軟派男子の三種刀戯
押してダメなら、引いてみろ。
それか、もっと押してみろ? それとも押し倒してみろ?
そのどれでもなく、俺は傍観を決め込む、と詩安は思った。
女の子は誰でも可愛い。順位をつけたことは、あまりない。特に綺麗だなって思う子はいても、特別扱いはしない。みんなを特別扱いするから、それが当たり前になっている。
由布梨が魔法アレルギーになった後、武器屋を通りがかった彼女に、詩安は声を掛けていた。
「可哀想に。アレルギー、辛いねえ」
「いえ、いつものことなので……。武器屋って、忙しそうですよね。人がひっきりなしで」
「そんなことないよー、ちゃんと女の子と遊べる時間も作れるし。君とも遊べるよ?」
「あはは。――これ全部覚えてるんですか。武器の性能とか……」
「まあ、そのくらいはね。あんまり詳しいことは知らないのもあるけどね。忘れてたら、外で適当に振って確かめる」
「えーすごい。これ何ですか?」
「白の行進の弓矢――どう?」
詩安は弓矢を構えて見せる。
「すごい、似合います~」
「……敵の心臓を撃ち抜けても、君のハートを打ちぬくことは出来ないんだなあ」
と詩安が言うと、
「……あ、うふふ」
由布梨は誤魔化すように笑った。
由布梨はいつも、困っている気がする。それを、どうしたらいいのか、詩安には分からなかった。口先だけでどうにもならない相手、どうしたら気がひけるのか。
彼女と会話した翌日か、その翌日か、詩安はあることを耳にする。
由布梨が穀物代師として働く、と。
「ふふふ」
妙な笑い声が詩安の口から漏れた。
普通に、傷ついている自分に驚くと同時に、自嘲の笑みがあとからあとから湧いてくる。魔法使いでいられなくなった彼女が次に選んだ道は、穀物代師。そう、武器屋の手伝いなんかじゃない。日頃のことを考えてみればわかることだったはず。期待なんて無駄だと、分かりきっていたはず。
どうしたって基希より自分が信頼されるわけがないのだ、と詩安は思った。
これは嫉妬なのだろうか。そうなると、自分は由布梨に恋をしているのだろうか。
詩安は首を傾げた。
もう、人を好きになるという感情が上手く掴めなくなってきた。それっぽいことを言って、それっぽいことをしていけば、何故か恋人になっている。
詩安にとっての恋愛はいつからか、それだけのものになっていた。そして今も、恋をしているのかどうかさえ分からない。感じられない。掴み切れない。
ただ後悔している。
適当に女子を口説いて、適当に捨てて、それに関しては何も感じなかった。しかし、自分が捨てられるのが嫌いだった。自分勝手に神経が太かったり、細かったりするのだ。何人もの女子を泣かせてきた。それでも、本気で好きになる人が目の前に現れた時。ぬけぬけと全力でアプローチ出来る、素直さがあればよかったのだ。
詩安にはそれがない。決定的に欠けている。人を必要がなくなった時に容赦なく切り捨てていくのに、しばらくすればそれを後悔する。
その後悔が、最近は詩安の脚に絡みつく。由布梨への一歩を阻む。立往生している。それでも、押してみる。
「由布梨と俺は、運命なんじゃないかな」
本当は言いたいのはこんなことじゃない。
「お友達から始めてください」
と言いたい。
だけどそれが出来たことが一度もない。
「他の男と繋がるのなら、君の運命の糸をほどきたい」
そんなことを口にすればするほど、由布梨との距離が開いていくのが分かる。余計に警戒されていく。今までのことを後悔する。女子を尋常じゃなく口説き続けてたら、こういう言葉しか作れない脳になってた。
それまずいよ、と誰も途中で止めてくれなかった。本当はまずいことなのに。
そしてさっき、詩安は穀物代所の前で掃除をしている由布梨とばったり会った。
由布梨は無言で泣いていた。
「どうしたの?」
詩安はまた、歯の浮くような台詞と共に由布梨に話し掛け、彼女の話を聞いた。話の中に出て来たのは、見知らぬ人物だった。
金髪に目つきの悪い――詩安の記憶の中にその風貌の人はいなかった。
「もし、さ。由布梨ちゃんに今、手を差し伸べてくれる王子様がいるとしたら、どうやって助けるんだろう」
詩安はそんなことを訊いた。由布梨はそれに対し、分からない、と返した。
詩安はまたショックを受けていた。
あわよくば、彼女を助けるつもりだったのだ。彼女の一番理想とするやり方で。しかし、由布梨はそんなことどころではないのだ。客から突き付けられた金額で頭がいっぱいなのだ。
気丈に振る舞って、穀物代所の中へ戻っていく由布梨を見送って、詩安は自分の武器屋に戻った。
