Anniversary ~9/27は食い逃げにご注意~
数日後、バイト中の色取の様子を由布梨は見に訪れていた。
由布梨が入店すると、色取は嬉しそうな表情で、
「お客様お一人でよろしいですか?」
と、すっかり接客に慣れた様子で訊いた。
「はーい」
つられて由布梨も微笑みながら返事した。
「向かいの席に俺が座っても良いですか?」
「ええっ」
「いや、OKもらえても、残念なことにバイト中だから無理なんだけどね」
色取が照れくさそうに頭を掻いた。
「もう……」
「ここ座って、俺が作った団子味見してって」
「分かった、ありがとう」
色取はせわしなく店奥の厨房へと走り去っていた。
――元気そうで、良かった。
由布梨はほっと胸をなでおろした。急に異世界に来てしまって、大変だろうに、彼は元の世界にいた時と変わっていないように見える。精神的にすごく強いのだろうか? と由布梨は考える。
その時、こちらに駆けてくる色取の姿が見え、由布梨は思わずにやついてしまう。
「お待たせ、どうぞ!」
「お~」
団子が乗っかっている皿が、色取の手によって卓の上に置かれた。皿の中の白い団子はよく見ると少し透けていて、中に細かな気泡が見える。
「いただきます」
由布梨は手を合わせ、色取が作ったという団子を食べた。
「美味しい!」
頬を綻ばせて由布梨は言った。
「それ、白玉みたいだろ?」
「そうそう、思った」
「この世界だと白玉って呼ばないらしいんだけどね。……あ、そうだ。鏑木、白玉の日って何日か知ってる?」
「んー、分かんない」
「ちょっと考えてみて」
顎に指を当てて、由布梨は考えてみる。
「ヒントは、丸がたくさんある日付です」
色取が笑った。
「10月10日?」
「正解は8月8日でした!」
色取の正解発表に由布梨はどっと笑った。
確かに、この日付の中には沢山、団子の丸があるな、と由布梨は納得する。
「本当はその日なんだけど、こっちの世界では今日にしよう」
俺が必死こいて作った日だから、と色取は言った。
「いいよ~今日は何日?」
「9月27日」
「丸一個しかないね」
「一個あれば大丈夫!」
「そうなんだ」
団子の入っていた皿を下げ、茶を持って来るから、と言い残し色取は店の奥へと消えた。
すると、入れ替わるように若い女性の店員が、由布梨の前に来るなりこう言った。
「ごめんなさい、間違えてたら悪いんだけど、貴方もしかして……」
「はい?」
「色取由布梨さん……?」
その女性はためらいがちな口調で、がっつり間違えた。
「――いいえ、えっと私、苗字は鏑木です。由布梨は由布梨ですけど」
由布梨は念のために自分を指差しながら答えた。
「あっ! そうだった。確かに色取君もそう言ってた。何で間違っちゃったんだろう……」
その女性は自らの頭を「えいっ」と小突いた。
「あの、全然気にしなくて大丈夫ですよ!」
由布梨は急いでその女性のフォローをする。
「名字って慣れない文化で、うっかり。あ、私佳代って言います。由布梨ちゃんのことは色取君から聞いて……。二人とも向こうの世界から来たのよね?」
「そうなんです。私てっきり、色取君の妹だと思われたのかと」
「そういうこともあるかしらね。二人とも美男美女で雰囲気が似てるから」
佳代はそんなことをさらりと言った。
「い、いーえ」
由布梨は返しに困ってしまった。人とセットで褒められたらどうやって謙遜すればいいのだろう。由布梨は目の前の佳代をちらっと見る。なんだかちょっと不思議な人だなあ、と由布梨はぼんやり考えた。
――でも色取君から私のことを聞いていたとしても、顔を見ただけで分かる
ものかな、普通?
