161 自由浮遊惑星編3 レオナルドの残したもの
side:ラスティ星系 工場母艦内居住区晶羅邸 (アキラ)
僕は工場母艦を次元跳躍させてラスティ星系に来ていた。
クロウニー星系でのニアヒューム艦の隔離作業が終わったのだ。
ニアヒューム言語への翻訳という大仕事は、ゲールの一言で簡単に済んでしまった。
『ニアヒュームは帝国語が理解できるぞ?』
そういやイーサンを乗っ取ったニアヒュームと普通に帝国語で会話出来ていたんだった。
その言語知識が共有されているのなら全てのニアヒュームが帝国語を理解出来るということだ。
幸い、嫁ーずが趣味で各種コンテンツを帝国語に翻訳してくれている。
隔離されたニアヒュームには地球の文化というものを思う存分味わってもらおう。
隔離区画ごとに違う文化に触れたニアヒュームが、どのような差異を持つのか、また違う文化に触れたニアヒューム同士が接触した時にどのような反応を示すのか興味は尽きない。
その点にはゲールも興味津々だった。今後の実験はゲールに任せようと思う。
「さて小母艦級の処置はどうしようか? AK-E002が無力化はしているんだよね?」
『無力化は問題ないよ。でも、あの大きさを汎用型の次元格納庫1区画に納めるのは無理があるねー』
工場母艦によると小母艦級はニアヒューム艦を1万艦搭載できる大きさだという。
それに加えて次元跳躍機関や修理ドックを持つとなると、今の汎用型次元格納庫の性能では丸ごと収納は無理だろう。
ん? 丸ごとでなければいいのか。
「元々目的はニアヒュームの隔離なんだから、コアだけ収納すればいいんじゃないか?」
『それなら簡単だよ。収納フィールドを変形させてコアを切り取ってしまえばいい』
「問題はコアの切り取りを敵対行動と取られて、他のニアヒューム艦が攻撃態勢に入ってしまう可能性か……」
「プリンスがラスティ星系のニアヒュームには待機命令を出していたんでしょ? AK-E002が活動する前も無力化されたままだったんだからさ」
綾姫が話に割り込んでくる。何か考えがあるようだ。
「そうだね。クロウニー星系とはちょっと違う感じだった」
「それってプリンス達がラスティ星系を離れるにあたり、ニアヒュームが勝手に人を汚染しないようにしたということじゃない?」
「つまり?」
「戦闘になるクロウニー星系より、ラスティ星系の方が厳しい命令が出ていたということだと思う」
「戦闘に参加させたいニアヒュームと、余計なこともさせたくないニアヒュームで命令が違っているだろうということか」
「だからラスティ星系のニアヒュームは切り取られても動かないんじゃないかと思ったんだ」
「やってみる価値はあるな」
コア切り取りの実行を躊躇する僕の背を綾姫が押してくれた。
最悪、小母艦級のコアを撃ちぬいてしまっても良いのだし、やってみれば良かったんだ。
「よし行ってくる」
「私もいくよ?」
僕達の後ろで嫁ーずの目が光った。
僕は専用艦を出撃させると小母艦級のコアを次元格納庫に取り込むべく移動する。
僕の周囲には不測の事態を想定して嫁ーずが専用艦で出撃してくれていた。
特に綾姫は僕の後ろを守ってくれている。
小母艦級に近付くと次元格納庫の収納フィールドを変形させコアの位置に伸ばしていく。
丁度ストローを突き刺すような感じで奥へ奥へと伸ばす。
その先端がコアを包む。そのまま境界で切り取るモードで収納をかける。
結果、何の心配もいらずに切り取りが成功した。
しばらく後、ニアヒューム艦2万と共に少母艦級のコア12個が次元隔離施設搭載大型輸送艦2番艦に収納された。
これでロレンツォ領とレオナルド領に侵攻して来たニアヒュームは全て隔離か駆除された。
今後ニアヒューム対策は同様の無力化隔離措置が取られるようになるだろう。
「何の心配もいらなかった。ありがとう綾姫」
「うん。どういたしまして」
慎重になりすぎるのも良くないな。
勢いで押すのも時には必要だな。
