085 放浪編25 暗躍
某所・秘匿通信室
「それでは兄様、戦力をお借りします」
『これは貸しだからね? いつか返してもらうよ』
「わかっております。兄様」
『ああ、結果を楽しみにしているよ』
通信が切れる。
プリンスの顔から笑顔が消え、怒りの表情を見せると椅子を乱暴に蹴飛ばした。
皇位継承権争いでは16人いる皇子全員がライバルだ。
そこからプリンスは脱落しつつあった。
アキラとの戦いで主戦力の半数を失った。
支配下にあった獣人共の離反、ギルバート伯爵勢の壊滅、ダグラス伯爵勢の敗走、とんだ失態だ。
これでは末弟の第12皇子にすら戦力で負けてしまう。
そうプリンスは皇帝の因子の強さでは末弟にも負けていたのだ。
それが戦力でも上回られる危機だった。
16人いる皇子、そのうち自然発生の皇子が5人。他は全て現皇帝陛下の子だ。
プリンスはその現皇帝陛下の子の中では最下位――皇帝の因子の強さが最下位――の第13皇子だった。
下にいる3人は自然発生皇子で、現皇帝陛下の娘と子を作ること以外には使い道は無いと見なされていた。
つまり、プリンスは皇位から一番遠い皇子であった。
それが更に遠くなる出来事がアキラの皇子認定だった。
自然発生皇子にも関わらず、第6皇子に認定された強い皇帝の因子。
嫉妬心しか湧かなかった。
都合が良いことに、アキラは自分の勢力圏で見つかった。
皇子という立場を知らせることなく戦場に送り、奴隷に落とし始末すればいいと思っていた。
それがあれよあれよと言う間に戦果を上げ、いつの間にか自身が第6皇子であることも突き止め、戦力を集め確固たる地位を築いていた。
「殺るしか無い。殺らなければ殺られる」
上位の皇子に戦いを挑むということは、血筋である上の皇子達からも危険視されるということ。
ここで勝てないようなら、血筋の皇子達に潰されてしまう。
プリンスは強迫観念に固まっていた。
幸いかどうかわからないが、一番上の兄……皇位継承順がではなく生まれ……が戦力を貸してくれた。
それを持ってアキラを叩く。そして獣人共を再び支配下に置く。
自分には獣人共に対する切り札がある。獣人共が嫁として送って来た娘達だ。
獣人など嫁にする気は無かったので下働きをさせていたが、アキラ亡き後は利用出来ると考えていた。
「ミーナは側室にしてやってもいいか」
そう独り言ちると、プリンスは真剣な顔になって作戦を練った。
情報によるとアキラは野良宇宙艦の巣にちょっかいを出す気のようだ。
つまり、戦力が分散される。
「これを機会に一気に決着を付けてやる!」
プリンスは忌々しげに吐き捨てた。
*****************************
アノイ要塞・事務所社長室
真・帝国からの情報によると地球圏がプリンスに支配されている可能性が高い。
姉貴の事を考えると一刻も早く地球を解放したいところだが、戦力が足りない。
艦の数では互角以上でも、その後ろに控えるステーションの戦闘能力が高すぎる。
アノイ要塞を持ってしてもおそらく相打ちに持って行くのがせいぜいだ。
その後の対帝国を見据えれば、それでは戦略的な敗北だ。
やはりアレを手に入れるべきだろう。
「愛さん、野良宇宙艦の巣への偵察許可は降りてる?」
僕はサポートAIの有機端末である愛さんに尋ねる。
愛さんがしばらく固まる。
これは愛さんが良く見せる行動で、情報の取得に時間がかかっているということだ。
時間がかかる理由は、情報閲覧の許可申請が通るのが遅いというもの、情報閲覧に邪魔が入って対抗措置を行っているというもの、そして情報が多岐に渡り収集加工が必要で時間がかかるというものがあった。
今回のフリーズは許可申請の結果を問い合わせただけなので、何が起きているのだろうか?
やっと愛さんが動き出す。
「許可は出ています。しかし、この情報にアクセスされた形跡を発見しトレースしたところ、申し訳ありませんが見失いました」
「その誰かさんに横槍を入れられる可能性があるってことか」
「はい。ですが、それは非合法な手段となります。申請が通っていない者が野良宇宙艦の巣に立ち入れば罰せられます」
「他には申請が通っていないということだね」
「はい。確認しました」
「やっかいだな……(狙われるのはどっちだ?)」
また誰かさんの暗躍だろう。ここまで皇子同士が争っても帝国本国はスルーなのか。
それともプリンスが上手くやってるのか。こちらのアピールが下手なのか。
「愛さん、公式にプリンス批判をした方がいいのかな?」
「批判をしても何も変わらないでしょう」
「どうして?」
「相手は血筋で此方は天然ですから」
「あー。現皇帝にとっては血筋を優遇したいもんね。となると他の血筋皇子からも狙われる?」
「皇子同士の争いは注視しているでしょうが、共闘はしないでしょう。彼らにとっては双方がライバルですから」
「となると対決した直後に漁夫の利でやられることを心配するべきか……」
血筋皇子の共闘は無くても各自が勝手に攻めてくることは有りだろう。
弱れば弱るほど、これ幸いと狙われる可能性が高い。
特に僕が第6皇子認定されて順位が下がった連中が危険だ。
プリンス数人分を相手にするのは面倒だし戦力が足りなすぎる。
「うん。やっぱり巣が必要だな」
僕は野良宇宙艦の巣を鹵獲する方針を固めた。
作戦はこう。
野良宇宙艦の巣に侵食弾を撃ち込む。→侵食が完了するまで放置する→ナーブクラックで服従させる。
上手くいけば簡単に終わる。
僕は出撃を決意した。
**********************************
亜空間内の野良宇宙艦の巣に繋がる次元跳躍門手前に着いた。
僕は専用艦のCICで艦の腕を操作している。
広域通信機と戦術兵器統合制御システムをフル稼働させている。
腕で次元跳躍門の制御装置のパネルを開き、パネルのコネクタに腕の付け根にあるケーブルを引張って挿す。
これで次元跳躍門のロックを外せる。
僕は目の前に仮想パネルを表示しロック解除のコマンドを撃ち込む。
帝国から発行された1日限りのパスワードを入力し次元跳躍門のロックを外す。
と同時に次元跳躍門の丸い面が輝き、鏡面が波打って出入りが可能になる。
僕はケーブルを外すと艦を鏡面に突入させる。
目の前には無数の野良宇宙艦と巨大な野良宇宙艦の巣=母艦の姿があった。
「5cmレールガン起動、侵食弾発射!100発撃ち込め!」
艦の長砲身5cmレールガンから侵食弾が連射される。
野良宇宙艦も対応出来ない早業だ。
「よし、撤収!」
『敵だ! 後ろから……』
その時、突然次元跳躍門から光が失われた。
僕の艦は野良宇宙艦の巣に取り残された。
周囲には母艦を攻撃されて怒る野良宇宙艦が犇めいていた。