「落ちて来い、落ちて来い」
日が暮れ始めた頃、薄暗くなってきた武器屋の中で、椅子に腰かけて詩安は呟いた。落ちてきてほしい。
王子様に昇格するための、エサ。
叩きたい。由布梨に無理難題吹っかけている、その客を。
「……いらっしゃい」
その時ふと、店の扉が開かれた。
そちらに目をやると、そこに立っている男は、詩安が望んでいた男の姿だった。
――金髪に、目つきが悪い、と。
「お待ちしておりました」
「あぁ? 意味分かんねえ……なんでもいいから、長槍をくれ」
「代金は?」
詩安が訊くと、客の男は懐から紙幣をまとめたものを取り出し、叩きつけた。人のこと言える立場でもないが、品がねえなあ、と詩安は思った。
「すごい額だ。それでも、また金が入ってくるあてがあるんでしょう」
嫌味な笑みを浮かべて詩安は言った。
「何が言いたいんだ、お前?」
もっと目つきを悪くするのかと思いきや、何故か目元から力を抜いた表情になったので、詩安は拍子抜けした。
「遊んでくれませんか、俺と。賭けです」
詩安は言った。
「……内容によっては」
「俺が勝ったら、穀物代所で契約したことを全部破棄、もし貴方が勝ったら」
「どうするんだ?」
詩安の提案に対して、客の男は特に何も突っ込まなかった。
気味が悪いくらいにトントン拍子で話が進む。
何で穀物代所での契約なんて知ってるんだ、と普通なら訊くところだろうが、どうやらこの男、あまりそういう関心がないらしい。
「店のもの全部あげますよ」
「!」
詩安の答えに、さすがに客も驚いた様子を見せた。何て酔狂な奴だろう、と思われたのだろう。
「遊びの内容は、三種の刀戯でどうですか」
「何だそれ」
客の男は怪訝そうな表情を浮かべた。
「桃花刀、赤薫刀、朝咲昼刀と、三種の刀があります」
それぞれの刀の刀身には、桃色、赤、紫と、それぞれ線が刻まれている。それぞれ敵に斬りかかった時に、違う効果を発揮する刀だった。
「良い刀だな」
「どうも」詩安は淡々と言う。「互いにこの三本を帯刀して。三種の刀、相手が抜いた剣を瞬時に見極め、同じ刀で交戦する。剣を抜くのも収めるのも一瞬のうちに出来なければならない、というものです」
「よし、やろう」
客の男は目に光を落として言った。
捉えた、と詩安は内心でほくそ笑んだ。
詩安と客は二人で連れ立って外に出た。詩安は六本の刀を手にしていた。互いに三本ずつ帯刀すると、距離を置いて向かい合った。
「これはどうやって始める?」
「そちらから適当に斬りかかってきてください」
客は頷くと、帯に挟み込んだ刀を鞘から引き抜いた。
(こいつ、説明聞いてたのかよー!)
詩安は目を見開いて驚いた。
さっきの説明をどう捉えたのかは分からないが、客の男は今、刀を二本抜いたのだ。この遊びの正しいやり方は、相手が赤薫刀で斬りかかってくれば、こちらもそれを赤薫刀で受ける。他の刀で受けるか、受け止めきれなかったら負け、そういうものだ。
二本抜いた奴なんて、初めて見た、と詩安は眉をしかめた。
桃花刀、朝咲昼刀。
「――っ」
仕方なく、詩安も二本の刀で交戦する。すかさず鞘に納める。次の瞬間、すかさず桃花刀で客に斬りかかる。全く動じていない様子で、相手は桃花刀で攻撃を受け流す。
「――お前が勝ったら武器も金も女も、手引いてやるよ。俺は骨の有るやつ闘うことが何より好きでなあっ!」
客が叫んだ。
詩安は手いっぱいで、何も返せなかった。
(何で喋りながら出来るんだよ……!)
苛立った詩安は交戦のスピードを早めていく。
流石にこの加速にはついていけなかったのか、客は顔をしかめた。
そしてついに、詩安が朝咲昼刀を繰り出した時、客はそれを赤薫刀で受け止めた。
「終わりですね」
「はぁ、なるほど。こういうことか……」
客の男は納得した様子だった。
「それじゃあ、長槍をお持ちしましょうか」
詩安は言った。
そもそも、長槍は普通に買おうとしていたのだ。代金も出しているし、渡さない方がまずい。詩安は店へと踵を返そうとした。
すると客が、
「いらねえ。面白いもん見せてくれた礼に置いてく」
と言った。
「あんなに?」
叩きつけられた紙幣の厚みを思い出す。数えてはいないが、人にぽんとあげられるだけの額ではないことぐらい、すぐに分かる。
「帰るわ」
手をひらりと上げて、客の男は去っていこうとした。
「あの、名前は?」
「雷針」
「避雷針の?」
「避雷針から避けると言う文字を避けたやつだ、じゃあな」
――あぁ、良かった、武器屋をすっからかんにされなくて。
平静を装いながらも、詩安は心底ほっとしていた。




