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穀物代師の男[後編]

 数日後、深刻そうに焦った表情の由布梨が基希の前に駆けよってきた。

「すいません、基希さん。私、やらかしたかもしれません!」

 由布梨は分かりやすく頭を抱えた。

「どうかしたのか?」

「えーと、さっき外で掃除してる時に、ある人に話し掛けられて。その人が、モンスターを倒せば、その数だけ確実に金を出すんだろう、と訊いたので、もちろん、と言ったのですが」

「それで?」

 基希は先を促した。

「どうやら、前例のない数モンスターを倒したらしく、口座から紙幣が枯渇したらしいんです……」

「本当なのか、それは」

 基希は驚きを隠せなかった。

 確かに前例がないだろうと思う。自分も一度もそんなケースは聞いたことがない。

「わ、私あの、広間に通してしまいました。どうしよう、どうしよう」

「大丈夫、由布梨はただ仕事をしただけだから」

 基希は由布梨をなだめ、広間に向かって行った。


 穀物代所、和邸――その広間に通された人物を、基希は襖を開けて見据えた。

 殺気を放ち、眼光鋭くして腰を下ろしているまだ若い男だった。

 これでもか、と言うほどに輝く金髪を、首根のあたりで適当に切ってあるような髪型。目つきが悪く、眉も口元も、感情表現のためにあまり動く様子はなかった。ただ不機嫌そうに左右に視線を振るだけだ。


「――あらかじめ、言っておいてやろうと思ってなあ」

 若い男はにやりと笑って言った。

 あぁ、人を睨み付けながら笑うなんてことがあるのか、と基希は驚いた。

 自分がそんな表情をしたことは、今まで一度もないし、これからもないだろう、と思う。

「何をですか?」

「金だよ。金を用意しとけって話だ。――これから、遺跡を占領してるモンスターを全滅させてやるつもりでな」

 男は薄っぺらな笑みを湛えて、高慢な態度で言った。

「まさか、そんなこと」

 基希には信じられなかった。もう、遥か昔から倒せなかったモンスターが逃げ込み、手をつけられないほど繁殖しているという噂の場所だ。

 

 もちろん、戦闘能力のない自分は見に行ったことがない。しかし、魔法使いでも、腕の立つ武闘家でも、そうそう手は出さないと聞く。何より、モンスターの数が多すぎて、手がつけられないからだそうだ。それなら、境界の壁から出てくるモンスターを日々倒して、金を貯めていく方がリスクが少ないので、みんなそうしている。

 それが、遺跡のモンスターをすべて討伐するとは、基希は無茶な夢物語を聞かされているように感じた。


「出来ねえって言いてえのかよ」

 若い男は基希の反応が気に食わなかったのか、ぎろっと睨み付けていった。

「いえ。ただ、そこに討伐に向かう人は、そういないもので」

「――そいつらと俺を一緒にされても困るんだよなあ」

 戦闘狂らしいこの男、どうやら本気であの遺跡に赴くらしい。

「それで今日は挨拶と、これだ」

 男が背後から何かを取り出して、畳に叩きつけて転がした。

「これは……」

 地面に転がっている粘り気のあるものの正体は、まだ息のあるモンスターの頭部だった。思わず息を呑み、目前の男と交互に見比べる。

「遺跡の一部のモンスターを壊滅させた。その土産だ」

「まさか、信じられない……」

 基希は口を覆った。

 たった一人で遺跡の討伐を、一部とはいえ成功させたと言うのだ。何体のモンスターを倒したのか、数えだしたらキリがないくらいだろう。口座が紙幣を吐きだせなくなるくらいだ。五百体は下らないだろうか。

 基希が言葉を失っていると、男は卓の上の、半紙と筆を取り出すとさらさらと書き入れた。


「約束してもらおうか。今日受け取れなかった分と、今度遺跡のモンスターを壊滅させた時に、俺に渡す金だ」

 紙には二百億ノリという文字が見えた。二百億ノリ、そんな大金、とても用意出来る額ではなかった。しかし、いったんこの広間に招き入れた以上、出来ません、というわけにもいかない。

