魔道具店に行ってみた!
由布梨達は必要な道具を買いそろえるために、魔道具店を訪れた。
魔道具店に入って、由布梨が最初は思ったことは、
「ごちゃごちゃしてる……」
だった。
おそらく天井からすべての商品を吊っているのだろう。
床上数十センチメートル、それより天囲にかけては魔呪文本やら蹴鞠やら、で埋め尽くされている。
由布梨がその光景に目を奪われていると、いきなり店の奥、商品の藪の方から声が漏れ出てきた。
「いらっしゃい。マドーさんの魔道具店にようこそ」
「えっ、どこですか?」
「ここだよ~」
右端に吊られている本のあたりが揺れていた。
「ここ? こんにちは?」
「こっちだよ~」
今度は左端の方が揺れていた。
「……何なんですか一体?」
色取が呆れた声を出すと店主が、
「何をお探しでしょうか?」
と姿は現さないまま訊いた。
「俺が蹴鞠で、こっちの子は魔呪文本……て、見えてないでしょうけど」
すると店主は、
「それではそれぞれ、本のゾーンと鞠のゾーンに突入して来て下さあい」
と言った。
由布梨と色取君は顔を見合わせた。
「――入る?」
「そうだな……」
じゃあ私こっちだから、じゃあ俺こっちだから、と。
まるで交差点を別々に曲がって帰路につく時のように二人は別々に店内を進んだ。
由布梨は赤や青のシンプルな装丁が施された本たちに、頭をさらさら撫でられながら、店の左奥に進む。
斜め横を見ると、木、石、金属に文字が彫られている本がいくつもあった。
その近くの黒とグレーの縞模様の本を開いてみると、一切文字がなかった。
代わりに白紙のページに浮かび上がってきたのは、ホログラムのようなものだった。見開きのパージをまたいで、浮かび上がってくる人物は無音のままずっと同じ動きを繰り返している。
パントマイム、というものだろうか。
ページをめくるたびに、違うホログラムが浮かび、さまざまなパントマイムを披露してくれる。
この動きが魔呪文と何の関係があるのだろう。
魔呪文本の中身に文字がなく、内容をパントマイムで伝えるなんて聞いたことがない。この本を欲しがる人がいるのだろうか、と疑問が芽生える。
またその横の水色の表紙の本を開いてみると、
「わあっ」
由布梨は思わず驚愕の声を上げた。
本の中から、また本が出てきたのだ。大判の本の中から、リモコンくらいのサイズの本が三つ挟み込まれていて、それが開いた瞬間に飛び出してきたのだった。
そもそも大判の本がメインの書物なのか、それとも飛び出してきた小さな本がメインなのか、よく分からない。どっちにしろ読みづらいことこの上ないな、と由布梨は思った。
その時、
「こっちでーす」
前方から店主の声が聞こえて来た。
このまま真っ直ぐ進んで行けばいいんだ、と由布梨がほっとしていると、ふと首の後ろにひんやりとした感触がして振り返る。
「あ、あぁ~……」
首の後ろに乗っかっていたのは、一冊の魔呪文本だった。
漆黒の表紙には複雑で怪しい魔方陣が、立体的なインクによって浮かび上がっている。
(ちょっとこれ、黒魔術の本なんじゃ?)
気になったので由布梨は思い切って訊いてみた。
「あの、ここって黒魔術に関するものを扱ってますか?」
「……ありませんよ~」
店主の声が返ってくる。
「その間が怖いんですけどね……」
由布梨が一人でツッコミをして、本の雨をかきわけ進んでいくと、ようやく店主らしき人物と出会うことが出来た。
「あ、どうも」
「どうも、魔呪文本が欲しいんですけど……?」
「かしこまりました。――それではこれを持って」
店主は由布梨にグレーの魔呪文本と、三つの金具が連なっている部品を手渡した。
「何だろう、これ」
「まず部品を本にはめてください」
「こうですか?」
少し手間取りながら本の上部に部品をスライドしてはめた。
「そうそう。三つの金具を自由に回してみてください」
由布梨は言われるがままに、意味は分からないが三つの金具を適当にいじった。
「これじゃないみたいですね」
店主が由布梨の手元に視線を落として言った。
「私に合わないってことですかね?」
由布梨が本から手を離すと、天井へと繋がっているつり紐によって本はぶらんと宙に浮いた。
「はい。ぴったり合うものが見つかると、音が鳴るんですよ」
へえ、と由布梨は感嘆の声を漏らした。
その後、店主に本を渡されるごとに数回同じことを繰り返した。
そしてとうとう薄赤のシックな魔呪文本に対し、同じことをすると見覚えのある音が店内に反響した。ピコン、と。
その音を聞くと由布梨は、バイトの発掘現場の土っぽい香りと、色取の笑顔を思い出す。
