表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/78

軟派男子の三種刀戯

 押してダメなら、引いてみろ。

 それか、もっと押してみろ? それとも押し倒してみろ? 

 そのどれでもなく、俺は傍観(ぼうかん)を決め込む、と詩安は思った。

 

 女の子は誰でも可愛い。順位をつけたことは、あまりない。特に綺麗だなって思う子はいても、特別扱いはしない。みんなを特別扱いするから、それが当たり前になっている。

 由布梨が魔法アレルギーになった後、武器屋を通りがかった彼女に、詩安は声を掛けていた。


「可哀想に。アレルギー、辛いねえ」

「いえ、いつものことなので……。武器屋って、忙しそうですよね。人がひっきりなしで」

「そんなことないよー、ちゃんと女の子と遊べる時間も作れるし。君とも遊べるよ?」

「あはは。――これ全部覚えてるんですか。武器の性能とか……」

「まあ、そのくらいはね。あんまり詳しいことは知らないのもあるけどね。忘れてたら、外で適当に振って確かめる」

「えーすごい。これ何ですか?」

「白の行進の弓矢――どう?」

 詩安は弓矢を構えて見せる。

「すごい、似合います~」

「……敵の心臓を撃ち抜けても、君のハートを打ちぬくことは出来ないんだなあ」

 と詩安が言うと、

「……あ、うふふ」

 由布梨は誤魔化(ごまか)すように笑った。

 由布梨はいつも、困っている気がする。それを、どうしたらいいのか、詩安には分からなかった。口先だけでどうにもならない相手、どうしたら気がひけるのか。

 彼女と会話した翌日か、その翌日か、詩安はあることを耳にする。

 由布梨が穀物代師として働く、と。


「ふふふ」

 妙な笑い声が詩安の口から漏れた。

 普通に、傷ついている自分に驚くと同時に、自嘲の笑みがあとからあとから湧いてくる。魔法使いでいられなくなった彼女が次に選んだ道は、穀物代師。そう、武器屋の手伝いなんかじゃない。日頃のことを考えてみればわかることだったはず。期待なんて無駄だと、分かりきっていたはず。

 どうしたって基希より自分が信頼されるわけがないのだ、と詩安は思った。

 これは嫉妬なのだろうか。そうなると、自分は由布梨に恋をしているのだろうか。

 詩安は首を傾げた。

 もう、人を好きになるという感情が上手く掴めなくなってきた。それっぽいことを言って、それっぽいことをしていけば、何故か恋人になっている。

 詩安にとっての恋愛はいつからか、それだけのものになっていた。そして今も、恋をしているのかどうかさえ分からない。感じられない。掴み切れない。

 

 ただ後悔している。

 適当に女子を口説いて、適当に捨てて、それに関しては何も感じなかった。しかし、自分が捨てられるのが嫌いだった。自分勝手に神経が太かったり、細かったりするのだ。何人もの女子を泣かせてきた。それでも、本気で好きになる人が目の前に現れた時。ぬけぬけと全力でアプローチ出来る、素直さがあればよかったのだ。

 詩安にはそれがない。決定的に欠けている。人を必要がなくなった時に容赦なく切り捨てていくのに、しばらくすればそれを後悔する。

 その後悔が、最近は詩安の脚に絡みつく。由布梨への一歩を(はば)む。立往生(たちおうじょう)している。それでも、押してみる。


「由布梨と俺は、運命なんじゃないかな」

 本当は言いたいのはこんなことじゃない。

「お友達から始めてください」

 と言いたい。

 だけどそれが出来たことが一度もない。

「他の男と繋がるのなら、君の運命の糸をほどきたい」

 そんなことを口にすればするほど、由布梨との距離が開いていくのが分かる。余計に警戒されていく。今までのことを後悔する。女子を尋常じゃなく口説き続けてたら、こういう言葉しか作れない脳になってた。 

 それまずいよ、と誰も途中で止めてくれなかった。本当はまずいことなのに。

 そしてさっき、詩安は穀物代所の前で掃除をしている由布梨とばったり会った。

 由布梨は無言で泣いていた。

「どうしたの?」


 詩安はまた、歯の浮くような台詞と共に由布梨に話し掛け、彼女の話を聞いた。話の中に出て来たのは、見知らぬ人物だった。

 金髪に目つきの悪い――詩安の記憶の中にその風貌(ふうぼう)の人はいなかった。

「もし、さ。由布梨ちゃんに今、手を差し伸べてくれる王子様がいるとしたら、どうやって助けるんだろう」

 詩安はそんなことを訊いた。由布梨はそれに対し、分からない、と返した。


 詩安はまたショックを受けていた。

 あわよくば、彼女を助けるつもりだったのだ。彼女の一番理想とするやり方で。しかし、由布梨はそんなことどころではないのだ。客から突き付けられた金額で頭がいっぱいなのだ。

 気丈(きじょう)に振る舞って、穀物代所の中へ戻っていく由布梨を見送って、詩安は自分の武器屋に戻った。


「落ちて来い、落ちて来い」

 日が暮れ始めた頃、薄暗くなってきた武器屋の中で、椅子に腰かけて詩安は呟いた。落ちてきてほしい。 

 王子様に昇格するための、エサ。

 

