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ミイラはNo Thank You!

「――目が覚めたか?」

 目を開けると、景臣は由布梨の顔を覗き込んでいた。

「先生……」

 由布梨が体を起こすと、肩から掛け布団がするする落ちる。

「回復魔法使って、お前が倒れたら本末転倒だろ。未熟者が」

「ごめんなさい~」

「よく頑張ったな」

 景臣が由布梨の頭を軽くポンポンと撫でる。

「……それはずるいです!」

 由布梨は布団をかぶり直す。

 景臣はおかしそうに笑って、

「朝になったら色取が迎えに来る。……お前ら、あんまり医者にかからなくていいように気を付けろよ」と言った。

「はい」

 

 ――色取君が退院したばっかりなのに、また私が運ばれてきたんだもんね。

 

 確かに、短時間で景臣先生に色々とお世話になってしまっている。あまりお世話になりすぎないようにしないとな、と由布梨は笑った。

 朝まで寝て、また明日からがんばろう。そう思い、景臣が部屋を出るのと同時に暗くされた部屋の中で、由布梨の意識はうつらうつらしてくる。


 朝も近くなった頃、部屋の窓の外でかたかたと物音が聞こえてくる。

 猫でもいるのかと、由布梨が窓に近寄ると、猫どころの騒ぎじゃなかった。

 窓の外で、塀の上に立っている人物が、しきりに何かを攻撃している。

「モンスターいるし……」

 この朝方の時間帯、境界の壁の前には誰もいなかったらしく、街にまでモンスターが遊びに来てしまったらしい。それを、誰かが退治している真っ最中というわけだ。由布梨は加勢(かせい)でもしようかと、窓を開くとその人物に声を掛けた。

「あの、今晩は。お手伝いしましょうか」

 その人物は朝方の月を背に、モンスターを()ぎ払った後、由布梨を振り返った。

「まさか」

 誰がお前の手なんか借りるか、と言いたげな瞳で由布梨を見つめた。

「あ」

 そこにいた人物は、さっき由布梨たちを助けてくれた雷針だった。

「さっきの……」

「ここお前の家か?」

 雷針が地面から何かを拾い上げ、鎖をくくり付けながら訊いた。


「いいえ、景臣先生の……って、ちょっと!」

 突然、彼の手から上方に鎖が投げ放たれ、由布梨は思わず大きな声を上げてしまう。

「何して……」

 投げ上げられた鎖には分銅が付いていて、それが家の二階の物干し竿にぐるりと巻きついて彼の手の中に戻って来た。凄い、なんて由布梨が感心したのもつかの間、彼は分銅(ぶんどう)のついた鎖の先端をぐいぐいと引っ張り、何かを吊り上げようとしている。

 朝方の、薄ぼんやりとした光を頼りに目を凝らして見れば、それはモンスターだった。普通、モンスターは息絶えると消滅するはずなので、今目前にいるのは、死にかけのもののはずだ。


