075 放浪編15 皇子
判決が出たとはいえ、ギルバート伯爵も臣下も武力をそのまま保持している。
艦隊で武装蜂起あるいは伯爵の兵に白兵襲撃されたら、艦以外の武器を持たない僕らは手も足も出ない。
だが裁判官から閉廷の言葉が出ると、伯爵はいきなり痙攣をして麻痺状態になってしまった。
帝国民が共通して着けている腕輪の機能を使い、拘束のために麻痺させたとのことだ。
伯爵が指揮していた第183艦隊は、正規軍であるため伯爵の私兵ではなく、一部子飼いの臣下以外はアノイ要塞に恭順した。
その子飼いの臣下も共犯として捕まったため、混乱は全く起きなかった。
ただ、この腕輪の機能が自分達にも向いていることに、今後気をつけなければならない。
裁判官AIからコマンダー・サンダースに判決が伝えられ、ギルバート伯爵とその臣下は収監された。
後で罪状とともに帝国本国へ移送されることになるだろう。
護衛騎士の帝国軍補佐官はギルバート伯爵の臣下ではなく、柵のないディッシュ伯爵の息子なのだそうだ。
彼が法的に正しく審議したところ、全てギルバート伯爵が法をねじ曲げた結果の暴挙だったと確定した。
この際、僕が帝国の第6皇子だということが、コマンダー・サンダースに伝えられた。
犬族の長である男爵家から嫁を出していたことに、コマンダー・サンダースは小さくガッツポーズをしていた。
そういやアノイ要塞の3軍は嫁3人の実家の私兵だった。(小領地混成軍は実質ラーテル族がほぼ支配している)
僕は嫁を通じてアノイ要塞を牛耳れる立場になってしまった。
実験体、獣人と虐げられ、二級市民の座に甘んじなければならない彼らにとって、僕を皇帝に据えられれば自分たちの立場を高めることが出来る。
彼らは第6皇子である僕に付くことを早々に決めた。
僕は事務所に帰る。先に解放された社長以下みんなが僕を心配してくれていた。
強引に連れて行かれた綾姫も帰って来た。
「今回の件、裏でシナリオを書いていたのはプリンスだった」
「なんだって!」
社長が驚く。みんなも呆然としている。
「すっかり忘れていたけど、ステーションがアノイ要塞に到着した時に、僕はステーションの損害をふぁんねるでこっそり偵察したんだ。
大損害を出したと言っていたステーションに、傷ひとつ無かったことを不思議に思ったことを、こんな目にあって今更思い出したよ。
あれは無傷だったに違いない。僕達を帝国に誘拐し、あわよくば貴族の支配下に置くことが目的だったんだろう。
あの時不審に思ったことをみんなに相談しておけば良かった……」
「つまりプリンスは敵だということか」
「たぶん。愛さん、プリンスは第何皇子だ?」
「「「え? 皇子 (だと)?」」」
みんなが驚く。そういえば僕も皇子だったって伝えてなかったな。
「プリンス様は、第13皇子です。晶羅様が皇子と判明したことで第12皇子から1つ下がりました」
「「「「えーーーー! 晶羅も皇子? どういうこと (だ)」」」」
「晶羅様がステーションでDNAを登録した際に、皇帝の因子を持っていることが判明し、その因子の強さから第6皇子と認定されました」
「つまり、それによりプリンスは自分の立場が危うくなったということか」
「だろうね。自分の皇位継承を脅かす存在がいきなり1人増えたってことだからね」
社長の言葉に僕も現実が見えてきた。プリンスは僕が邪魔だったんだ。
「皇子に認定されると、それを伝えないなんてことはあるの?」
「基本的に有り得ません。私の情報提供にロックがかかっていたこともプリンス殿下の皇子命令だと思われます」
「つまり僕は皇位継承問題に既に巻き込まれているってことだね」
「そうなります」
「これ、どこまでやっていいんだろ?」
「質問内容が曖昧です。もう少し具体的にお願いします」
「プリンスを法的、物理的に排除出来るのかって話」
「法的には無理です。法より身分が優先してしまいます。
ただし、この件によって晶羅様にはプリンス殿下へ報復する権利が与えられます」
「報復とは、どの程度のことが出来るの?」
「この件を帝国中に晒しプリンス殿下の権威を失墜させることから、決闘による全面武力衝突まで出来ます」
「全面武力衝突は、こっちの方が危なそうだね。
悔しいけど効果的な報復手段は無さそうだ。
まずは逆にやられないために戦力増強が必要だな」
どうやら地球奪還=プリンス打倒になりそうだ。
さて、どこから戦力を増強するべきか。
周辺地域を僕の支配域に入れていくか?
