舞台外から男が見上げるのは秋の夜空
皆様分かりやすく指摘してくださったので補足のつもりで書いてみたのですが、書けば書くほどドツボにはまっていく実力不足が悔しいです!!!でも投稿しちゃう!!!
この国、大丈夫だろうか。
私は、最近の高位貴族の子息一行を見るたびに思う。
いや、高位貴族の子息一行というよりは、口さがない者達が言う聖女と取り巻き達、の方が合っているだろうか。
彼らは、次代の重鎮になる事が半ば約束された、羨ましい立場にある。私など、しがない子爵家の三男坊の上、成人したての今、未だに身の振り方が決まっていなくて、家族に情けない情けないと言われる、婚約者もいない崖っぷち男だ。
……この国の心配をする前に、私は自分の心配をすべきかもしれない。
まあ私の話は置いておいて。
ここ最近の高位貴族の子息達は、まるで追い詰められた小動物のように周囲を威嚇している。何故小動物かといえば、彼らの目には怯えがありありと浮かんでいるからだ。
これがいつもならば、聖女様が彼らを窘めてくださるのだが、今はその聖女様もそんな余裕は無いのだろう。嫌味な貴族や嫌がらせを敢行する令嬢達とは、平民上がりとは思えない威厳ある姿で向き合っていた聖女様だが、流石に元々自分もその中に入っていた、平民からの疑いの声は堪えたようだ。
半数ほどの令嬢を除けば概ね評判の悪くない聖女様の努力は、伝え聞いただけでも凄まじく、まともな人間ならば悪感情を抱きようがない聖人っぷりなのだが。
だからこそ、何故貴族社会では明らかに不味い、婚約者がいる子息と行動を共にしているのかは多くの者が疑問に思っている事だろう。
そも、聖女様を嫌っている令嬢は、大体が聖女様の近くに侍っている子息の婚約者か、その派閥の者なのだから。如才なく、周囲と衝突しないように振る舞ってきていた聖女様がそんな愚を犯すのが不思議でたまらない。
聖女様の額に浮かぶ、聖女の御印が消えていない事から、聖女様が未だ汚れのないお身体――即ち処女である事は明白であり、処女(神の妻とも言う)である聖女様が聖女たる資格を持ち続けているのは疑いようもない事実。
だからこそ、高位貴族の子息を連れ歩いていても目溢しされているのだ。
しかし、最近の彼らは、聖女様以外目に入らないとばかりに片時も側を離れない。
原因は明らかに、『侯爵家の悲劇の令嬢』なのだが……。伝聞では、何でも遺体が光となって天に昇って行ったとか?私も見たかったものだ。
話が逸れた。正直、かの侯爵家の令嬢の嫌がらせは嫌がらせの域を越していたし、その他の令嬢達の攻撃も苛烈なものになっていたから、私でなくとも「これはそろそろ潮時だな」と思っていたと思うのだ。処刑されるというのは流石に驚いたが、見せしめだというのは誰の目にも明らかだったので、仕方ないとも言えた。
だというのに、あの奇跡だ。
神がおわすならば、一体何をお考えなのか。一介の子爵家の三男坊には分からぬ事だ。
勿論、私とてそれなりに付き合いもあるし、夜会にも出会いを求めて出席しているので、情報は入ってくる。
例えば、聖女様に侍っている彼らを王太子殿下が遠ざけ始めているだとか。
聖女様の周りを女性で固めようとしているだとか。
流石の懐が広いという評判の殿下も、ぶっちゃけた話現在進行形で恥を晒している彼らの面倒は見きれないのだろう。私が王太子だったらもっと早くに見捨てている。
だってそうだろう?結婚も許されていない国の宝にたかる害虫と化しているのだから、排除するしかあるまい。
私は珍しく考えすぎて熱を持った頭を冷まそうと、バルコニーに出た。
「流石は城の庭園。夜になっても見事なことだ」
そう独り言ちながら、他人行儀な寒さにぶるりと身を震わせる。
冬になってもあまり雪が降らないからか、私はこの季節が一番辛く、寒く感じる。
キィ、と、会場とバルコニーを繋ぐ扉が開いた音がして、私は振り返る。
「あ……先客がいらしたのですね」
美の女神もかくやという輝く美貌はどこか曇っている。そう、(私の中で)話題の聖女様がそこにいた。
「お邪魔でしたらお譲り致しますよ、聖女様。まあ、かなり寒いのでお勧めは致しませんが」
おどけた私の仕草に、聖女様はくすりと笑う。
私はというと、内心かなり焦っていた。彼女の取り巻き達に見つかったら、何をされるか分かったものではない。
「貴方がどく必要はありません。でも、わたしもここにいてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
常識的な距離を開けて隣に佇む聖女様。
私にとっては正しく雲上人であり、気まずいなんてものではない。私はひとまずヨイショしておく事にした。
「聖女様、貴女様のお陰で民は飢えることなく、健やかに過ごせています。それに、この間も先王の病を癒したとか?
豊穣の力と癒しの力。力を複数持つ聖女など歴代にも数える程しかいなかったと言いますが、貴女様のいらっしゃるこの時代に生を受けた事が幸福です」
「ありがとうございます。しかし、わたしは……いいえ、わたしは間違ってはいない」
聖女様はここではないどこかを見つめて、唇を噛んだ。
「聖女様!どこにおられるのですか!?」
「聖女様!」
取り巻き達が会場の中で叫んでいる。聖女様は迷い子のような目を瞼で覆い隠して、一呼吸し、いつもの微笑に戻った。
「どうやら時間切れのようです。お邪魔してしまいすみませんでした」
「いえいえ」
私は聖女様の背中を見送り、呟いた。
「間違ってはいないが、合ってもいないと思いますよ、聖女様」
私は、床に舞い込んで来た落ち葉を見下ろし摘まみ上げた。
春に芽吹き、夏には青々と繁っていた葉が力無く落ちているさまは、何だか今の彼らを表しているようで。