「何てことするの……!」

 由布梨は窓のへりに手を掛け、上体を持ち上げると、そのままへりをまたいで外に出た。

 塀の上に器用に立っている雷針の足首を掴む。

「ねぇ、ねぇって」

「――モンスターのミイラを作ろうと思いついてな」

「そんな気持ち悪いこと、よそでやってよ! ここ先生の家なんだって……」

「じゃあ、お前にダメージないんじゃねえか」

「そういう問題じゃないっ」

 分銅が地面に置かれると、反対側の鎖は持ち上がって、物干し竿の位置にモンスターを吊り上げる。

「うっわぁ」

「さて、俺はそろそろ寝るとするか」

「ちょっと、待って」

 由布梨は雷針の足首をむんずと掴んで、物干し竿に吊られたモンスターミイラ(仮)を睨み付けた。

「あぁ?」

「見てなさいよ、台無しにしてやるんだから! テオウシ・バクタイカ!」

 物干し竿の下に、逆さになっているモンスターに由布梨は魔法を発動させる。もちろん、体内に発動領域を指定して。竿にぶら下がった洗濯物の横で、モンスターは消滅した。


「! テメェ、魔法なんか使えたのかよ」

「使えますっ」

 由布梨は腕を組んでふんぞり返る。

 さっきは助けてもらったけど、本当はちゃんと魔法を使えるのだ。

「なんで、さっきモンスターにまごついてたんだよ?」

「……ややこしい事情が、ちょっと。もうミイラ作りはしに来ないでくださいね」

 事情を説明すると長くなりそうだ。自分の名前を呼ぶモンスターがいたので、と言ったところで、雷針には理解されないだろう。

 そんなのさっさと倒せよ、と切り捨てられるのが相場だろう。だって、ミイラづくりを人の家でやるって、普通の感性を持ち合わせているとは到底考えられない。


「……来ねえよ。もう飽きたわ」

 そう言って、雷針は鎖を腕に巻き、朝の気配に紛れて消えていった。

「何だったの、今のは……」

 由布梨は窓から部屋に戻り、もう一度布団にもぐって目を閉じた。

 なんだか、すごく奇妙な悪夢を見たような感じ。

 あやうく、洗濯物の横にミイラを作られるところだった。

 あ、でもよく考えてみれば、モンスターが死んだら消えるんだから、放置し続けておけば問題なかったのか。でも、放置するのも嫌だし……。もしかしたらカラスが近付くのを防止するために、カラスの死骸を吊っておくように、モンスターを吊っておけば近寄ってこないのかな。それなら、良いよね。いや、あんま良くないか……。

 由布梨はぼんやりとした意識の中で考え事を止めると、再び眠りについた。

 

 肩を叩かれる気配でゆっくり目を覚ますと、由布梨の前に色取がいた。

「色取君~」

 突然始まった嬉しい状況に舞い上がり、寝ぼけ眼をこすって、由布梨は色取に抱き着く。

「……ゆ、由布梨?」

 寝ぼけたままにやにやと笑っていると、由布梨はふと色取越しに人影を認めた。そこには気まずそうに立ち尽くしている久高がいた。


「あ、ゴメン! 久高、来てくれたの?」

 正気に戻って色取から手を離すと、由布梨はせかせかと訊いた。

「由布梨、お前、回復魔法使っただろ」

「使った……」

「俺のことなんか、放っておけばよかったのに」

 久高が言った。

「何てこと言うの!」

「はあ? 魔法使うと具合悪くなるって、言ってただろ、だから」

 由布梨は久高の言葉を遮る。

「でも大丈夫になったの。ほら、魔糸紡ぎの修行に行って、アレルギーが出てこないように上手く魔法が使えるよになったから、大丈夫なの!」

「でもお前、倒れただろ」

 久高が眉根を寄せた。

「それは体力が底ついただけ!」

 由布梨は自然と大きな声で言ってしまう。

 もう助かったんだからいいじゃない、と内心では思っているのだ。

 疑り深い目をしている久高に、


「本当だよ。回復魔法は体力の消耗が激しいから」

 色取が補足した。

「……次からは、ためらわずに倒す、それでいいか?」

 久高が納得した様子で訊いた。

 おそらく、由布梨、と名を呼ぶモンスターと再び出くわしたら、という仮定の話だろう。

「いや、俺が倒す」

 色取が言った。

「いや、俺が」

 不自然なほどに延々と久高と色取は睨みあっていた。


(何この流れ、なんかおかしくない?)


 まさか私も流れに乗らなければいけないのでは、と由布梨は妙なプレッシャーを感じた。

「私が倒す!」

「いや、絶対に俺が倒す!」

 二人が同時に言った。

 いつになったらこの話を落とせるのだろう、と由布梨が悩んでいると、


「色取、白黒つけたいと思わないか?」

「思う、思う。久高、腕出せよ」

「ちょっと待ってよ、本当にあれ、私が倒すつもりなんだって」

 と、制止するのだが、二人は何故か近くの卓の上に腕を置いた。そして、いわゆる腕相撲を繰り広げていた。

 いくらなんでも必死すぎるのではいか、と由布梨は若干引いていた。

 何回勝負なのか分からないが、一向に勝敗がつく気配がない。

 見ているだけで、由布梨は退屈してきた。

 そんな頃、背後に人が立っているのに気付く。


「景臣先生……」

 由布梨が振り返ると、おかんむりの様子の景臣が立っていた。

 景臣は鬼の角が生えたのではないかと錯覚してしまうほどに、怒りのオーラがたちこめていた。

「お前ら、まさかここが病室だって忘れたんじゃねえだろうな?」

「わ、忘れてません」

「ただ、こいつが……」

 色取と久高が交互に弁解していた。

 しかし、景臣は聞く耳持たず、二人を正座させ、こってりとしぼっていった。

 あーぁ、と思っていると、なんと由布梨までお小言を頂戴する羽目になってしまった。


「朝方にでっかい独り言ずーっと言ってただろ。ったく……寝てなきゃダメだろ」

「待ってください!」由布梨は必死で言う。「あれ独り言じゃなくて、物干し竿がミイラを作ろうとしたから騒いでただけです!」

「あぁ? そんな妙なこと言って、まだ具合悪いんじゃねえか」

 違う、と言う由布梨を無視して、三人は由布梨を布団にくるんだ。

 気を遣われたのか、さっきまで説教していた景臣もされていた二人も、そそくさと部屋を出ていった。


「雷針のせいだ……」

 朝方に本当にミイラ騒ぎがあったってことを、その内ちゃんと三人に信じさせてやる、と由布梨は思った。


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