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どうして私の名前を呼ぶの?

 創作の地には、あの網のような、蜘蛛の巣のような、糸の原料となる植物が森の土壌に這うように生えている。

 その植物から糸を取り出すと、魔糸にするか、その他の用途にわけるかに二分される。

 他の用途というと、糸の強度の強さを利用して、簡易的な建物を作ることが出来る。

 木にぐるぐると巻き付けて、床と雨露をしのぐ屋根を作る。

 その構造で出来た三角形のテントが連なったような印象の宿泊所が、創作の地の木の上にある。

 

 由布梨は今そこに泊まっている。

 由布梨の寝泊まりしている部屋の下には、蹴鞠(けまり)を作るのに一番重要な鞠が栽培している畑がある。今の今まで知らなかったのだが、鞠の中央には種子があり、その種子を土に植えるとすぐにまた新しい鞠が実となって、いくつか出来るらしい。

 そして、その鞠に魔糸を巻き付けて完成させるのだそう。

 

 隣の部屋の魔糸紡ぎ師見習いの女性に、由布梨は教えてもらった。

 朝を迎えると、由布梨は隣の女性に挨拶をして、まず畑の鞠を収穫し、また取り出した種子を適当に植えておく。

 すると、すぐにまた芽を生やし、鞠の実をつけてしまうのだが、これは次の朝まで放置しておく。いくらなんでも、芽を生やすのが早すぎる。こんなにたくさん、蹴鞠を必要としている人がいるのだろうか、と由布梨は半ば疑問に思う。

 

 由布梨は出来立ての鞠をこんもり抱えて歩き出す。

 この状態で毎朝、魔糸紡ぎの工房に向かうのだ。

 工房には風磨がいる時もあれば、いない時もあり、たまに風磨の祖父がいる。

 なので、工房には多くとも由布梨を含め三人しか多くともいない。

 

 工房に通い始めて、何日も経ち、少しは仕事を覚えてきたかなという頃。

 いつも通りに、由布梨は工房で作業をしていた。

 工房の天井からゆっくりと、大きな糸車が机の上まで降りて来た。それを回して、糸を紡いで、糸玉を作っていくのだ。

 その作業をしながら、並びあって由布梨と風磨は雑談を交わす。


「魔糸を作って、それを蹴鞠に巻いて……その鞠をどんな人が使うかって考えたりする?」

 由布梨は風磨に訊いた。

「いいや、考えたこともない」

「それじゃ、考えてみてよ」

「……面倒くさい、由布梨先に言って」

「その人は蹴人なんだけど、今はちょっと動くに動けない状況で、早く外で走りたいなー、先生の回復魔法の呪文聞くの飽きたなーって思ってる」

「なんか、えらく具体的な気が……」

「あっ」

 脳内に思い浮かんできた色取君の姿を打ち消す。

 あまり深く考えると、仕事に差し支えそうだった。

「……由布梨がいたとこって、モンスターがかなり多いんでしょ?」

 風磨が訊いた。

「多いね、ここと比べるともう……」


 ここ、創作の地ではモンスターとほとんど出くわさない。やはり、海を越えるとモンスターも侵食しづらいと言うわけなのだろうか。

 しかし、ほとんどモンスターの現れないこの地にも、たまに海を越えてやって来てしまったモンスターが出現するレアなケースがある。その時は、このあたり一帯が割りとパニックになって、誰がモンスターに対処するかてんやわんやらしい。


「ふーん、僕これから原料の仕入れに行くから、よろしく」

 風磨が作業する手を止めて立ち上がった。

「うん、分かった」

 風磨がいなくなって、静かになった工房で、由布梨は糸を紡ぐ作業を終えた。

 そして、いつものように使い終わった糸車を天井へと吊り上げた。

 その時、工房の表で、手紙を投函される音が聞こえた。


「なんだろ」

 由布梨が表に出て、手紙を確認すると、その手紙は色取からの手紙だった。

 日頃の些細(ささい)なこと、あと数日たてば退院出来る見込みだということ、今度は俺も一緒に創作の地に行きたいということ、蹴人として由布梨を支えたいと、そんなことが書いてあった。


「会いたいな……」

 由布梨がそう呟いた時、吊り上げた糸車から青色の糸が垂れさがっているのが見えた。おそらく、糸車で糸を紡いだ後に、完成した糸を回収するのをすっかり忘れていたのだろう。

 もう一度降ろして、あの糸を回収しなければな、と由布梨は思い糸車の下に歩いていく。

 ちょうどその下に差し掛かった時、由布梨は勢いよく転んだ。

 上方から垂れている糸が、地面にまで垂れていて、由布梨はそれを気付かないで踏んでしまったのだ。由布梨は地面に容赦なく、べちんと叩きつけられた。


「いったー……」

 痛みにあえぎながら上体を起こすと、由布梨の懐から何かが転がり落ちた。

 それは、境界の川で手に入れた、いまだ全く役に立っていない石だった。その石をそのまま、作業場の床に転がしておくわけにもいかず、拾い上げるために由布梨はさっと手を伸ばした。

