163 自由浮遊惑星編5 未知との遭遇
side:帝都 (アキラ、カイル)
「反応がない?」
帝都の皇室専用港にまたまたポツンとぼっちで専用艦を停泊させると、僕は取り急ぎカイルのいる帝都作戦司令室の扉を開いた。
そこでカイルからもたらされた状況説明に僕は唖然とした。
「ああ、こちらからあらゆる通信手段を使って接触してみたが、何の応答も物理的な反応もない」
「つまり、僕が呼ばれたのは戦うためというより、未知の存在への対処のためなんだね?」
僕が嫌そうに言うとカイルは真剣な顔で反論して来た。
「いや、こちらも最良なものから最悪なものまで対処プランを5段階で設定したのだ。
その一番最悪なプランが戦争だった。アキラに来てもらったのはその最悪なプランでの保険の戦力としてだ。
いま望みうる最大戦力として君の存在は欠かせないからね」
僕はカイルの言葉に納得するとともに、帝国人でそこまで柔軟で合理的な思考をするカイルの能力を改めて評価せざるを得なかった。
「尤もその全てのプランが無駄になるような反応で困っているのだがね。
結果的にアキラを呼んで別の意味で本当に良かったよ」
カイルが見つめる仮想スクリーンには帝国主星系外縁で停止した自由浮遊惑星が映しだされていた。
この仮想スクリーンは専用艦の操縦席で脳と電脳が接続された時に表示されるものと原理的には同じだ。
脳の視覚野に専用艦の電脳からナノマシンを通じて映像が重ねられ、目の前にスクリーンがあるかのように見せる。
その操縦席と同じ仕組が司令室には存在し司令室の電脳から専用艦の電脳経由で映像が渡されるというわけだ。
これは本人の意志でオン・オフが出来る。勝手に接続されたら脳をハッキングされる危険があるからね。
専用艦の電脳を経由するのもセキュリティのためだ。
なのでカイルと同じ仮想スクリーンを見ようとすれば僕も同じ仮想スクリーンの情報が見れるのだ。
この仕組は量子接続のネットワークで行われているらしい。
「なんだよ。やっぱり僕に頼るんじゃないか。それに相手が自由浮遊惑星だなんて初めて聞いたぞ」
僕は冗談も交えて軽く抗議を入れる。
カイルは笑ってスルーする。
「まずは相手の目的を知ろうと思って、あらゆる通信手段で接触を試みたんだが、全く反応がない。
光速を越える速度での接近、そこからの星系外縁での停止。
どう見ても高度な文明の所業だろう。なのにこちらの接触に反応がない」
うーん。見た目は完全に惑星規模の人工物だな。
画面端のスケールを見る。単位が自動的に地球のものに変換される。
思ったより大きい。直径で地球の8倍はあるかもしれない。
外殻が自然物じゃない。巨大宇宙船なのか、もしかすると中身が惑星のダイソン球か?
デ◯スターみたいな全人工物の可能性もあるな。
「どうすればいい?」
僕が思案していると、カイルがお手上げというジェスチャーをして対応を丸投げして来た。
「困ったね。とりあえず臨戦態勢で観察するしかないね。
こちらから調査に行くのはやめた方がいい。
それを敵対行動と取られたら後が面倒くさい。
惑星サイズの人工物を光速を越える速度で移動させる文明だ。
戦争は避けるべきだと思うけど、向こうがその気なら自衛は当然だろう」
「直近でやれることは?」
「とりあえず、あらゆる通信手段を使って断続する信号により素数でも送っておけばいいよ。
返信があったら、その通信手段で音の波形と対応する文字コードを。
あとは映像を投影してまずは数字。そして文字と単語を教えるって手順かな?」
「ずいぶんと気の長い方法だな」
「まあ、未知の存在との遭遇なら言葉から通じないからね」
帝国にも他文明との接触の歴史はあっただろうに。
古くはニアヒューム、野良宇宙艦、そして地球人。
ああ、帝国と比べて所有する文明が低かった地球人は搾取され、それ以外は戦いに突入してるわ。
今回、自由浮遊惑星の持ち主が高度な文明を維持したまま存在するなら、その文明に軽々しく戦いを挑んだら危なすぎる。
「まあ、向こうの方が文明が上なら、敵対せずに放っておけば向こうから接触してくれるよ」
ただし向こうが敵対的、侵略する気満々なら最悪の対処プランで行くしか無い。
まあ、そもそもあれだけの技術を持つ文明人なら侵略なんて面倒なことをする意味はないはずだ。
高度な文明人ほど他星系から奪わなくても自前でどうとでもなるはずなんだよね。
知的生物の居ない資源が豊富な星なんて、この銀河だけでも使い切れないほど存在する。
僕だって星系探査で簡単に手に入ったぐらいだ。
侵略ならば目的があるはず。
必要なものがそこにしかないとか、帝国人に恨みがあるとか。
人そのものが目的だとか。
まあ、人だって高度な文明ならクローン培養で増やせるだろ。
高度な文明でも造れない何かを人が持っているなら別だが……。
それとも高度な文明は借り物で、中身が奪うしか能がない野蛮人だったとか。
あ、これ帝国に当てはまる……。旧帝国の文明を奪った野蛮人。
一応、皇帝やカイルはそうじゃないけど、末端は皇子でさえ中世レベルの腐った貴族だったりするからね。
それが宇宙艦と次元跳躍システムで恒星間航行出来てしまう。
さらに無駄に強力な兵器を持ってしまっている。
うん。危険だ。
あの大きさに対抗するならジェネシス・システムを使うしかないか。
もしもの時のために取り寄せる必要があるな。
「ん? いま何かひっかかるものが……」
「自由浮遊惑星にミサイル着弾! カスケード子爵の艦隊が降下を開始しました!」
ああ、中世レベルの腐った貴族……。
アホが戦端を開いてしまった。