表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/78

絶・対・絶・命


「テオウシ・バクタイカ!」

 

 花札世界での不思議な出来事の翌日、由布梨は境界の壁の前にいた。もちろん目的はモンスターを倒すことだけだった。

 境界の壁から出現してくるモンスターはどれも由布梨にとって見覚えのある姿形をしているものばかりだった。安心してはいけないけれど、由布梨に油断を生じさせるには十分だった。


 ――あれも知ってる、これも知ってる。


 モンスターの姿にはバリエーションが感じられない。もはや、ただの流れ作業のようにモンスターを倒すのが由布梨の日常になっていた。


(すっかり、慣れてきたなあ。この変な生活)


 目前で揺れている、ウサギ型宇宙人っぽいモンスターにつられて、由布梨が視線を左右に振ると、視界の端に色取が映り込んだ。

 綺麗な横顔だなあ、と由布梨は思う。

ドキドキするような、逆に落ち着くような不思議な横顔で、それは三日月に似ている。

色取に夢中になっていた次の瞬間、境界の壁の中に、モンスターが新たに出現しているのがぼんやりと由布梨には見えた。


「これって?」

 そのモンスターはまだ見たことのない形をしていた。ポテトチップスのように、凸凹とした輪郭を持ってて、薄っぺらかった。

 あ、美味しそう、なんてことを由布梨は呑気(のんき)に考えていた。

 境界の壁から現れたポテトチップモンスターは、ずるりと壁から身を剥がすように現れた。

 いつも通り倒せばいいんだ、由布梨は魔呪文本を握りしめた。

 しかし、次の瞬間にモンスターは由布梨の目前から消えていた。


「あれ、どこに……」

 目を開いて周りを必死にキョロキョロと見渡すが、どこにもモンスターは見当たらない。

 一体どういうことなのだろうか。嫌な汗が由布梨の額を伝う。

 巨大なクモが家に出たのに、それをすぐに見失った後の焦りにすごく似ている感覚だった。由布梨は、こういった類の緊張がとても苦手だ。見たくはないけど、早くモンスターが見つからないと、落ち着かせる方法が分からない。


「何か、嫌な予感するよね」

「あぁ……」

 その会話をした後、色取がハッとしたような表情になった。

「由布梨危ねえっ!」

 そして色取はなだれ込むようにして由布梨を突き飛ばした。

「きゃあっ」

 とっさのことだったので何も対応出来ないまま、由布梨は地面に尻もちをついて色取の顔を見上げる。

「い、いきなりどうしたの?」

 問いかけるが、色取は顔を顰めて歯を食いしばるようにしていた。

「色取君? 色取君、どうしたの」


 彼の足元にゆっくり視線を落としていくと、彼の足元に何かが絡みついているのが見える。真っ黒のつたのようなものが彼の足にまとわりついて、強い力で締め上げているのだろうか。

 そのつたの出所を目で追いかけると、色取の影に覆いかぶさるように、そこにいた薄っぺらのモンスターだった。おそらく、境界の壁から出現したモンスターは、地面を這って移動し、あっという間に由布梨と色取の足元を占領したのだろう。

 そのモンスターの動向に先に気が付いた色取は、由布梨をとっさにかばったのだった。


「由布梨、離れろ」

 色取が消え入りそうな声で言った。

「大丈夫、すぐに倒すから……」

 そこまでの言葉を口にして、由布梨は戸惑った。

 どうやって、彼を助ければいいのだろう。魔法を使って彼を助けようとしても、モンスターへの攻撃と巻き添えに、彼のことも傷つけてしまう可能性が高い。

 もし、これが熟練者ならば、調整も効くのかもしれないが、今の自分くらいの初心者が呪文を唱えたら、取り返しのつかないことになるだろう。

 あたふたと、その場で右往左往してばかりいるわけにもいかず、由布梨は色取の足元に転がっている(まり)を拾い上げて、精いっぱい振りかぶる。


「こうやって、振り下ろせば」

 いつもは鞠を蹴って、魔力を発動させているが、地面に叩きつけても同じような効果が得られはしないだろうかと思ったのだ。

 由布梨がいつも使う、火系の魔法では彼を火傷させてしまいそうで怖い。

 この鞠の、青い部分に衝撃を加えれば、氷系統の技が発動する。


(でも、もしかしてそれ、凍傷の危険が……?)