プリンスの支配域なら構わなそうだな。
「愛さん、帝国の情報がいる。僕に全てを教えてくれ。
まず敵勢力とは何だ?」
「敵勢力とは、旧皇帝派の残党と野良の艦船生物のことです」
「ちょっと待って。とんでもない情報が2つあるよ。まず旧皇帝派とは?」
「遙か昔、今の皇家よりずっと前の時代に、騙し討ちで倒された皇帝がいました。
その係累や臣下が今も正当な帝国の継承者であるとして抵抗しているのが敵勢力と言われている勢力の1つです」
「旧皇帝派が帝国に戦いを挑む理由は恨みだけじゃないんでしょ?」
「はい。帝国が今も掌握している、とある秘宝を取り返そうとしているようです」
「とある秘宝とは?」
「サポートAIのデータバンクに情報そのものがありません」
旧皇帝派か。僕から見たら帝位を簒奪した今の帝国より正当性がありそうな気がするぞ。
だけど皇子認定されてしまっている僕も彼らからしたら敵になるんだろうな。
味方に引き込むのは不可能かな。
「野良の艦船生物とは?」
「帝国の艦船も元はと言えば艦船生物なのです。無機物系の鉱物生物が帝国人のDNAに残された情報を元に艦船の形をとっているのです。
これは旧帝国の遺産だと推定されており、元々旧帝国の生物兵器だと言われています。
それが野良化したのが野良の艦船生物で、DNAの情報を得て進化するために人を襲います」
「暴走した鉱物生物兵器か。これは話し合いの余地もなさそうだね」
こっちはナーブクラックで支配すれば有力な戦力になるかもしれないぞ。
「皇帝の因子によって皇子に順位がついているけど、これは固定されているの?」
「いいえ。因子は艦の成長と共に強くなります。因子が強くなれば順位が上がります」
「その順位によって次期皇帝が決まるの?」
「基本的にそうです」
「簒奪したにしては、地位を自分の血筋に残さないんだね」
「いいえ。今のところは新皇帝陛下の血筋が継承しています」
「それは血筋以外は結果的に粛清されてるということ?」
「一部は粛清ですが、ほとんどは病死です」
「病死?」
「皇帝の因子持ちは病弱なのです。それで生体強化の実験で生命力の強い生物のDNAを入れようとしたのです」
「その生体強化の実験の産物が猫族や犬族達ということか」
「はい。その実験結果により強化された者達が新皇帝陛下の血筋なのです。自然発生の因子持ちは弱いのです」
「僕も自然発生だから弱いのか……。結構元気なんだけどな。
となると、病死以外の順位入れ替えは血筋同士が争ったということか」
「はい」
血生臭い話だな。
そんな皇位継承争いになんで僕が巻き込まれなければいけないんだ。
「晶羅殿下は帝国人以外から発生した初めての因子持ちです。
地球人は帝国人とは全く違う系統で発生した人類なのです。
それが交配可能レベルまで帝国人と遺伝的にそっくりだということが不思議なのです。
もしかすると共通の先祖から派生した兄弟種族なのかもしれません」
僕が脅威だと思われている理由がなんとなくわかって来たぞ。
晶羅はまだ姉も同じようにプリンスに騙されていることを知りません。
2018年5月24日、074改稿に伴い微修正しました。