108 領主編20 ゲール
ごめんなさい。遅れました。作業中の寝落ちです。
ラーテル陸戦隊の隊長と所長ゲールを閉じ込めている部屋へと向かう。
研究所であるため牢屋や尋問室というものはなく、ゲールはただの倉庫に閉じ込められていた。
誘拐された人間を多数抱えていた割に、研究所には牢屋といった収容施設はなかった。
この研究所自体が外界から隔離されたある意味牢屋であったからだ。
宇宙空間にある小惑星を繰り抜いた研究所なんて外に逃げ出しようがない。
研究所に連れて来られるのも外へ出るのも、誘拐犯が用意した宇宙船を使うしかないという鉄壁の守り。
それに加えて所長のみが使うことが出来る各種防御機構が存在し、反乱など起こそうものなら簡単に制圧されてしまう。
その防御機構を制御している研究所の電脳を僕が乗っ取ったため、所長のゲールは簡単に捕まったのだ。
いまゲールを守るはずの機能が全てゲール本人を拘束するために使用されている。
ここから逃げられないことはゲール自身が良く知っているだろう。
ゲールの尋問が始まって、しばしの時間が経っている。
綺麗事では済まない。ラーテルの得意技を使う。
いくら甘い僕でも、今回だけは許せなかった。
「いいかげん吐いたらどうだ? 黒幕に義理立てしても良い事は何もないぞ?」
ラーテル陸戦隊隊長の尋問が続くが、ゲールは黙秘を続けて一言も喋らなかった。
ラーテルの技を前にして大した精神力だ。
だが、待て、何かおかしい。
声を上げないのは立派だが、この涙や苦痛に歪んだ顔はなんだ?
既に心は叫んでいるのに声だけ出ないような様子は?
「医療班! こいつの喉を調べろ」
医療班が簡易スキャナーでゲールの喉を調べる。
「声帯が破壊されています」
なるほど、さすがのラーテルでも喉を破壊された捕虜から情報は引き出せないわ。
「しまった。やられた!」
所長室にいたから彼がゲールだとなんで確定出来る。
そもそもゲールが男かも女かも誰もわからないはずだ。
「全スタッフの顔は撮影済みか?」
「はい。愛さんに送って素性を洗っているところです」
「この男の顔とスタッフの顔を比較しろ」
隊長が腕輪でゲールの顔を撮影し顔認証検索をかける。
人の顔は目と目の距離や鼻口耳のバランス等、変装しても同一人物と認証することが出来る。
僕の推理が合っているなら、スタッフの中に……。
「バカな……。こいつはスタッフのクローンです!」
隊長の叫びが上がる。
僕も隊長の腕輪から空間に投影されている仮想画面を覗く。
そこに映っていたのは年配のスタッフと目の前のゲールと思われた男の認証率90%の結果だった。
実は顔認証システムはもっと高度に発達していて双子も識別する。
人生経験の差、つまり紫外線による日焼けの違いが顔に出るのだ。
全く同じ外観でも紫外線フィルターを通したシミそばかすの分布は別人となる。
それが一卵性の双子でも10%の差として出てくるのだ。
「替え玉だったか。スタッフの精査を急がせろ。いや待て」
僕はあることを思い出した。
所長室で捕まったのは、この男だけではないこと。
誘拐から開放され家族に無事の連絡をいち早くしたいだろうに、それを断った人物の存在を。
『愛さん、ゲールという名の研究者を検索してくれ』
『該当者ありません』
『キースAに確認、ゲールは男か?』
『しばらくお待ちください』
愛さんが確認に走る。
『女だそうです』
やはりそうか。彼がゲールじゃなく替え玉なことが確定した。
となると、まさか彼女が?
『アリソン=スコル=ヒーリーの年齢は?』
『22で誘拐され現在27になります』
見た目では年齢相当か。年齢では確認出来ないな。
『アリソン=スコル=ヒーリーの顔を検索。こちらに送れ』
『送ります。どうぞ』
何ということだ。それでヒーリー伯爵に連絡を取るなと……。
嘘を付く理由は1つしか無い。
「アリソン=スコル=ヒーリー、いや君がゲールだったんだね」
アリソンをラーテル陸戦隊が囲む。
アリソンはきょとんと僕達を見ている。
「ゲールは女だそうだ。所長室の男は替え玉として仕立てあげられたクローンだ」
隊長の言葉にアリソンは事態を悟った。
「やれやれ、もう少し時間が稼げると思っていたわ」
「つまり、君がゲールだと認めるんだね?」
「うん。そうよ」
アリソンいやゲールは肩を竦めるとあっさり認めた。
「本物のアリソンはどこだ?」
「あなたはこんな時でもまず被害者のことを聞くのね」
「被害者か……。すると彼女はもう……」
「拉致生活に耐えられなくて自殺したわ」
「それも皆、君が招いたことだろ!」
「そうでもないんだ……」
ゲールは一瞬悲しそうな顔をすると淡々と話し始めた。
「ゲールはこの研究所代表のコードネームよ。
私も被害者であるのは間違いないわ。真・帝国って知ってるかしら?
帝国では反帝国と呼ばれている組織。私はそこの遺伝学者よ。
私も拉致されて研究をさせられていたの。
そしてある時、アリソンが連れて来られて自殺した……。
私はそれ以来、奴らに協力するふりをして私達研究者を守ろうとしたのよ」
「では、クローンに対する処置は本気で取り組んでくれるのか?」
「それはもちろん。ただ、奴らに復讐するには、私はここに居てはいけない。
奴らの協力者で居続け寝首を掻かなければならない」
「そのため隠れ、逃げる準備をしていたのか」
「あなた方が星系を去ったらね」
僕は真・帝国側の皇子だと話すべきかを迷った。
そこまで彼女を信用していいのだろうかと。
だが一度喉を出かかった言葉を飲み込んだ。
彼女は僕達を騙そうとした。しかもクローンの身代わりの命を犠牲にして。
こういった勘には従ったほうが良い。
どうせ知らせなくても同じだろうし、時が経ち信用出来ると判断したなら伝えればいいことだ。
「僕らは地球人誘拐で奴らと対立している。君にはこの研究所で出来る事で協力してもらいたい」
「わかったわ。正体もバレたし逃げられるわけがないわ」
「クローンの子達を人として扱う。これだけは絶対に守ってくれ」
「そのつもりよ」
僕は彼女の次の言葉を待ったが、自分の身代わりとなって拷問を受けたクローンを気遣う台詞は出てこなかった。
要警戒。監視しつつ技術を利用する。真・帝国にも問い合わせて正体を探ろう。
僕は騙されていることにも気付かない世間知らずな皇子を装って答える。
「研究所は君に一任する。クローンのことを頼むよ」
彼女の口元が一瞬ニヤけるのを僕は見逃さなかった。
評価、ブックマークありがとうございます。
執筆の励みになります。