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異世界は手ごわい

 雷針――という男と出会った翌日、由布梨は窮地に立たされていた。

 基希が金の工面のために、穀物代所の本部に出向いたらしく、不在だった。

 そんな時に、由布梨は偉い人、基希の上司の上司というような人と対峙していた。

 空気は不穏だった。その理由は、由布梨の昨日の行動だった。


「どうして先に聞かなかったのかね。そしたら、断ることだって出来たのに」

 偉い人が不機嫌な理由は、由布梨が独断で雷針を広間に通してしまったことに対してだった。過ぎたことを言われても、とか、まさかあんなことになるとは思ってなかったし、と由布梨は内心開き直っているところもあった。

 しかし、偉い人に怒られると、どうしてもしゅん、としてしまう。


「すみません。普通のお客さんだと思って」

「君、研修期間は自由にクビに出来るんだよ、分かってるね?」

「え」

 由布梨は偉い人の言葉に固まった。まさか、今のがクビ宣告なんだろうか。

「当たり前じゃないか」

「あの、どうにかします! どうにか、ってどうするのか分からないですけど、でもどうにかします!」

「期待せずにいるよ」

 上司は由布梨に冷たい視線を残して去った。由布梨は頭を悩ませた。どうにか、って本当にどうすればいいんだろう。でも、無職は困るのだ。非常に困る。景臣先生は女嫌いだから診療所で、働かせてはもらえないだろうし、魔法使いには戻れないし、剣士とかもっと無理だし、と由布梨は頭をグルグルさせた。


「あの子、クビなっちゃうんだって」

「えー可哀想。まだ一週間も経ってないよね」

「嫌な客に当たったよね、ホント」

「だって断ったら断ったでキレるじゃん、ああいう場合」

 由布梨の近くにいた女子の先輩がそんな会話を交わしていた。由布梨はその会話に混ざって、「そうなんですよ!」と言葉を挟みたくてたまらなかった。

 しかし、その気持ちをぐっと抑えこむと、掃除のために外へと出た。由布梨には今、他の仕事がないのだ。


「これで誠意を見せるしかない……はぁ、何でこんなことに」

 木のほうきで地面を掃くと、由布梨はぶちぶち文句を言った。

 だいたい、この世界に来てから問題が多いと思う。いきなりモンスターが飛びかかってくるし、助けてくれた女の子と仲良くなった矢先に同じ人を好きになって気まずくなるし、色取君怪我しちゃうし、魔法はじんましんが出るし、現職をクビになりかけてるし。


「泣きたくなってきた……」

 割と能天気な性格ではあるが、さすがに心が折れそうだった。

 普通、ピンチになったら効果を発揮してくれそうな石が、結局何の役にも立たない。ピンチはチャンス、と言った人にすら、文句を言いたいような気になってくる。今のところチャンスの気配はゼロだ。

 じわっと、目に涙が溜まって、由布梨は瞳全体が熱くなってくるのを感じる。

 泣いちゃおうかな、という気持ちと、まだ泣いちゃダメ、という気持ちの間で由布梨は揺れた。

 やや間が開いて、掃いた地面の上に一粒の涙が落ちてしまった、その瞬間。


「由布梨ちゃん、仕事中?」

 と誰かが声を掛けた。

「詩安さん」

 由布梨が声の方角に振り向くと、そこに立っていたのは詩安だった。いつも通り、愛想の良い笑みを浮かべている。

「一応、仕事中です」

「……由布梨ちゃんが、頑張ってる姿がすごく俺は好きだけど、無理してるのは見ていられないな」

 詩安が言った。ばれてる、と由布梨はハッとした。目の縁をそっと指でなぞり、数回瞬きをして涙を乾かした。

 それなのに、また温かい涙が出てきてしまう。

「もー、泣きすぎですね、ホント」

 今更、由布梨は不安に駆られた。二百億ノリ、そんな大金を由布梨の行動一つで用意する羽目になってしまったのだ。

 とんでもないことをしたのかも、と今になって現実を実感してくる。


「どうしたの? 俺、由布梨ちゃんの話なら最後まで聞くよ。たとえ、途中で誰かが君を奪いに来ても、絶対に話を中断させない」

 いつものように、由布梨にはしっくりこない台詞を詩安は言った。由布梨には詩安の言葉が難解で分かりづらく感じられる。ただなんとなく、そこに優しさが込められていることは察せられる。


「私が担当したお客さんが、実はものすごい数のモンスターを倒していて。それ相応の金額を用意しないといけなかったんですけど、それがどうも大変なことらしくて……」

「そっか。俺は全然、由布梨ちゃんが責任感じる必要ないと思うんだけどな」

「いえ、私が用意出来ますって言い切ってしまって」

「それでも気にする必要ないと思うけど」詩安は由布梨を安心させるように微笑む。「もし、さ。由布梨ちゃんに今、手を差し伸べてくれる王子様がいるとしたら、どうやって助けるんだろう」

「んん……分かりません」

 由布梨は興味なさげに答えた。もし、の話をされても、由布梨は乗り気にはなれなかった。現実逃避もいいけれど、今はそんな場合ではない、と思う。


「そのお客さんって、どんな人?」

 詩安が訊いた。

「このあたりまでの金髪で、目つきがずっと険しいです」

 由布梨は昨日、広間にドカッと座っていた若い男の姿を思い浮かべて答えた。印象的だったのは、輝くように綺麗な金髪と、やはり目元だった。


「そうなんだ。由布梨ちゃん、あまり気にしすぎないでね」

 詩安が頷くと言った。

「ありがとうございます。掃除、終わったんで戻りますね、では」

 由布梨はほうきを持って詩安に頭を下げると、穀物代所の中へと戻っていった。


 少し話し込み過ぎたかな、と不安になったが、そうだ、仕事が他にないんだから心配する必要ないんだ、と気付き、ほっとするような、しないような複雑な気持ちになった。


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