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上司と部下の関係が切れた

「どういうことだ?」

 基希は声を荒げた。自分が安住の地にまで足を運び、金の工面をして帰ってくると、状況が変わっているのだ。

 穀物代所の中も、心なしかいつもより騒がしく見えている。

 何故か突然、雷針と言う男は報酬の受け取りを辞退したらしい。

 それだけでも十分不可解だが、それ以上に基希を戸惑わせたのは、由布梨の処遇だった。

 雷針のことが解決したにもかかわらず、由布梨はクビの宣告を受けたというのだ。


「君が辞める必要はない。上司と話してくる」

 走り出そうとする基希を由布梨が止めた。

「いいんです、もう。私、他の道を探すことにしますから」

「しかし……」

「私、大丈夫ですよ」

「本当に? 無理してないか?」

「してないです」

 由布梨は微笑んで言う。

「もうそろそろ、私行かないと」

「あ、あぁ。入口まで送る」

 基希は由布梨の後を着いて、穀物代所の入口の付近で立ち止まった。

「基希さん、短い間でしたが、ありがとうございました!」

 由布梨はぺこりと頭を下げた。

「いや、全然……力になれず、すまない。何がなんやら分からないうちに問題が解決してしまって」

「はい、私もよく分からないんですけど……ほっとしました」

「そうだよな」

「それじゃ、失礼します」

 由布梨は基希に背を向けて去ろうとした。

「待って」基希はなけなしの勇気を出し、彼女を引き留める。「上司じゃなくなったけど、それでも困った時は頼って欲しい」

「――はい!」


 別の職にいくという由布梨を止めず、ただそう告げた。

 これが基希の精いっぱいだった。

 職場が一緒でなくなり、彼女へ接触を持つ機会が基希には思いつかない。

 ――何と言うべきか、職を抜いたら何も出来なくなる人間なのだろうな、僕は。

 基希は額に手を当てて、ゆっくりと目を閉じて思った。



 基希と別れた後、色取への見舞いを済ませ、由布梨は境界の壁の近くに来ていた。 

 そこで由布梨は深刻な顔をしていた。

 私大丈夫です、と基希には言ったものの、次の職のあてはない。

 由布梨は途方に暮れて、縁台に腰かけていた。

 すると、


「どうしたの? 由布梨」

 柚葉の声がふと頭上から降って来た。

「柚葉~、ちょっと聞いてもらっていい?」

「何、どうしたの」

 由布梨は柚葉に今の状況を聞いてもらうことにした。

 事の顛末を話し終えると、柚葉は言った。

「あっ、そうだ。転職さあ、魔糸紡ぎ師ってどうかな?」

「それ、なあに」

 由布梨が訊き返すと、柚葉は腰に吊っていた蹴鞠を取り外して見せた。

「この(まり)に巻いてある糸を作る職人のこと! なんか、身体に負担かからなそうなイメージ……」

「へええ」

「だって手元で作業する時だけ、ちょいちょいって魔法使えばいいんだよ、たぶん」

「うんうん」

 由布梨は前のめりになった。

 それならば、他の職よりもどうにかなりそうな気がする。手先が器用だと、家庭科の先生に言われたことがあるのだ。


「それか、ウチの食堂に戻ってきても良いんだよ? ただ正直、あんまり給料は、ね」

 柚葉が切なそうに眉を下げて言った。

「心配してくれてありがとう! そう言ってもらえると、なんだか安心……」

「あのさ、色取君はどう?」

 柚葉が少しためらいがちに訊いた。

「あぁ、もうかなり良くなったんじゃないかな。お見舞い、行ってあげて。かなり退屈してるらしくて」

「えっ、いいの? でもなんか、悪くない?」

「あ、まさか~」

 由布梨は柚葉を指差して笑った。

「違う違う! もう、好きとかそういうのはないから!」

 柚葉が左右にかぶりを振った。

「由布梨が気にならないかなって……でも、由布梨がいいなら行ってみる。友達だし」

「うん」

 由布梨が頷いた後、柚葉は仕事があるといって、その場を去っていった。


 由布梨は正直に今の状況を話せたことで、すっと心が軽くなっていた。

「――魔法使いを辞めるって?」 

 由布梨が気持ちよく伸びをしていたところ、背後から誰かに声を掛けられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは久高だった。

「久高。うん、まぁ……」

 彼はほっとしているだろうか。初めて会った時、魔力が使えないなら境界の壁には近付くな、と忠告された。魔法使いが適職だと占い師に言われ、食堂から転職して以来も、別段由布梨は戦闘力が高いわけではなかった。

 みんなと一緒だからやってこれたものの、一人では対処出来ないモンスターばかりだ。久高には初対面の時点で忠告を受けたこともあって、少し距離を感じていた。実力主義、というか、足手まといはいらない、と思われているんじゃないか、と由布梨は気にしすぎてしまう。


「体調が悪いと聞いたが、大丈夫なのか?」

「え? ……あぁ、今は落ち着いてるけど、もう境界の壁にはなるべく近付かないようにしようと思ってるよ。魔法を使うと咳とか出ちゃうから」

 駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んできた久高に、由布梨は驚きながらも答えた。

「……」

 久高は微妙そうな顔をして固まっていた。

「ど、どうかした?」

「いや、何と言うべきか分からず……せっかく、向いてたのに残念だったな……じゃなくて、早く元気になれよ、か?」

 久高はふわふわと言った。

「うん、ありがとう」

 自分を慮ってくれようとするその気持ちが嬉しかったので、由布梨は素直に礼を述べた。

「――なぁ、これからどうするんだ?」

 久高が訊いた。

「魔糸紡ぎ師になろうと思ってる」

「そう、なのか」久高は数回頷くと立ち上がる。「……頑張れよ」

「おっけー」

 由布梨は笑った。


 その後、由布梨は色取の見舞いに行った。

「色取君、元気してた?」

 由布梨の姿を見つけ、色取は起き上がった。

「うん、おかげさまで。それで先生がさ……」

 色取が話し出したその瞬間。

 窓から吹き込んだ風が由布梨の袖をまくった。

 不自然なほどに袖は大きく広がり、アレルギーで赤くなった肌まで見えていた。

 しまった、と思うよりも先に色取は由布梨の腕を掴んで、まじまじと見つめていた。


「由布梨、腕――」

 穴が開くほど見つめられて、由布梨はどうしようもなく恥ずかしい気がした。

「ごめん、隠してて……」

「これ、どうしたの?」

「魔法、使い続けてたらこうなっちゃった」

 由布梨は事情を説明した。

 

 ――これでとうとう色取君にアレルギーのことがばれてしまった。


「俺が本当はどうにかしないといけないはずなのに……情けねえよ」

 額に手を当てて色取が言った。

 そんなことない、と由布梨は否定するが、それでも色取の気持ちは晴れやかになってくれないようだった。

 


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