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摩訶不思議な花札

 安心したのもつかの間、ドヤドヤとモンスターがまた出現してきた。

 時計モンスターと一見変わりはないようだった。

 

 しかし、よく見ると、バリエーションがなかなかに豊富なのだ。

 ストップウォッチに脚を生やしたもの、胸に時計を持つ鳩のような見た目のもの、凸凹(でこぼこ)と変形した形の時計に脚を生やしたものがいた。

 前半二つがストップウォッチと鳩時計をイメージしていることはかろうじて分かるが、最後の変形時計モンスターは一体なんだろう。

 そんな疑問もほどほどに、さっきと同じやり方で倒して行けばいいのかと、由布梨が考えていると、久高が言った。


「おい、真っ先にあれを倒せ!」


 久高が指差した先には、あの変形時計モンスターがいた。

 数を数えてみると、それは七体いた。

 全員で一体ずつ担当すればあっという間に終わるだろう。

 久高が地面を蹴り、宙で回転すると、その勢いのままに武器を投げ出した。

 先端の尖った数種類の暗器は変形時計モンスターを的確に射貫き、空いた穴から崩れるようにモンスターは消滅した。

 弥一郎が取り出した花札からは、大きく翼を広げ、(まばゆ)い光を放つ鳥が放たれた。


「あれ、まさか鳳凰(ほうおう)?」

 由布梨は呟いた。

 札から現れた鳥は、伝説の生き物として名高い、あの鳳凰ではないだろうか。

 もちろん現物は見たことがないが、あの神々しさを見れば、間違いないと由布梨は思った。

 赤とオレンジと金色を織り交ぜたような翼をはためかせる鳥は、銀白の雷をモンスターに落とした。そしてそのまま鳥は、地面に着地することなく、辺りを旋回(せんかい)すると元通り、札の中に吸い込まれていった。


 花札の中に鳳凰の絵があっただろうか、と由布梨は回想する。


 記憶の糸を手繰ると、月の絵や(いのしし)の絵が思い浮かぶ。

 あんなに流麗な鳥の絵があったかどうかは由布梨には思い出せなかった。

 遊び道具でしかない花札が、武器になるとはつくづく面白い世界だな、と由布梨は感心した。

 真っ先にあの変形モンスターを倒せ、と指示された理由はまだピンと来ていないが、由布梨もどうにか一体倒してみようと思った。


「ロウエ・バクタイミ!」

 由布梨が魔呪文を唱えると、ポンプのような水が変形時計モンスターにぶつかった。


 その時、突如としてストップウォッチのモンスターがけたたましく音を立てた。

 ジリリリ、と朝のうるさい目覚ましの音のようだった。


「な、何これ?」

「まずい、鳴りやがったな……」

 久高が頭を抱えた。

「俺は何をすればいい?」

 色取が訊いた。

「ストップウォッチを止めてきてくれ」

「分かった」


 色取が走り出した。

 そして、ストップウォッチの頭にある、赤いボタンへと手を伸ばした。

 その瞬間、ストップウォッチは脚を振り上げて攻撃しようとした。

 久高が放った暗器が、地面にその脚を刺して拘束した。

 色取はボタンを押した。


「よっしゃ!」

 ストップウォッチの音が鳴り止んだ。

 今のうちに、と色取が蹴鞠をモンスターに振り下ろそうとした瞬間、モンスターの体に文字が浮かび上がってきた。

 

 ――ただいまの記録23秒。


「なんだ、これ」

 その記録を由布梨たちに報告すると、ストップウォッチのモンスターは消えた。

 ただうるさくするだけして、その音を止められると、記録だけを報告して消えていく。この世界に来て初めて見るタイプのモンスターだった。

 