由布梨は気になって訊いてみることにした。
「佳代さん、どうしてすぐに私が鏑木由布梨だって気付けたんですか?」
「あぁそれはね、そもそも色取君がこの世界に来てしまったきっかけが――――じゃない? それでね……」
佳代の言葉の途中が隣席の男性のくしゃみの音でかき消されてしまった。
由布梨は耳を寄せて訊き返す。
「え? きっかけって?」
その瞬間、
「お茶持ってきた。……ってあれ、佳代さん」
色取が盆に茶を乗せてこちらに歩いてきた。
「今由布梨ちゃんに挨拶してたの」
「佳代さんに色取君がこの世界に来たきっかけについて話してもらってて……」
「えっ!」色取が卓に湯飲みを置いて言う。「――鏑木、びっくりしただろ……?」
「いや、まだ話し始めたところだったから全然聞いてないの」
「そっか、あのさ」色取は緊張が解けた表情を浮かべる。「今度ちゃんと俺の口から話したいから、それまで待っててくれる?」
言い終えると色取は由布梨と佳代を交互に見た。
「分かった。じゃあ今度聞くね」
「ごめんなさい、私口が軽くて……」
今度は佳代が自分の頭を小突く前にさっと、由布梨は手で制止した。
「鏑木、ナイスセーブ……っと、今行きます!」
色取が他の客に呼ばれ、颯爽とその客の元へと駆けていなくなった。
「あ、ちょっと私も一度店の奥に戻るわね」
「はい」
佳代がそう言い、店の奥に去ると、由布梨は卓の上に置かれた湯気の立ち昇る茶を啜った。
「あっつ」
一気に飲みこんでしまい、喉がじわっと温かくなるのを感じていると、佳代が盆を持って由布梨のところに来た。
「佳代さん?」
「これ嵩団子です。どうぞ」
佳代は盆から団子が三本並んだ皿を取り、由布梨の目の前へと差し出した。
「これは……サービスですか?」
「そう、遠慮しないでいいのよ」
食べて食べて、と佳代が示した。
「いんですか? ありがとうございます!」
「どういたしまして。それで、記念日はいつにしましょうか?」
佳代が由布梨に訊いた。まるでバイト先の上司が、シフトに入れる日を尋ねてくる時のように、ごく当たり前の口調で。
「ど、どういうことですか?」
頭に疑問符を浮かべて、由布梨は訊き返した。
「また間違ったのかしら……さっき色取君と記念日を決めてたから、名字と同じで向こうの世界特有のしきたりのようなものなのかと思って」
「いえ、いえ」由布梨はかぶりを振って否定する。「そんな決まりごとはありませんし、気を遣っていただかなくて大丈夫です。郷に入りては何とかなので!」
由布梨は平静を装って答えたものの、本当は恥ずかしくて悶絶しそうだった。
(あのやりとり聞かれてたなんて恥ずかしすぎ……)
「あれ、決まりじゃなかったのね」
「そうです、はい……」
由布梨は気を取り直して、団子に視線を落とす。
見た目はみたらし団子のようだが、一体どういう味をしているのだろう、とワクワクした。
くしを持ち上げ団子を一つ頬張ってみると、みたらし団子と似ていて甘辛いたれの味がした。違うのは食感だった。たれがトロトロしているというよりか、ぱりぱりしている。
よく見てみると、たれが固く層のようになっているのだ。
「――なんだか作るのに時間がかかりそうですね」
由布梨はそんな感想を抱いた。
「そうでもないわよ、慣れちゃえば。色取君も色々作れるようになってくれたし……」
佳代のその言葉を聞いて、由布梨はふと思い出して訊く。
「佳代さんは弥一郎さんと兄妹、なんですよね?」
「そう」
「あの、弥一郎さんが佳代さんが働かないから色取君を雇っても良いって言ってくれたんですけど」
由布梨は前々から気になっていた疑問を口にした。
今話している感じだと、佳代はおっとりとしていて真面目に見えるが、あの言葉は本当だったのだろうか。
「そうね、働くのは苦手だわ。何が正解で、何が間違ってるのかよく分からなくなるんだもの。それって、しんどいじゃない?」
「あ、やっぱり本当だったんだ……」
色取君を快く雇い入れるための、弥一郎のついた嘘ではなかったのか。
てっきり思いやりで言ってくれたのではないかと勘繰っていたのだが、佳代の表情を見ると、真剣そのものという感じなので、どうやら嘘でもなかったらしい。
由布梨が安堵していると、
「その気持ちわかるぜ、お嬢さん」
誰かが勝手に由布梨の向かいの席に座って言った。
その人物の口には由布梨に差し出されたはずの嵩団子が二本まとめてくわえられていた。
「連れの人?」
「いいえ!」
首を傾げる佳代にきっぱりと由布梨は断言した。
「それ、私の団子ですよ」
由布梨は団子をくわえこんでいる人物に指摘した。
「分かるぜ?」
「分かるんだ……」
「働くのがしんどい、なあ。頑張らないって方向性で世界に貢献出来たらいいよな。……俺には分かるぜ? ……それじゃあ失敬する」
その人は堂々と背を向けて店を出て行った。
「な、なにあの人」
新種の食い逃げ犯か何かだろうか。
あっけにとられたまま、由布梨は入口を見つめ続けていた。
「――何で二人とも入口の方を見てるんだ……?」
しばらく経って、接客が一段落したらしい色取が来てそう言った。
「いや、何でもない。ただ、9/27は食い逃げ記念日みたい……」
色取はきょとんと由布梨を見つめていた。




