141 遠征編26 対話3
「僕が接続を切れば有機アンドロイドは元の状態に戻るよ。つまり殺してはいないんだ」
「それは再起動しただけだろう。数刻の間有機アンドロイドの精神は死んでいる。人は我が抜けても再起動しないという不具合があるがな」
「不具合って……。じゃあ再起動しないと知っていて殺すことに忌避感は無いのか」
「何ゆえ我が人の都合を気にしなければならぬ」
これはダメだ。それが諍いを生んでいることが理解出来ていない。
「人は生きるために戦う。殺そうとする相手からは身を守る」
「それは我らも同じ」
「だが、今回はそちらから仕掛けたことが原因だ」
カイルが諭すように言うが、イーサンには通じなかった。
「我には古い記憶がある。我らを騙し利用し殺したのは人だ」
「だから殺すと? それはお互い様じゃないのか?
僕らもイーサンを殺された。だがその復讐の気持を抑えて貴様と対話しているのだぞ!」
「我らはもう騙されん。そう言って後ろから撃ってくるのが人だ」
「どうしてそう言い切る」
「我が侵食したイーサンだったか、この身体の精神はお前たちへの恨み妬みで凝り固まっていたぞ。
いつか殺してやろうと虎視眈々と狙っていた。それが人というものだ」
カイルの必死の説得もまさかのイーサンのせいで台無しだった。
イーサンめなんてやっかいなことを思っていたんだ。
せっかくニアヒュームを説得しようというのに、それの否定材料を身内が提供しているとは。
となるとそろそろあの話を出すべきかな。
僕はカイルに合図を送り話を促す。
「かつてニアヒュームと人は手を取り合い共存していたはずだ。
人はニアヒュームを新たな人類と認め、ニアヒュームは人を侵すことを止めた。
その共存関係が一部の悪人のせいだけで壊れたというのか」
「それは人が裏切ったために壊れたのだ。我を騙し皇位を簒奪する手助けをさせるとは……。
我らを認めた皇帝陛下を殺す手伝いを我らがさせられたのだぞ。
人は信用がならない。それこそが我らがそこから学んだことだ」
「だが全ての人が信用出来ないわけではないだろう」
「問題ない。信用できる人はもうこの帝国にはいない」
「どうしてそれがわかる?」
「我らには精神の波長が見える。それ故その有機アンドロイドに人が憑依しているのがわかったのだ。
この帝国にはかつての帝国の民はもう居ない。この帝国は我らを騙した末裔だ」
つまりニアヒュームは現帝国を憎んでいるのか。
となると真・帝国の血筋には敵意を持っていないかもしれない。
「帝国の中にはまだ旧帝国の末裔がいるとは思わないの?」
「それは精神の波長を見ればわかる。末裔には手を出す気はない」
「見逃してないとは言えないのでは?」
僕はカマをかけてみた。本当に精神の波長が見えているなら、僕が真・帝国の末裔だとわかるはずだ。
「我はきちんと見えているぞ。皇子よ」
「僕が皇子だとわかるんだ。なら彼はどう見える?」
僕はカイルの方に手を差し示す。
イーサンはカイルを見つめると「フン」と鼻を鳴らした。
「こ奴は皇位を簒奪し皇帝を名乗った者の末裔、そのコピーだな」
コピー? 有機アンドロイドだったはずだか?
「こ奴を有機アンドロイドだと思っていたのか?」
僕の訝しがる表情を見てイーサンが続ける。
「こ奴はそちらの言葉でクローンだろう」
嘘だろカイル。クローンは帝国では忌避される存在じゃなかったのか?
それをカイルが使ってるなんて、帝国はどうなっているんだ。
カイルの意思? それとも影武者をあてがった者の意思?
僕は混乱した。
『残念。これは僕、第1皇子カイルに似せた有機アンドロイドで影武者だ。
僕本人から通信で指示を受けていたけどね』
「お前も騙されていただけだと思うがな」
カイルの言葉にイーサンが反論する。
どちらが真実かは僕には調べようがない。
だが少なくとも僕が皇子、しかも真・帝国側の皇子だとニアヒュームは見分けられた。
「どちらにしろ、我々帝国の民を害するのは止めないということだな?」
「我らが滅んででも根絶やしにしてやろう」
「なら僕らも反撃しなければならないんだぞ!」
「我が滅んでも、我ら全てにこの情報は共有される。殲滅目標が判明して逆に感謝する」
そう言うとイーサンの頭から機械的な触手が伸びる。
目標はカイルの影武者と有機アンドロイドだ。
触手はイーサンの頭蓋を貫いておりイーサンはもう再生医療も不可能だろう。
暴れる触手がカイルの影武者と有機アンドロイドを破壊する。
と同時に部屋のシステムに侵食をはかろうとしている。
だが、ここは特別室だ。外部とは物理的に遮断されている。
部屋の扉はロックされ外壁はニアヒュームの触手の進入を阻む硬度があった。
部屋の中に麻痺性のガスが撒かれイーサンの肉体が麻痺し倒れる。
その頭部をレーザーが撃ちぬく。すると触手は力を失い動かなくなった。
ニアヒュームのコアが破壊されたのだ。
対話による和平はならなかった。
僕とカイルは帝都の一室で一部始終を見ていた。
カイルは影武者からの情報を仮想空間で受け指示を出していた。
僕は仮想空間から有機アンドロイドをアバターとして現場を体感していた。
次元通信の接続を切り、2人は顔を見合わせた。
「駄目だったね」
「ああ」
カイルは言葉少なく頷くと、イーサンの葬儀を部下に指示した。
ニアヒューム殲滅のプロパガンダに利用するつもりらしい。
「あそこまで敵対的で帝国自体に恨みを持っているとは思わなかった」
「皇帝代理としてはニアヒューム殲滅を命令するしかない。今までもそうだったように……」
「全てのニアヒュームが同じ恨みを共有しているとは……。救いのない話だね」
僕は真・帝国に送ったコアを保護しようと密かに思った。
個にして群、群にして個。全ての意識を共有しているとなると、あのコアが残ればニアヒュームは滅ばないのだろう。
僕もニアヒュームを殺しすぎた。恨まれているのかもしれない。
だが、真・帝国の人々はニアヒュームを無害と思っていた。
ニアヒューム側が敵対しなければ平和に暮らしていけるだろう。
「ところで妹とは仲良くやってくれているかい?」
僕はカイルの突然の一言に現実に引き戻され、冷や汗を流すことになった。
しまった。仕事が忙しくてあれから一度も話してない。
いや、通信で話して以来、一度も生身で会ってない。
顔もなんとなくしか思い出せない。お弁当を持ってきてもらったなぁぐらいしか思い出もない。
これは拙い。なんとかしないと……。
「ごめんなさい。仕事が忙しくて全然会えてません」
僕は華麗に土下座した。
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アキラとカイルが対話を諦めたという描写があまりにも主人公らしくないので、ニアヒュームが対話を撃ち切ったという描写に加筆修正しました。