青ガエルと金色ガエル(童話)
むかし、むかし、ある森に小さな池がありました。青池という名前の池です。青池にはモリアオガエルがたくさん住んでいました。モリアオガエルの体の色はきれいな青緑です。みんなコロロ、コロロとないたり、ぴょんぴょん飛んだり、スイスイ泳いだりして、楽しくなかよく、くらしていました。
ある日のことです。キンイロガエルが青池にやって来ました。キンイロガエルは大きさがモリアオガエルの2倍あって、体の色はきれいな金色です。
モリアオガエルたちは、こんな大きなカエルを見たことがありません。それに体がピカピカの金色です。みんなあつまってきました。
「なんて、でっかいんだ」
「きれいな金色ね」
「強そうだ」
「イケメンだわ」
キンイロガエルは、こまっているようでした。
そこへ、一番年をとった長老ガエルが来て、キンイロガエルにききました。
「どうされました」
「大滝の池に行こうとしていたんですが、道にまよってしまいました」
「そうですか、大滝なら、あの山のふもとです」と言って、長老ガエルは前足の水かきで山をしめしました。
「ええっ、それじゃ、道がちがっていたのか。こまったなぁ」キンイロガエルは、がっくりしました。
「どうしました。あなたなら、すぐ着きますよ。足が長いですから」
「実は、後足をけがしてしまって、飛びはねることができません。それに、いきおいよくエサに飛びかかることもできませんので、この2日間ほとんど何も食べていないのです」
「そうですか。それはたいへんですな。じゃあ、何か食べるものを、さしあげましょう」
長老ガエルは、みんなにエサを持ってくるように言いました。
モリアオガエルたちは、ハエやカや虫などを持ってきました。
「足がなおるまで、ゆっくりしていってください」と長老ガエルが言いました。
「ありがとうございます」
キンイロガエルのへんじを聞いて、みんな大よろこびです。だって、体は大きいし、きれいな金色だし、強そうだからです。悪いツチガエルが来ても、もうこわくありません。メスのカエルたちが、とくによろこびました。だって、イケメンだからです。
「いつまでも、いてください」とみんなが言いました。
「そんなに長くは、おじゃましているわけにはいきません。家族や友だちが、まっていますから」
7日たちました。キンイロガエルの足がなおり、すっかり元気になりました。びょーん、びょーんと、とびはねたり、ゲェーロ、ゲェーロと太い声でなくこともできます。なき声は池全体にひびきわたります。
「もう、泳いでもだいじょうぶでしょう」長老カエルが言いました。
「では、泳いでみます」
キンイロガエルは、池のはしにある大きな岩にのぼって、そこから池にジャンプしました。ざぶーん! 大きな音です。水しぶきが、まわりで見ていたモリアオガエルたちにかかりました。モリアオガエルは、いくら、いきおいよくとびこんでも、ぽちゃ、と音がするだけです。
キンイロガエルの水かきはとても大きくて、いちど水をかくだけで、体がずぅいーっと前に進むのです。池のはしから、はしまですぐ泳ぎます。キンイロガエルにとっては、青池はせまいくらいです。
「すごい! なんて速いんだ」
「あの泳ぎかた、力強いわ」
「大きな波ができるし」
それから2日後の朝です。キンイロガエルが大滝に帰ることになりました。長老カエルが言いました。
「キンイロガエルさん、言おう言おうと思っていて、言えなかったのですが、実は、おねがいがあります」
「おねがい?」
「はい、それは、あなたに、この池の王様になっていただきたいのです。わたしたちには王様がいません。みんなは、わしが王様になるように、すすめるのですが、わしのような青色のカエルは王様になれません。あなたは金色です。王様にふさわしい金色です。それに、あなたは大きいから、悪いツチガエルをこらしめることができます。ぜひ、王様になってください。あなたが王様になってくだされば、みんな、あなたの言うことはなんでも聞きます」
「それはありがたいことですが、わたしはどうしても帰らなければなりません。母が病気ですし、子どもたちも、わたしをまっていますから」
「そうですか。ざんねんです。では、帰られたら、あなたの友だちの中で、ここの王様になってもいいというカエルさんがいないか、きいてください」
「きいてみましょう」
キンイロガエルはみんなに、わかれをつげて、大滝の池に向かいました。
長老ガエルとキンイロガエルの話を、そっと聞いていたモリアオガエルが、二ひきいました。ゲロキチとピョンスケです。ゲロキチは、悪がしこいカエルで、ピョンスケはその子分です。
「いい話を聞いた。ピョンスケ、おれは王様になろうと思う。おれが王様になったら、おまえも楽できるぜ」
「ええっ、どうやって王様になるんです」
「大滝の池に行けば、体が金色になるのさ。池の水が金色なんだよ。だから、あいつは金色なんだ。おれたちが青いのは、池が青いからだよ」
