ただいまの場所を失ってでも
その日以降、柚葉と一緒に働いていて、うまく会話出来ない日々が大分続いた。
由布梨は自分の身の振り方を考えるようになっていった。
――柚葉は家業なのだから、私が引くしかない。
由布梨は覚悟を決め、柚葉に頭を下げた。
「あの日から今まで本当にありがとう。……柚葉、私魔法使いになる」
すると柚葉は辛そうな表情で、
「ホント、ダメだな私。そうやって切り出されてほっとしてる。だって私羨ましすぎるから、由布梨のこと。隣にいると余計……」
と言った。
由布梨は彼女の言葉に同調するように数回頷くと、
「分かるよ、逆の立場なら私だって――」
と言った。
「え?」
柚葉が目を開いて訊き返した。
「それじゃ、魔法使いになるから」
由布梨はこれだけしか言わなかった。中途半端に同情するのは、柚葉を傷つけていく、と由布梨は思っていた。
「……いってらっしゃい」
由布梨は柚葉にそう送り出された。
「いってきます」
食堂の扉を開けて外へ一歩、一歩踏み出していく。
もうこの場所にただいま、と言って帰っては来ることはないのだ。
食堂を外からぼんやり眺めていると、どんどん寂しくなっていくような気がした。
由布梨は食堂から離れ、色取が働いている茶店に寄った。
店に入ってみると、見覚えのある人物が色取君に話し掛けていた。
「基希さん……?」
「こんにちは」
「鏑木、来てくれたのか!」
由布梨に穀物代師を勧めてくれた基希が、色取と話している。
なんとなく話の内容は想像がついたが、由布梨は訊いてみた。
「二人ともなんの話を?」
「――もちろん色取君の情報を聞きつけ、穀物代師に勧誘しているんだ」
基希が言って、色取はぎこちなく笑った。
「俺はムリですよ」
「……そうか。だが気が変わったらすぐに言ってくれ」
「はい!」
話が終わったところで、由布梨は口を挟んだ。
「基希さん、頼みたいことがあるんですけど」
「何だ?」
「口座が欲しいんです」
由布梨が言うと、色取は不思議そうな顔をした。
「口座?」
「うん……」
「――口座、このタイミングで言うということは……まさか食堂を辞めたのか?」
基希が訊いた。
「はい」
「鏑木……」
色取は驚いて由布梨を見ていた。
「それで次の職はどうするつもりなんだ?」
「私、魔法使いになります」
その単語を聞いて、基希は愕然とした表情を浮かべた後、少し諦めたような表情にじわじわと移行していき、
「君はその道を選ぶんだな、なるほど……」と言った。
「はい!」
「それでは口座を用意しよう」
基希が言った瞬間、色取が手を挙げた。
「俺も蹴人になるんで、口座ください」
「君もか……。全くモンスターを討伐するなんて危険は避けるのが良いと思うのに」
「適職ですから、たぶん」
由布梨と色取は目配せして笑った。
「分かったよ。それじゃ、着いてきて」
由布梨たちは基希に先導されて穀物代所の建物に入った。
建物の中は広い床をカウンターのようなもので区切っていた。
そこの一画に積み上げられていた黒い木目の、ティッシュ箱のようなものを基希は取って、由布梨たちに差し出した。
「これは?」
「口座、という魔道具だ。モンスターを倒すと、ここに報酬が入る。――それでは、ここにサインしてくれ」
基希に紙を差し出される。
由布梨たちは傍にあったペンでサインをそれぞれ書き入れてから、紙を基希に返した。
「……これで終わりだ。くれぐれも討伐の時に、怪我にだけは気を付けて
くれ」
「分かりました」
由布梨達は頷いて、穀物代所を後にした。
「ありがとうございました!」
「あぁ、何かあったらすぐに相談するように」
由布梨達は口座を手にして外へ足を踏み出した。
由布梨はその時、魔法世界に来てから、ようやくそれらしい一歩を自分の足で進めたような気がした。