 次から次へと、ストップウォッチから音が鳴りだす。

 いくつも重なった音があまりにもうるさく、頭が割れそうだった。

 その音を止めるために由布梨たちは奔走(ほんそう)していた。

 するとその隙に、変形時計モンスターに異変が発生した。

 前触れもなく、その凸凹とした輪郭(りんかく)の時計がぱっくりと、取り分けられたピザのように分割された。


「何もしていないのに割れた!?」

 由布梨が目を開いて驚いていると、時計の長針が逆回転するのが見えた。

 しばらく逆回転を続け、それが止まると、さっき倒したはずのモンスターたちが何故か全部復活していた。

「さっき倒したはずなのに何で……」

 信じられない、といった表情の色取と目が合う。

 しかし、他の面子はみんな驚いているというよりかは、がっかりというような表情を浮かべていた。


「あの変形時計のやつさ、早く倒さないと、ちょっと前に時間を戻しちゃうんだよね」

 柚葉が額を手で押さえて言う。

「だから、消えたはずのモンスターが……」

 うじゃうじゃとモンスターは長蛇の列を作っている。

 さっきまでの苦労が水の泡、という言葉は今使うべきなのではないだろうか、と由布梨は疲れた頭で思った。

 逆に進んだ時計の針によって、モンスターは復活したとしても、由布梨達の消耗した体力はちっとも戻ってこない。

 他の面子の意欲が失われるのも、当然のことだ。

 ようやく久高があの変形モンスターを真っ先に倒せと叫んでいた意図が、由布梨には分かった。確かに厄介(やっかい)だ。何度でも時計の針を戻されると、ループしてしまう。

 永遠にモンスターと戦い続けなくてはいけなくなる。


「役割分担しよう、ストップウォッチを止めに行く係と、復活したモンスターを倒しに行くのと」

 由布梨は提案した。みんなは頷いて同意を示してくれた。

「由布梨ちゃん、私あれの音を止めてくるわね」

 佳代が片足を上げて言った。

 指差した先にいたのは、他のモンスターと比べていっそう大きなストップウォッチだった。

「大丈夫ですか?」

 佳代に任せるには荷が重いのではないかと思って訊く。

 この前、仕事ってしんどいじゃない、と(こぼ)していた彼女の姿が、由布梨の脳裏をよぎっていく。

「へーき、へーき」


 佳代は頭の上で大きく丸を作ると、袖から花札を一枚滑らせた。

 指の隙間に挟まれた札が光を放つ。

 由布梨がまぶしさに目を細めていると、徐々に光が弱まり、全貌(ぜんぼう)が見えてくる。

 なんと、佳代の頭からは鹿の角が生え、背中からは蝶の羽が生え、さらに獰猛(どうもう)な猪を乗りこなしている。


「ひ、ひとり猪鹿蝶(いのしかちょう)?」

 猪突猛進――その言葉通り、佳代はストップウォッチへと進んで行く。

「えええっ」

 あっという間にすべてのストップウォッチを止めてしまい、あたりは元通りの静けさを取り戻した。

「うるさくてどうにかなると思った……」


 久高が不快そうに(しか)めた顔で呟いた。

 本当にね、由布梨がそう言おうとすると、まわりは再びうるさくなった。

 今度はストップウォッチの音ではなく、鳩の鳴き声だった。

 境界の壁の前で、ただ優雅(ゆうが)に首を振って散歩していただけの、あの鳩時計モンスターが暴れ出したのだ。

 どこに仕込んでいたのか、鳩時計モンスターの中から、手のひらサイズ以下の小鳩がたくさん飛び出し、鋭いくちばしを自慢げに見せていた。


「これも敵だったの!」


 さっきの十二時モンスターしかり、この鳩時計モンスターしかり。

 由布梨は楽な方向にばかり考えてしまう。

 てっきり、何の害もないものだと思っていたのに、そんなことは全然なかった。

 鳩たちはナイフのように光ったくちばしで、迷うことなく由布梨たちの目を狙ってきている。

 早くあの復活した時計モンスターを倒さないと、と頭では分かっているのだが、鳩に怯えるあまり、手で頭を覆って、由布梨は目を閉じてしまう。


(どうしよう、このままじゃ……)


 由布梨が嫌な予感を感じていると、鳩の群れを青い短冊のようなものが巻き上げ、どんどん鳩の陣形を崩しているのが見える。


「弥一郎さん」

 青い短冊の出所は、弥一郎の指先にある札からだった。

 由布梨の周りを取り囲むように攻め入って来た鳩の大群は消え、代わりに青い短冊があった。短冊に包み込まれた小さな空間に、由布梨と弥一郎だけがいた。

「大丈夫?」

「は、はい」


 やはり、圧倒的に戦闘経験が違うのだな、と由布梨は思った。

 弥一郎は、全くこの状況にまごついているようには見えない。

 由布梨が彼に尊敬のまなざしを向けていると、青い短冊がぱあっと散った。

 その隙間から、猪を乗り回している佳代が、残りの凶暴な鳩と、復活した時計モンスターにまとめて突っ込んでいくのが見えた。

 上空に舞い上がったモンスターたちは、数秒後に消えた。

 佳代は頭の上の、鹿の角に刺さった鳩を引き抜いて、


「今日は大変な仕事だったわねえ」

 と言った。

「佳代さん、すごいですね」

 由布梨は気持ちが綻んだ。

 ほんの少し前まで猪を乗り回していたのに、今はごく自然に穏やかに微笑むのだ。

「佳代お疲れー、バイバイ由布梨!」

 ようやく一仕事終えた、といった感じで柚葉と久高が伸びをしつつ帰っていく様子が見えた時。

 平和な日常を取り戻すことに成功したのだな、と由布梨はようやく実感出来た。


「さっきの鳥って鳳凰ですか?」

 由布梨は弥一郎さんに訊いた。

「そうだよ」弥一郎が札を見せてくれる。「この赤い鳥」

 札に描かれた柄は、赤い体躯(たいく)に短く丸まったくちばし、とさかのようなものが生えていて、どちらかと言うと鶏感が強かった。

 肝心の羽はほとんど渋い紫色で、金色は一切使われてなかった。


「さっき空を飛んでた鳳凰の方がカッコよかったですねぇ」

 花札をさらさらめくりながら由布梨は正直に言った。

 弥一郎はくすくすと笑っていた。

 その横で色取が浮かない表情をして、由布梨を見ていた。

「色取君?」

「なぁ由布梨」色取がためらいがちに言う。「今日の俺は、あんまりダメだった。だけど、それでも由布梨の隣を死守する。……そういうの、どうかな」

 由布梨は迷うことなく答えた。

「私は嬉しい!」


 その時ふと、着物の袖の内側に冷たい風が(はら)むのを、由布梨は感じていた。



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