「金額は今すぐには用意出来ませんが、必ず都合をつけます」

 基希は言った。

「おい、俺を待たせるきか」

「少し時間を頂かないと」

「早く用意しろ。それか、代わりを考えてやってもいい」

「代わり……」

 基希は首を傾げた。金の欲求をしに来ているのに、何が代わりになるのだろうと、部屋を見渡す。ここは宝石や、高価な美術品の一つもない簡素な部屋だ。


「そこの女をくれるんなら、金は遠慮してもいい」

 男は入口を指差した。基希はハッとして入口を振り返る。

 そこには来客用の湯呑を盆に乗せた由布梨が立っていた。

 突然、自分が指差されている状況に驚き、彼女は目を皿のようにしていた。

「それは絶対に許せません。金なら、すぐに工面してやるよ。じゃなかった、させていただきます」

 基希は自然と語気を強めて、卓を挟んでその男と睨みあうような体勢になっていた。いくら無理難題を吹っかけてきても、客は客だ。冷静に、そして丁寧に対応しないと、と基希は自分に言い聞かせる。


「それなら文句はねえな」

「お名前を伺っても?」

 基希は尋ねた。

「雷針だ。忘れるなよ」

 雷針、と名乗った若い男はその場でモンスターにとどめを刺した。

 モンスターは消滅したのを確認すると、雷針は何事もなかったかのような表情で広間を後にした。

 厄介な問題を抱え込んでしまったな、と基希が思っていると、由布梨が横に来て言う。


「大丈夫ですか?」

「え? あぁ、前例はないけど、どうにかなるだろう。二千ノリ、見たことはないんだけれどね」

「最初から、出来ませんって言っておかないとダメでしたよね……」

 由布梨は自分の対応を振り返って、後悔しているようだった。

「いや、本当に由布梨は悪くない。安心して、ね」

 基希は言った。内心ではどうするべきか分からず戸惑っていたが、彼女の手前そんな表情を見せるわけにもいかない。どうにか数日以内に、各地の穀物代所を回って、都合をつけてもらう他はない。

 不安そうにしている由布梨を帰らせた後、基希は飛行所へと走り出した。


「久しぶりだな」

 飛行船から向かう場所は、穀物代所の本部がある地だ。そこはこの江瑠戸西から海を越えた大陸にあり、そこはモンスターが根を張らない、安全で貴重な土地だった。

 名前は安住の地、という。

 

 さすがに、海を何キロも遠く隔たっている場所に辿り着くまでに、モンスターは何らかの方法で淘汰されるのだろう。安住の地にモンスターが出たのは、もう十年前が最後ではなかっただろうか。その安全昔話が買われ、そこには多くの人が住んでいる。人口密度は、他の土地とは比べ物にならない。

 

 金属製の飛行船には、移動魔法を封入しており、魔法を動力源として飛んでいる。不格好にくりぬかれた船体には、氷魔法で作られた溶けない氷が張られていて、外の景色を確認出来る。

 今はもう夜で、景色といっても暗闇ばかり。船内は小さな明かりがぼんやりと照らすだけで、外も中も大した違いはない。基希は目を閉じて考えた。

 基希にとって、安住の地は一応の故郷だった。

 しかし、もう十数年前から江瑠戸西に引っ越して、戻ってくるのもかなり久しぶりだ。基希には持論があった。

 モンスターを倒すのは、元からこの世界にいる人間がすればいい、と。

 由布梨のように、偶然この世界に辿り着いてしまった人こそ、安住の地に住めばいいのでは、と常々考えていた。基希が江瑠戸西にいるのは、いつか自分もモンスターを倒せるようになりたい、と思っているからだ。

 占いの館で、魔法使いにも、武闘家にも、剣士にも、一ミリも向いていませんよ、と宣告されたが、それでもいつかは、という意気込みがある。


「守られるって、不自由じゃないか?」

 基希は呟いた。


 いつだって、自分は守られている、と思う。そして、守られるというのも悪くはないが、自分で自分を守れる方が、もっと自由な気がする。

 仕事でいくら出世しても、モンスターを倒している職業の人にはかなわない。

 ふう、と基希は深く息をついた、


 数時間後、飛行船は安住の地へ到着した。

 基希は久々に、安住の地へと降り立ち、穀物代所の本部へと走り出した。


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