 右手で握りしめた色取からの手紙を、その石に押し付けるような体勢になった、その時、異変が起きた。

 石の中に、若干手紙がめり込んだのだ。


「はっ? なにこれ!?」

 目を疑う由布梨を置いてけぼりにして、現実はどんどんおかしくなっていく。手紙は石の中に吸い込まれていき、もう見えなくなってしまった。


「なんで?」

 由布梨は石を拾い上げて、執拗に回し見てみるのだが、何が起きているのか一向に理解出来ない。

 次の瞬間、手紙が吸い込まれてしまった面の反対側から、黒い影が伸びて現れた。

 わっと声を上げて由布梨は驚き、手放された石は地面に転がっていく。

 その間も、石の表面からは黒い影がもっと飛び出し、ぐねぐね動いている。

 由布梨はこの黒い影を知っている。

 これは、モンスターだ。

 いつも、境界の壁から現れては、由布梨たちを戸惑わせるモンスターだ。それが、何故かここ、創作の地、魔糸紡ぎの工房で出現している。


「モンスターだ!」

  由布梨が手紙を取りに行った際に、開け放したままだった扉から、誰かの声が聞こえた。

 この地の人はモンスターに慣れていない。騒ぎになるのはあっというまだろう。

 ここで、自分が倒しておくと話が早いかもしれない。


(よし、やるか……)


 由布梨が魔呪文本を取り出し、脳内に呪文を一つ思い浮かべた、その時。

 モンスターは白い口をゆっくりと動かした。

「ゆ、ゆうり」

 由布梨は思わず部屋の隅まで後退した。


 ――まただ、またモンスターが私の名前を呼んだ。


 何が起きているのだろう。色取君の手紙を石が吸い込み、石からモンスターが出る、名前を呼ぶ。もっと冷静に考えたいけれど、由布梨は頭がぐちゃぐちゃになってしまう。

「とりあえず、早く倒さないと……」

 由布梨は一歩踏み出した。

「由布梨、退院、蹴人……」

 モンスターがぼそぼそ呟く。

「テオウシ・バクタイカ!」

 由布梨はモンスターの体内に範囲を指定すると、そこで魔法を発動させた。

 キラキラが見えない中、モンスターは消滅していった。

 由布梨はそれを確認すると、床にへたり込んだ。


「わけ分かんないよ、ほんと……」

 そう呟きながら由布梨はがしがしと頭を掻いた。

「由布梨!」

 声に振り返ると、扉の先にかなり焦った様子の風磨がいた。

 心配を掛けてしまっただろうか。

「由布梨、由布梨大丈夫……?」

 地面に座り込んだ由布梨の両肩を抑えて風磨が顔を覗き込んだ。

「うん、全然平気。一撃だった」

 由布梨はピースを見せる。

「――ゴメン。僕が工房空けてる間に……」

「ううん」

 風磨が責任を感じる必要なんて全くない。

 心配そうな表情の彼につられて、由布梨はなんだか少し切なくなった。

「モンスターは一体どこから……?」

 風磨がそう言うと、由布梨は床に転がっている石を見た。


(この石、まずいかもしれない。この土地に置いておいちゃいけない。どこかに……)


 由布梨はすぐ、この創作の地を後にすることを決めた。

 せっかく新しいことに挑戦出来そうだったけど、この石がある以上、また迷惑をかけるかもしれない。本当なら、きっとこの石は境界の中に返した方がいい。

 でも、それが難しいのだからせめて、江瑠戸西――境界の壁付近に置くことにしよう、と由布梨は思った。

 由布梨は風磨に言った。


「この石から。これ、私が持ってきてしまったものなんだよ」

 由布梨は自分は違う世界から来てしまったこと、手紙がこの石に吸い込まれてモンスター化したこと、色取のことも含め、全て話し切った。

 話しを聞き終えると、風磨は複雑そうな表情をみせた。

 飛行船で帰る、という由布梨を引き留めて、風磨は由布梨の指にお守りを作ってあげる、と言った。

 なんとなく、由布梨は左手ではなく右手を差し出した。


「お守り、でもこれは気休めなんかじゃなくて、本当に由布梨を守る力があるものだよ、信じても、信じなくとも、好きにすれば……」

 魔糸で編まれたお守りは、風磨の手からふわりと離れ、自然と由布梨の指に巻き付いた。まるで糸で出来た指輪をはめているかのようだった。


「今の、魔法?」

「いや……魔法じゃない。なぜか魔力と関係なく生まれつき出来るんだ」

「そうなんだ。お守り、ありがとう。それじゃ……」


 由布梨は工房を後にして、今度は飛行船で帰った。

 移動魔法を使ったら、風磨にきっと余計な心配をかけてしまう、と思ったのだった。


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