「つ、通知音が鳴った……?」
本の上部、金具から発されている音は間違いなく携帯の通知音だった。
「本人が一番思い入れのある音が鳴ります。――おめでとうございます。これが最もお客さんにふさわしい魔呪文本ですよ」
繰り返し発される通知音に紛れて店主が言った。
由布梨は本から早急に部品を外し、その音を止めた。
「じゃあこれ下さい!」
由布梨が本を買うことを決めた瞬間、右の方から色取の大きな声が飛んでくる。
「鏑木? 携帯の通知音みたいなの鳴ってるけど、どういうことー?」
「何かよく分かんないんだけど、金具いじったら鳴ったの!」
「気に入る魔呪文本見つかったかー?」
「うん、色取君はどう?」
「俺はもう決まって、店主の人に代金を支払おうとして……」
「え? 私も店主と話してる最中……」
会話を交わしていて、由布梨たちは奇妙なことに気がつく。
「「店主二人いない!?」」
由布梨は目前にいる店主をしげしげと見つめる。
「待って鏑木が話してる店主って」
「坊主! あごひげ!」
「服は?」
「「ドクロ柄の着物」」
「「一緒だ」」
天井からごちゃごちゃとものを吊っているせいで色取の方が見えないが、奇妙な展開になっていることだけは、由布梨にもはっきり分かる。
由布梨は店主に詰め寄った。
「話をまとめると、店主さんは二人いるみたいなんですけど、双子ですか?」
「あぁドッペルゲンガーって知ってます?」
店主に訊き返された。
(こ、この店主やっぱり黒魔術使ってるんじゃないの?)
由布梨は顔をひきつらせて考えた。
「やっぱこの話大丈夫です! いくらですか」
由布梨は早口で店主に尋ねた。
言われた金額を布財布から出し、店主に押し付けるように渡すと、引き換えに魔呪文本を受け取った。
そしてまた、商品の藪の中をかきわけると、由布梨は店の外に出ることが出来た。
すると急にどっと疲れが押し寄せてくる感じがした。
由布梨が外壁に寄り掛かって休んでいると、店の中から色取が出てくるのが見えた。
「鏑木、なんか大丈夫……?」
色取は心配そうに訊いた。
「あぁ、色取君。あのさ」
「何?」
「黒魔術っておっかないよね……」
由布梨が大仰な様子で言うので、色取は不思議そうな表情で、
「何でその心境になったんだよ」
と笑った。
「後で話すね」由布梨は笑みを返すと訊く。「どんなの買った?」
「これ、見てみて」
色取が目前に差し出した蹴鞠には、三色の魔糸があった。
緑色、山吹色、水色。
由布梨が水色の部分にそっと触れると、そこは冷たかった。
「もしかしてこれ、氷属性?」
「そう、占いを信じてるんじゃなくて格好いいからだぜ」
色取が真面目に言うので、由布梨は思わず気持ちが綻んだ。
その時ふと、モンスターが出た、という境界の壁の方角から騒がしい声が聞こえた。
「行く?」
「行くか!」
由布梨達は二人で初めての戦闘――いわゆる初陣に乗り出したのだ。
「――サカナ……?」
境界の壁から出現したモンスターは背びれ、尾びれを持ち、さながら黒い鯉のようだった。ぴちぴちと地面で跳ね上がっているのだが、それがあまりにも激しいので思わずたじろいでしまうほどだった。
「あれ、倒していいの?」
色取がそのモンスターを指差して何故か由布梨に許可を取った。
「どーぞ!」
由布梨が手で示すと、色取は膝で蹴鞠を蹴りあげ、足の甲を緑色の魔糸の部分にぶつけた。
放物線を描いて飛んでいく鞠は、あの黒い鯉モンスターのまわりを一定の距離を保ったままぐるぐると回り、まるで戯れているように見えた。
その後、鞠は鯉に直接ぶつかるのではなく糸から緑色の棘を吹きだし、モンスターの体躯を貫いた。
モンスターはばたばたとひれを動かしてもがき、やがてその動きを止めた。
次いでいつものように儚く、黒い霧のようになって宙へ消えていった。
由布梨は一度ぴょんと跳ねて、
「色取君、全然初めてとは思えないね!」
と言った。
「そうかな」
色取がぎこちなく笑った。
モンスターを簡単に倒したように見えて、内心では殺生をすることに対して多少の葛藤があったのかもしれない、と由布梨は思った。
しかし、由布梨は初めてモンスターを前にした時、腰を抜かしてしまったのだ。それと比べると、色取は遥かに頼もしく見えた。
「――すごい」
由布梨は頷き念を押すように言った。
基希から渡された口座に色取は手を突っ込んで引き抜いた。
そこには紙幣が何枚か握られていた。
「うわあ」
喜びより先に驚愕が訪れた表情で、由布梨と色取は見つめ合った。
「……良かった。これで鏑木に金が返せる」
色取は安堵したように言った。




