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ワガママ娘、目指します。

玉兎(ぎょくと)様、お連れしました。この娘でございます」

 由布梨は幻想のかなた、風光明媚(ふうこうめいび)な見事な城の中に連れてこられた。

 外装が素晴らしいのだから内装も素晴らしいのだと思うが、残念ながらそんなものを眺めて見とれている暇はなかった。

 由布梨は速足で歩かされ、一つの部屋に入れられた。

 今目前にいるのは、お上と呼ばれていた人物。

 由布梨が想像していたよりもずっと若く、そして美しい。

 銀の髪に青い目、ゆったりと紺の布で結んで、肩に垂らしている。

 この王らしき男は風貌が現実離れしているというか、由布梨にはCGみたいに見えた。


「――お前、名前は」

 唐突に名を尋ねられ、焦りからか噛み気味に、

「由布梨です」

 と答えた。

「お前は今から私のものだ」

 陶器のように白き透き通った肌の手が由布梨に延びてきて、ふわりと頬に手を添えられる。

 唖然(あぜん)としている由布梨を置いてきぼりにして、その王という人は由布梨の髪をくしゃりと撫でたり、頬を摘まんだり好き放題だった。


「ちょっと、止めてください」

 由布梨がその人の手を無遠慮に引き剥がすと、先ほど由布梨をボートで運んだ人と、もう一人の従者の間に、あからさまに緊張が走ったことが伝わる。

 身分の高い人に召された百姓女が抵抗している、今の構図はこんなところだろう。

 由布梨は冷静に分析していた。

 しかし、髪も頬も勝手に触られることは、あまり気分がよくない。立場がどうとか関係なく、由布梨は今すぐ止めてほしかった。

「おい、娘。相手は王だ。身をわきまえろ」

 そんな声が飛んだ。


(私はこんな王様、知らないし)


 由布梨は分かりやすくむくれた。

「別によい。――我に触れられるのが嫌か、由布梨」

 玉兎、といわれたその王は、自分の唇に指を当て、考えるような仕草をしながら訊いた。

「はい」

 由布梨はきっぱりと答えた。

「そうか」

 玉兎が遠くを見て言った。

「あの、もう少しオブラートに包んでいただけると助かります」

 額に緊張の汗をダラダラかいている、もう一人の従者が由布梨に言った。


(なんでそんな気を遣わなきゃいけないんだろ……)


 由布梨はどんどん精神的に疲弊(ひへい)してくる気がした。

「そうか。我は玉兎。この境界のすべてを管理している王だ」

 玉兎が自己紹介を始めた。

「は、はあ」

「それからこっちが草乃丞、こっちが佐月だ」

 どうやら由布梨をボートに乗せたやつが草乃丞、由布梨にいらない助言をしてきたのが佐月と言うらしい。

「あの、元の世界に返して欲しいって相談があるんですけど……」

 由布梨は玉兎に切り出した。

「元の世界?」

「私、もとからあっちの世界にいたわけじゃなくて、普通の魔法とかない世界の方にいたんです、それで」

「なるほど……しかし、その相談はきいてやれない」

「どうしてですか?」

「お前はこれから我の伴侶(はんりょ)だからだ」

「それ」由布梨は真顔で言う。「もういいです」

「――その内気も変わる。お前は絶対に我を愛するようになる」

 玉兎は由布梨の顎を掴んで上に向けさせると、端正な唇を動かして言った。


(何この人……)


