境界世界へ連れ去られた!
数日後、由布梨は境界の壁の前にいた。
いつも通り、呪文を唱えモンスターを体内から破壊しているのだが、一向に埒が明かない。
「今日ちょっと、モンスターの数多くない?」
由布梨は額の汗を拭って不平を漏らす。
「そうだな……あ、休む?」色取が訊く。
「ううん、ううん、全然大丈夫~」
――色取君が横にいると思うと頑張れる。倒せば終わるのだから、倒せばいいだけ。
由布梨はそう思った。
色取が鞠を蹴飛ばして、モンスターに器用にぶつけていく。
その時、由布梨たちの目の前を通り過ぎる人影――素早く動くので線でしか捉えられなかったが、その人影はすぐに雷針だと分かった。
今日は槍を振り回して、モンスターを軒並み倒していた。槍の刃先に突き刺されたモンスターが消滅していく。
「おお~」
その手腕には素直に拍手を送らざるを得ない。
ぼやっと見ていても仕方がないので、モンスターがだいぶ固まっている、境界の壁付近へと由布梨は走って行った。
壁の前に到着すると、
「ロウエ・バクタイミ!」
由布梨は呪文を唱えて、壁際にモンスターを追い詰めて、一体一体退治していく。
あともう少し、と思った頃、一体のモンスターが胴体から手をぐいと伸ばして私の方へと迫って来た。
「――テオウシ……」
「由布梨……」
そのモンスターは呟いた。あぁ、まただ。由布梨がそう思うより先に、ピンチが訪れた。そのモンスターが由布梨の腕を掴んだのだった。
「ひっ」
由布梨は動揺し、頭が真っ白になってしまい、いつも唱えている呪文が全く思い出せない。何も口に出せないまま、ぱくぱくと口を金魚のように動かして、由布梨はモンスターの方へと引き寄せられる。
「離して!」
手を振り払おうとするが、モンスターは由布梨の腕を掴んで、壁へと猛進していく。
(何? いったい何をするつもりなの?)
モンスターは猛進を止めず、境界の壁へと体当たりを繰り返す。数回、繰り返したのち、モンスターの体が壁の中へめり込むのが見えた。それは、由布梨がこの世界に来た時にした行動と、全く同じだった。
「嘘でしょ……」
「由布梨! 由布梨!」
大勢いたモンスターに手こずっている他の仲間が、口々に由布梨の名前を呼んでいる。
しかし、その声がどんどん遠く、由布梨には聞こえなくなってくる。代わりに聞こえてくるのは川の水が流れる激しい音。
モンスターが壁にめり込み、そのまま壁の中に入るところを、しっかりと由布梨は見た。モンスターに引っ張られ、気が付くと由布梨自身も境界の壁に入っていた。
境界の中は、激しい風が吹き、濁流に足がもつれる。
川の流れが、由布梨を境界の外へ追い出そうとしている。
目前の景色は、由布梨が境界の壁から魔法世界にいく時に見たのと全く同じだった。
発掘バイトの現場近くの境界の壁から、魔法世界の境界の壁へと、その一方通行を頑なに守る川の流れ。
(あの向こう側に行けば、帰れる……?)
そう考えた瞬間、由布梨の腕を掴んでいたモンスターが、由布梨を宙に放った。
強い浮遊感が体を襲い、由布梨は不安に支配される。
「きゃああ!」
「由布梨!」
視界の端に境界の壁に体をねじ込んで入ってきている色取たちの姿が見えた。
ぎゅっと目をつむって、川に落下するかもしれない、その覚悟を決めている最中。
ふと体がぐんとどこかに引っ張られるのを由布梨は感じた。
「え?」
次の瞬間、モンスターは誰かの攻撃によって一瞬で消滅していた。
何故、と思っていると由布梨は自分がなにかに持ち上げられているらしいことに気付いた。
見知らぬ男性に、両脚の下に腕を差し入れられ、まるで姫抱きをされているような体勢になっていたのだ。
その人物はさっきまで川にはなかったはずの船に立って、由布梨を抱えている。
薄緑色の髪に、鼻根のスッと通った顔、髪と合ってない茶色の眉、そしてきわめつきに、何故か片方だけ手袋をはめていた。
「どうして……? どういうこと?」
「悪いが、お上からの指示だ。受け身を取っておけ」
由布梨を抱えている男は言った。
「てめえ、説明の一つや二つよこしやがれ! ただで帰ってやると思うんじゃねえ」
雷針が川の中から、男に食って掛かった。
しかしその男は何も反応せず、由布梨を船に下ろすと、一瞬で消えた後に、色取たちの目と鼻の先に現れた。
そして、色取や雷針の体を、足蹴で境界の壁の外に追い出した。
「蹴った、色取君! 雷針!」
叫びながら由布梨は、変だと思った。
色取たちは境界の外へと押し出されたのに、自分は何故ここにいるのだろう。
「しっかり捕まっていないと振り落とされるぞ」
再度その男は由布梨を抱え直してそんなことを言った。
「なぜ私だけ。どこへ行くんですか!?」
「この境界世界の全てを管理している王の住まう城へ」
その人物は淡々と由布梨に告げた。
すると、何故か一瞬で足元にあった船が綺麗さっぱり消えてしまい、川の上流の方に向かって、浮いたまま高速で移動していく。
(魔法があるのだから、宙に浮く能力もあるのかもしれない。それより考えなきゃいけないのは、私を抱きかかえているこいつの言葉だ)
境界の管理者、とは一体何だろうか。
なんでそんな人と会う必要があるのだろうか。
まさか、と思いながらも由布梨は思い当たる節を問う。
「もしかして、殺されるんですか? 私」
「……何故そう思う?」
「境界の中に勝手に入っちゃったから、それで……」
その男は口の端に何とも言えない笑みを浮かべると、
「お前を連れたのはその理由じゃない。だが、殺されるかどうかはお前のこれから次第だろう」
と意味深に言った。
(もしかしたら、その境界の王に頼めば元の世界に帰ることも出来る……?)
由布梨は楽観的にそんなことを考えた。
生きるも死ぬもこれから次第、それならば自分は大丈夫だろう、と何故か自信があった。
殺されるような悪いことは、絶対にしていない。ただ偶然境界にモンスターのせいで入れてしまっただけだ。
由布梨は少し落ち着きを取り戻し、周りを見渡す。
上流にいくにつれて徐々に空気は澄んでいき、それに比例するように靄も濃くなっていく。川の途中で境界の壁は途切れていた。
そして上流の滝の裏側へ入ると、洞窟のような場所があった。
さらにそこを進むと、洞穴のような場所にぽつぽつと水たまりのように水が張っている。
かなり穏やかになった水流の上に、男が手をかざすと船が現れた。
「何もないところから、船が……」
由布梨は驚きを隠せなかった。
「境界人の能力だ」
その男は言った。
由布梨はその船の上に降ろされて、また移動する。
洞窟を抜けると山麓のような場所にでた。
そして、白い靄に包まれた見事な城が目前に現れた。由布梨はその城を息を呑んで見上げていた。