『アキラ、終わったようだな。星系領主としてお礼を言うよ』
頃合いを見計らって、ロレンツォから通信が入った。
『ロレンツォか。まだニアヒュームの侵攻は継続中だ。気をつけてくれ』
僕はニアヒュームの脅威を侮らないように釘を刺す。
『わかっているよ。要塞艦の修理も感謝する。これで少しは戦える』
『AK-Eシリーズも優先的に引き渡そう。無力化してしまえば楽に戦えるだろう』
『何から何まで助かる。そこでなんだが、レオナルドから手に入れた星系の1つをアキラに譲りたい』
『え?』
僕にはロレンツォの意図が汲み取れなかった。
『陛下の意向で私とレオナルドの紛争扱いになってしまったが、アキラがいなかったらレオナルドには勝てなかった。
本来ならレオナルドの支配星系全てをアキラに渡したかったんだが、建前上そうもいかなくてな』
『いらないよ。飛び地なんて領地経営がめんどくさい』
はい。本音です。
距離が遠いということは反乱の危険もあるし、何かあった時の対処も後手にまわる。
面倒この上ない。
『なら、レオナルドの要塞艦から助けた重鎮を代官にすればいい』
『知ってたのか!?』
レオナルド座乗の要塞艦を反物質粒子砲で撃つ時に、僕は司令室が巻き込まれないように手加減をした。
親衛艦隊5千の艦も余波で破壊したが、航宙士は要塞艦に転送救助されるようになっている。
その転送室の破壊も避け、航宙士も保護したいた。
レオナルドは独裁者で臣下は嫌々ながら従っていただけなのだ。
臣下に罪はないとは言わないが、命ぐらいは助けてあげようと思っていた。
『実はレオナルドは私が討ったのではないのだ。
私がレオナルド星系に到着した時には臣下により殺されていた。
その死体はDNAレベルで本人であると確認した。奴は臣下にも嫌われていたのだ。
その時にアキラによって臣下が助けられていることを知った。よくぞ救ってくれた』
僕は驚いた。ロレンツォにとってはレオナルドの臣下は自分の臣下を殺した共犯者だ。
僕は勝手な事をして怒られるのかと思っていたのに、ロレンツォはその臣下を許す気のようだ。
そして救った臣下を送り届ける話がロレンツォに筒抜けだった。
レオナルドの臣下も嘘がつけないバカ(褒め言葉)なやつだ。
『すまないな。ロレンツォ。つまり僕にレオナルドの臣下をその星系で保護しろってことだね?』
『ははは。さすがに領内の民全てを納得させることは出来ないのだよ。
重鎮達はアキラに渡す星系に行ってもらう。
そこでどうなろうともはや他領の事だ。好きにしてくれ』
ロレンツォは悪い顔をしようと努力するも好青年の顔を崩すことは出来なかった。
『これは内密に頼むが、レオナルドには娘がいる。レオナルドの嫁は皇女だからつまり皇帝陛下の孫娘だ。
私にとっては腹違いの妹の子。つまり姪になる。アキラにとっても嫁の姪だ。
自然発生皇子は例外なく皇女と婚姻することになっている。
その婚姻の落とし子ということだ。皇帝陛下はその孫娘を助けたかったらしい』
なるほど、皇帝はレオナルドの臣下を助けるというより孫娘を助けたかったのか。
『皇女と娘は帝都に向かった。後は日陰の身で一生を過ごすことになるだろう』
『さすがにレオナルドの遺児を持ちだして一旗揚げようなんてアホは現れないでしょ?』
『そうなんだが。これもケジメだ』
『本人は悪くないのにね』
『全くだ……』
しんみりとしたが、僕にはどうすることも出来ない。
誰も彼も救うことなんて出来ない。
重鎮を集めた星系に皇女と娘を置くわけにもいかない。
『そうえいば、自由浮遊惑星の話は聞いたか?』
『いや、全然』
『ふむ。アキラの所に情報が行ってないとなるとニアヒューム絡みではないのだな』
『ニアヒューム絡みでないなら、僕はのんびりさせてもらうよ』
『まあ、知らせがないなら気にすることもないか』
その時僕は疲れすぎていたんだ。
だって、レオナルドの臣下の僕に対する忠誠度が高すぎて困っていたんだ。
次回日曜0時~7時更新の予定です。