 由布梨は動きを止めた。

 悪魔の天秤が脳裏に思い浮かんだ。火傷か、凍傷か。それとも、モンスターか。どれが一番危険なのだろうか。頭はどんどんまとまらなくなって、振り上げた腕もそのままに、由布梨は固まっていた。


「由布梨、離れろ!」

 今度は久高が由布梨に向けて言った。

 でも、と由布梨が言おうとしたほんの一瞬の間に、少し離れた位置にいた久高の手から、何かが投げ放たれた。それは宙できらりと光を反射しながら、弧を描いて、色取の下に影のようにそこにいるモンスターの体躯へと真っ直ぐに突き刺さった。

 モンスターはいつものように黒い煙のようになって宙に溶けていった。

 地面には、久高が投げた暗器が垂直に刺さっていた。


「色取君……」

 色取の額には、ただモンスターに締め上げられてうっ血していたという、状態にしては不安すぎるくらい、尋常じゃなく汗をかいていた。顔面は真っ白で、生気が全く感じられなかった。

 周りにいた、弥一郎や柚葉も色取を取り囲むように集まってくる。


「嘘でしょ、色取君……」

「毒だな」

 と、久高が苦しそうな表情をしながら言った。

「毒、って」 

 その時、モンスターを刺した暗器が、刃の部分から朽ちるところが由布梨には見えた。まさか、これが毒による影響だというのなら、彼はこれからどうなってしまうのだろう。そんなことを考えると、由布梨は心臓がうまく機能しなくなるほど不安に駆られた。

 由布梨は必死に自分の魔呪文本をめくる。回復魔法の一つを口にする。


「レンガ・バクタエガ!」

 しかし、回復魔法が発動する気配はなかった。

 由布梨の腕が足りない、ということなのだろうか。


(つかえない、こんな本!)


 苛立ちを解消するように由布梨は魔呪文本を地面に叩きつける。

 すると、弥一郎が色取を持ち上げようと引っ張った。

「――どうするんだ?」

 久高が訊いた。

「とりあえず、景臣先生のとこに連れて行こう」

「景臣先生……?」

 由布梨はその人物に、どうにか縋りつきたいという思いだった。

「よし」

 弥一郎が色取を背中に負い、風を切るようなスピードで走り出した。


「先生!」

 外装からは、ちょっと大きいだけの、一般的な家屋にしか見えないその建物の、扉を乱暴に開けると、由布梨たちはその中へとずんずん入って行った。

「……一体、何の騒ぎだ」

 扉を開けた先にいた人物は、腕を組んでゆっくりと訊いた。

「色取君がモンスターの毒にやられたんです!」

「あぁ? 毒?」

 弥一郎が負っている色取の顔色を見ると、景臣先生、と呼ばれているその人物は突然血相を変えた。

「すぐに中に入れ、そこに寝かせろ。ゆっくりだ、絶対に揺らすんじゃねえぞ」

 景臣はてきぱきと指示をした。

 中に入って、弥一郎は座敷の上にゆっくりと色取を降ろした。

 先生はおもむろに、ぶつぶつと何かを唱える。その呪文は、かなり長く、体感でおよそ十分は続いたのではないかと感じた頃、それは止んだ。


「確かに毒だ、しかもかなり悪質な」

 先生は額の汗を拭って、淡々と告げた。

「治ったんですか? 色取君……」

 由布梨はすがる様な心持で景臣に問いかける。

「いいや……」景臣は首を左右に振る。「断続的(だんぞくてき)に解毒しねえと。今のでようやく一部抜けたくらいだろう」

 由布梨は色取の顔を見る。さっきより、肌に血の気もあるように見えるが、快方に向かっていく予兆ではないのだろうか。本当に、そんなにひどいなんて、信じられない。

 モンスターが、そこまで危険な存在だったということを、今更ながら由布梨は実感した。


「あとどれくらいで完全に治るんですか」

「そうだな。最低でもあと、同じことを十五回くれえか」

「じゃあ、それお願いします」

「はあ、あのな」景臣がため息交じりに言う。「俺の体力は底なしじゃねえんだよ」

 体力、という単語に由布梨はハッとする。

 そうだ、魔力は無限に使えるわけじゃない。一日の中にも限度というものがある。回復魔法も、遣いすぎたら先生が干からびてしまう。


「すみません」

 由布梨は頭を下げた。

 色取の様子を見て、自分の中に余裕がなくなっていることが由布梨には分かった。

 そもそも、自分をかばったせいで、彼は苦しんでいるのだ。

 私がもっとしっかりしていなければ、と由布梨は気を引き締める。


「――入院させるが、それでいいか?」

 景臣が訊いた。由布梨は一も二もなく頷いて、

「お願いします。治療費はすべて、私が払います」

 と言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