 叩きたい。由布梨に無理難題吹っかけている、その客を。

「……いらっしゃい」

 その時ふと、店の扉が開かれた。

 そちらに目をやると、そこに立っている男は、詩安が望んでいた男の姿だった。

 

 ――金髪に、目つきが悪い、と。


「お待ちしておりました」

「あぁ? 意味分かんねえ……なんでもいいから、長槍をくれ」

「代金は?」

 詩安が訊くと、客の男は懐から紙幣(しへい)をまとめたものを取り出し、叩きつけた。人のこと言える立場でもないが、品がねえなあ、と詩安は思った。


「すごい額だ。それでも、また金が入ってくるあてがあるんでしょう」

 嫌味な笑みを浮かべて詩安は言った。

「何が言いたいんだ、お前?」

 もっと目つきを悪くするのかと思いきや、何故か目元から力を抜いた表情になったので、詩安は拍子抜(ひょうしぬ)けした。

「遊んでくれませんか、俺と。賭けです」

 詩安は言った。

「……内容によっては」

「俺が勝ったら、穀物代所で契約したことを全部破棄(はき)、もし貴方が勝ったら」

「どうするんだ?」

 詩安の提案に対して、客の男は特に何も突っ込まなかった。

 気味が悪いくらいにトントン拍子(びょうし)で話が進む。

 何で穀物代所での契約なんて知ってるんだ、と普通なら訊くところだろうが、どうやらこの男、あまりそういう関心がないらしい。


「店のもの全部あげますよ」

「!」

 詩安の答えに、さすがに客も驚いた様子を見せた。何て酔狂(すいきょう)な奴だろう、と思われたのだろう。

「遊びの内容は、三種の刀戯(とうぎ)でどうですか」

「何だそれ」

 客の男は怪訝そうな表情を浮かべた。

桃花刀(とうかとう)赤薫刀(せきくんとう)朝咲昼刀(あさえみちゅうとう)と、三種の刀があります」

 それぞれの刀の刀身には、桃色、赤、紫と、それぞれ線が刻まれている。それぞれ敵に斬りかかった時に、違う効果を発揮する刀だった。

「良い刀だな」

「どうも」詩安は淡々と言う。「互いにこの三本を帯刀(たいとう)して。三種の刀、相手が抜いた剣を瞬時に見極め、同じ刀で交戦する。剣を抜くのも収めるのも一瞬のうちに出来なければならない、というものです」

「よし、やろう」

 客の男は目に光を落として言った。

 捉えた、と詩安は内心でほくそ笑んだ。

 詩安と客は二人で連れ立って外に出た。詩安は六本の刀を手にしていた。互いに三本ずつ帯刀すると、距離を置いて向かい合った。


「これはどうやって始める?」

「そちらから適当に斬りかかってきてください」

 客は頷くと、帯に挟み込んだ刀を鞘から引き抜いた。


(こいつ、説明聞いてたのかよー!)


 詩安は目を見開いて驚いた。

 さっきの説明をどう捉えたのかは分からないが、客の男は今、刀を二本抜いたのだ。この遊びの正しいやり方は、相手が赤薫刀で斬りかかってくれば、こちらもそれを赤薫刀で受ける。他の刀で受けるか、受け止めきれなかったら負け、そういうものだ。

 二本抜いた奴なんて、初めて見た、と詩安は眉をしかめた。

 桃花刀、朝咲昼刀。


「――っ」

 仕方なく、詩安も二本の刀で交戦する。すかさず鞘に納める。次の瞬間、すかさず桃花刀で客に斬りかかる。全く動じていない様子で、相手は桃花刀で攻撃を受け流す。

「――お前が勝ったら武器も金も女も、手引いてやるよ。俺は骨の有るやつ闘うことが何より好きでなあっ!」

 客が叫んだ。

 詩安は手いっぱいで、何も返せなかった。


(何で喋りながら出来るんだよ……!)


 苛立った詩安は交戦のスピードを早めていく。

 流石にこの加速にはついていけなかったのか、客は顔をしかめた。

 そしてついに、詩安が朝咲昼刀を繰り出した時、客はそれを赤薫刀で受け止めた。


「終わりですね」

「はぁ、なるほど。こういうことか……」

 客の男は納得した様子だった。

「それじゃあ、長槍をお持ちしましょうか」

 詩安は言った。

 そもそも、長槍は普通に買おうとしていたのだ。代金も出しているし、渡さない方がまずい。詩安は店へと踵を返そうとした。

 すると客が、


「いらねえ。面白いもん見せてくれた礼に置いてく」

 と言った。

「あんなに?」

 叩きつけられた紙幣の厚みを思い出す。数えてはいないが、人にぽんとあげられるだけの額ではないことぐらい、すぐに分かる。

「帰るわ」

 手をひらりと上げて、客の男は去っていこうとした。

「あの、名前は?」

「雷針」

「避雷針の?」

「避雷針から避けると言う文字を避けたやつだ、じゃあな」

 

 ――あぁ、良かった、武器屋をすっからかんにされなくて。


 平静を装いながらも、詩安は心底ほっとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