりはちょっと、お勧め出来ないな。誰か別の人と……」

「大丈夫、本当に下心とかはないんだって、ねっ」

「怪しい……」

 柚葉が呟くと、基希が口を挟む。

「僕が手伝うか」

「いや、絶対に基希の案内はつまらないって。堅苦(かたくる)しくて教科書を読みあげられている気分になっちゃうよ」

 詩安が言った。

「悪かったな、堅苦しくて」

 基希の眉毛がぴくぴくと不快そうに動いた。


 私は一人で街を見て回るのでも大丈夫、と由布梨が口にしようとした瞬間。

 柚葉が、

「もう三人で行って来なさい!」

 と話を打ち切った。

「了解、今日はそれで妥協するよ」

 詩安が片目を閉じて頷いた。

「よ、よろしくお願いします……」

「あぁ」

「うん、任せて」


 人見知りではないが、今日会ったばかりの男性と三人で、会話を持たせられるのだろうか、と由布梨は気をもんだ。

「いってらっしゃい」

 

 柚葉に送り出され、由布梨は両脇(りょうわき)に詩安と基希を連れて歩き出した。


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