 由布梨は目の下がぴくぴくと痙攣(けいれん)するのを感じた。

 取って食われるわけでも、殺されるわけでもなく、境界に入ったこともまったく怒ってはいないので安心したが、帰れないのも本当に困る。

「えっと……」

「我はお前を(めと)りたくてここまで連れてこさせたのだ」

「……困ります」

 由布梨は助けを求めるように、草乃丞と佐月を交互に見た。

「いくらなんでも、自分勝手が過ぎますよ。貴方がたの玉兎様は」と目で訴えた。

「従ってくれなくては、こちらが困る」

 由布梨の心情を察したのか、草乃丞が一本調子な口調で言った。

「――とりあえず、どうしても聞きたいことが一個だけあります」

「なんだ」

「もう、結構前からなんですけど、私の名前を呼ぶモンスターって、貴方方の仕業ですか?」

 由布梨がそう訊いた瞬間、部屋に緊張が張りつめた。

「違うな。我が由布梨を見初めたのは、ついさっき、境界の中に入ったのを見てからだ」

「名前を呼ぶ……ですか、聞いたことないですね。しかしモンスターはこちらですべて対処するとお約束します。ご安心ください」

 佐月が言った。

「私自分でも倒せますけど」

「由布梨に部屋を」

 玉兎がそう言うと、部屋の外からそろそろと美しい女性が数人入ってきて私の腕を引いた。


「何ですか?」

「由布梨様に今日からお仕えさせていただきます。何なりと……」

 由布梨は頭を抱えた。

 どうやら自分を元の場所に返してくれそうな、親切な人は誰もいないらしい。

 由布梨は、美しい侍女の一人に手を引かれ、別の部屋に入れられた。

 何もすることがあるわけではないので、寝具のようなものを整えてそそくさと退散しようとする侍女を由布梨は引き留めた。


「今一人にされると結構泣きそうなんですけど、もう少しいてくれませんかぁあ……」

「でも、たぶんすぐに玉兎様の御渡(おわた)りが……」

「待って! いかないで。もしくは二人きりにされるのは無理って伝えてきてください!」

 由布梨は侍女の着物の裾を子供がぐずったれる時のように、引っ張って懇願(こんがん)した。

「そ、そう言われても……私が怒られちゃいますぅ」

「う……」


(駄目だ、やっぱり人に迷惑かけてると思うとこれ以上頼めない)


 由布梨はぱっと侍女から手を離した。

「近くにはいますから、何か用事があったら」

 侍女はそう言って部屋から退出していった。

 部屋はぼんやりと薄暗く、由布梨は気持ちがどんどん沈んでいく感じがした。


(どうしよ、えっ本当どうすればいいんだ)


 とりあえず、(ふところ)からあの石を取り出し、由布梨は声を掛けてみる。

「石さん、私を連れ出してください」

 何も起こらなかった。

 由布梨は風磨からもらった、お守りの指輪に声を掛けた。

「すいません、ここから出たいんですよね……」

 すると、指輪からひょろっと魔糸が一本地面に落ちて、風に乗ってどこかへ飛ばされていった。


(……なんか、一人でこんなことやって、めっちゃ恥ずかしくなってきた)


 由布梨がそう思っていると、(ふすま)が遠慮がちに叩かれた。

「はっ」


(ねぇ嘘でしょ? 御渡りって大奥のあれ? もう本当に無理……!)


 由布梨は障子に駆け寄り、

「全部キャンセルで」

 と脈略もなくパニック状態で障子の外に言った。

「あの、佐月です」

「え?」

 さっき、王の横で意味不明な助言をしてきたやつの姿が、由布梨の脳裏に思い浮かぶ。

 

 ――まさかまた、何か助言してくるつもり? そんな無神経なの、耐えられない。

 

 由布梨があからさまにため息をつくと、障子の向こうからまた声が聞こえた。

「無理言って連れてきてしまって、本当に申し訳ないと思ってます。ただ、玉兎様ん逆らうことは出来ず……」

 由布梨はその言葉を障子に耳を当てながら聞いた。

「そんな風に謝られても。じゃあ私が逃げるって言ったら見逃してくれます?」

 由布梨は小声で問いかける。

「あー……見逃せません」

 と声が返ってくる。

「ほら~」

「玉兎様は由布梨様の気持ちを尊重すると仰られてます。無理強いはしない、と。なので怖がる必要はないですよ」

「それ、別に慰めにもなんないので」

 由布梨はむくれて障子を小突いた。

「そうですね……。何かありましたら、お呼びください、それでは」

 障子の向こう側、足音が聞こえ、やがて静寂が広がった。

 人の気配がすっかりなくなったことが分かる。


(そりゃ、本当にひどい人だとは思ってないけど、何か全部唐突過ぎて……)


 由布梨の頭が混乱していく。

 あぁそうだ。きっと玉兎には、おしとやかで、小動物みたいな女だと思われているのだろう。それなら、ワガママを言えばいいんだ。

 由布梨はポンと手を叩いた。

 元の世界にはどうせ戻してもらえない。とりあえず、みんながいる異世界の方へ戻ることを考えようと思った。あの川まで行ければ、流れに乗って自動的に帰れるような気がする。 

 ここから出て、川に戻る方向を考えよう。

 由布梨は障子を開けて、廊下をこそこそ歩いた。


「もしかしたら、このまま行けるかもしれない」

 由布梨が少し早足で廊下を歩くと、侍女が目の前に立ちふさがった。

「由布梨様、どこへ?」

「ちょっと部屋が気に食わなくて、出てやったわ」

 全く板についていない口調で、由布梨は不平を述べた。

「そうでしたか。部屋はどのようにいたしましょう」

 侍女はまったく怒らず、優しく訊いた。

「てか、部屋がどうとか言うより先に、暇すぎ。退屈」

 由布梨はヒステリーにまくしたてた。

「そうでしたか。それでは何かお持ちしましょうか」


(うーん、こたえてない……ワガママって分からん)


 どうすればいいんだろう、と由布梨は首を傾げた。

「やっぱりいい。――あの自由に歩き回って来ていいですか?」

 敬語に急に戻した由布梨に驚きながらも、

「それは私にはどうにも……」

 と侍女は言う。

「分かりました。大人しくしておきますから」

 由布梨は渋々部屋に戻った。侍女に断りを入れるのはよくない。

 次からは自分勝手に抜け出してしまおう、と思った。


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