140 遠征編25 対話2
遅くなりました。遅延予告もなくてごめんなさい。
カイルと電脳仮想空間で会議をしてから1週間後、今日もカイルと会議をする。
有機型ニアヒュームの存在を確認するため、疑い濃厚なイーサンと対面することになった。
もし本当に有機型に乗っ取られていた場合に対話するのが目的だ。
対面するのはカイルの影武者である有機アンドロイド。
もし過去の資料と違い有機型になっても感染出来る能力があった場合、対面する人間が乗っ取られてしまう可能性があったからだ。
「イーサンはカイルの訪問を受け入れたんだね?」
「ああ、少なくともイーサンとしての意思はあった。ニアヒュームとは思えないぐらいだ」
「まだニアヒュームだと確定したわけじゃないけど、資料にあった有機型より機械人形に近いのかな」
「いずれにしろニアヒュームなら、あの新しい識別方法が使えるはずだ」
カイルが言う新しい識別方法とは真・帝国からもたらされた資料にあった識別方法だ。
僕は真・帝国の存在を隠すために、真・帝国からの資料を発掘された古い資料と新しい研究結果とに分けて報告している。
その新しい研究結果による識別方法をカイルは言っているのだ。
それはなんのことはないただの温度分布の確認だった。
単純にして明快。コアの部分だけ温度が違い一定なのだ。
それを外部から所謂サーモグラフで見るとコアがくっきり見えるというからくりだ。
人間や動物、有機アンドロイドも体温を持っている。
その体温と明らかに違う温度分布をコアは示すのだ。
それはコアが生きている限り変わることがない。
おそらく生き物としてその温度以外は何らかの不具合があるということだろう。
「形式上カイルが訪問するとなると、単艦行動というわけにはいかないよね」
「そこは要塞艦を動かす。会談も要塞艦の施設を使う。
護衛の近衛には感染の危険があって悪いけど、最上級の防疫体制は整えるつもりだ」
さすがカイル抜かりがない。
「となるとスィリー訪問までには時間がかかるね」
「同時にヘンリーのところも検疫をかけるつもりだ」
「なら作戦開始は1週間後ぐらいかな?」
「いや、前回の会議後にもう軍は動かした。今日が実行日だ。だから君を呼んだのだ」
この決断力と行動力。これこそ皇帝の器だろう。
「さすが有能な人は仕事が速い。もしかしてイーサンに訪問を断られた時のプランもあったの?」
「当然さ。この後、会談が実現しなかった時のプランもある」
なんて有能な人だ。面倒な皇帝の座はカイルに任せるべきだな。
いや皇帝は復帰すると思ってるよ? 次期皇帝という意味ね。
真・帝国の柵はあるけど、帝国が隠し持つ遺産さえ返してもらえれば納得してくれるだろう。
僕はそんな事を考えながら、カイルとイーサンの対談を待ちわびることにした。
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要塞艦が次元跳躍門を抜けスィリー星系に入る。
僕は有機アンドロイドをアバター化することで、この後予定されているイーサンとの対談に参加する。
有機アンドロイドが生命体なのかという議論はあるだろうけど、一応帝国では道具として扱われている。
僕はふと、これって有機アンドロイドに寄生したニアヒュームみたいだと思ってしまった。
イーサンが要塞艦に到着し、早速会談となった。
もろもろの歓迎式典はニアヒュームによる星系被害が甚大だという理由で端折られた。
会談の名目も星系復興に関して皇帝代理であるカイルと腹を割って話すということになっている。
厳重な監視態勢の中、護衛を連れること無くやって来たイーサンが会談を行う部屋へと入る。
自分には害意は無いというアピールなのだろうか。
会談用に用意した部屋は皇帝代理と皇子が対談するのだから、当然豪華な家具が備え付けられている。
しかし密談用であるかのように小じんまりした部屋だ。
イーサンが部屋に入るのを見届け、直ぐに識別装置で確認する。
「波形は確認出来ないね。これは対策済みってことかな?」
「頭部に人間としては低い温度分布の箇所がある」
ここまでは簡易識別だ。ここで疑いが出たら使おうと思っていた機器を使用する。
本当は人には使いたくなかったのだが、艦載探査センサーを流用した識別装置でスキャンする。
するとイーサンの頭部には脳腫瘍の如く取り付いたニアヒュームのコアがあった。
「ああ、みつかっちゃったね」
「いざとなると認めたくないものだな。兄弟がもう人じゃないなんて……」
「僕は血が繋がってないけど義兄弟ではある。複雑な気持ちは察するよ。
しかし、そうも言ってられない。そろそろ会談としよう」
カイルと秘書官が部屋に入る。
「やあ、イーサン。息災かい?」
カイルがフランクに話しかける。
「星系はひどい有様だけど元気にやってるよ。君はどうだいカイル」
イーサンが疲れた表情で返す。
まるで人間みたい。いや元のイーサンそのもののようだ。
「ところでイーサン。君はどのぐらいイーサンなんだい?」
「……」
イーサンは無言で返す。
「そのコアを取り出せば、まだ戻れるのかい?」
カイルの問いかけに、イーサンはやっと口を開いた。
「帝国にはそんな技術はもう無いと思っていたのだが。迂闊だったか」
「君は今どっちだい?」
「我は君らがニアヒュームと呼ぶ者だ」
「そうか……。イーサンは返してもらえるかな?」
「それは無理だ。既にイーサンだった者は我が離れればその機能を停止する」
「君が退けばイーサンは本物なのかい?」
「いや、我の機能でイーサンだった者のシミュレーションをしているだけだ」
「つまり殺したということだね?」
「君達の言葉ではそうだな」
カイルはぐっと拳を握り怒りに震えていた。
「どうしてそんなことを。あなた達にとって有機アンドロイドでも代わりがきくでしょうに」
「有機アンドロイド、つまりそこに控える者のことか?」
僕はイーサンに話をふられたので答えることにした。
「そうだ。器として使うなら人である必要はないはずだよ。
どうしてそんな酷いことをするんだ」
「ふむ」
イーサンは考えこむポーズをした。
それは人としての記憶を活用しているのだろうか?
「我には人と有機アンドロイドの区別がつかぬ。
そもそも君も有機アンドロイドを殺して入っているのではないのかね?」
「な、何を言っている?」
「有機アンドロイドは今機能を停止しているのだろう?
それとイーサンであった者の何が違うのだ?」
僕は恐ろしい事に気付いた。
ニアヒュームの中では、人に寄生するのも人を部品にするのも、僕らが機械にしていることの裏返しでしかなかったのだ。
立場を違えた同じ倫理感による行動。
どちらも正義、どちらも悪。ただ立場が違うだけ。
この両者に歩み寄る余地はあるのだろうか?
いや、一度は平和裏に共存出来たはずだ。そこを問うしかない。
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