「そうか、金色の池に入っていれば、金色にそまるってことか」
「そうよ。じいさんカエルが言ってたろ、体が金色なら王様にふさわしいって」
「言ってた、言ってた」
次の日の朝、ゲロキチとピョンスケは出発しました。坂道や、けわしい道をぴょんぴょんはねて、進みました。はらがへると、虫をつかまえて食べました。昼ごろにやっと大滝の池に着きました。
大きな池です。水がすきとおっています。池の反対がわにキンイロガエルがいっぱい、いましたが、ゲロキチとピョンスケが池に来たことには気がつきません。
池は金色でした。池のそこには、黄色の大きな平らな岩があって、太陽の光をあびて、キラキラ光り、水が金色に見えます。
「さあ、ここにつかってれば、金色になるぜ。おまえはそこでキンイロガエルが来ないか見はってろ。見つかると、めんどうなことになるから」
ゲロキチはじっと池につかりました。また、ときどき水にもぐりました。あくる日も、その次の日も、またその次の日も池につかりました。しかし、ぜんぜん金色にかわってきません。ゲロキチは、とうとうあきらめました。
「しかたがない、帰ろう」ゲロキチが言いました。
そのころ青池では、ゲロキチとピョンスケがいないことに、モリアオガエルたちは気がつきました。しかし、二ひきとも、ごろつきガエルで、またどこかにあそびに行ったんだと思いました。
こちらはゲロキチとピョンスケです。つかれて、へとへとで、青池に向かっていました。
雨がふってきました。風も出てきました。寒くなってきました。前の方を見ると湯気が立っている池があります。温泉です。体をあっためようと思って二ひきとも飛びこみました。
「あっちちちち……」
とてもあつくて入れません。すぐにゲロキチが飛び出ました。しかし、ピョンスケは池のふちですべって出られません。あつい湯が、体中を火のようにやいています。
「助けてくれー!」
ゲロキチは助けようとしましたが、足がすべります。
「ピョンスケ、がんばれ! えだを持ってくる」
ゲロキチは長いえだをさがしました。なかなか見つかりません。ピョンスケは池からはいずり出ようとしては、池に落ち、またはいずり出ようとして池に落ちました。あつい池の中にうかんだり、しずんだりしています。
やっとゲロキチがもどって、池のはしから、えだをのばしました。
「ピョンスケ、つかまれ!」
ピョンスケは前足で、えだにつかまりました。ゲロキチがえだをひっぱりました。しかし、引きあげるときに、ピョンスケの前足が、えだからはなれてしまいました。
「よし、もう一度だ。前足と後足、両方でつかまれ!」
ゲロキチは、もう一度えだをのばしました。ピョンスケは四本の足でえだにしがみつきました。ゲロキチはえだを引きあげて、やっとピョンスケを助けました。
ピョンスケは息もたえだえです。しばらくあお向けになっていました。ゲロキチは葉っぱに水をふくませて、ピョンスケの体にかけたり、カエデの葉であおいだりしました。
太陽がかたむいてきました。もうすぐ日がくれます。雨もあがりました。しばらく休んでいると、ピョンスケはしだいに元気になってきました。
ゲロキチとピョンスケは青池に帰ることにしました。ピョンスケが前を歩き、ゲロキチが後ろから、ピョンスケを見守りながら歩きました。ピョンスケはへとへとで、飛びはねることができません。二ひきのカエルはペタ、ペタと歩きました。
しばらく歩くと、ふしぎなことにピョンスケの体がふくらんで、金色にかわってきました。
「ピョンスケ、おまえ、体が金色だぞ。大きくなったし」
「ええっ、ほんとだ。どうしてだろ」
「温泉につかったからだ」
ゲロキチは、今来た道を急いでひきかえしました。温泉につくと、飛びこみました。あつい、あつい! しかし、ゲロキチはがまんしました。「金色になるため王様になるため金色になるため王様になるため……」とねんぶつのようにとなえて、温泉につかりました。
もういいだろう、と思ってゲロキチは外に出ました。息もたえだえです。こんどはピョンスケが水をふくんだ葉っぱを持ってきたり、カエデの葉であおいだりしました。
しばらくすると、ゲロキチの体も大きくなり、金色になってきました。二ひきとも大きな金色のカエルです。二ひきは青池に向かって歩きはじめました。分かれ道に来ました。一つは平たんな道で、もう一つは坂道です。
「こっちがいい」とゲロキチが言って、二ひきは坂をのぼっていきました。丘の上まで来ると、休けいしました。丘の一方は、がけになっています。
しばらく休むと、ゲロキチが立ちあがって、がけのそばに行って、下のけしきをながめました。あたり一面、森です。空は夕やけです。
「おい、青池が見えるぞ」とゲロキチが言いました。
「ええっ、ここから?」ピョンスケが、がけのところに来ました。
「あそこ」とゲロキチは前足の水かきでしめしました。
「どこ」と言ってピョンスケが、がけのふちまでよったときです。ゲロキチは後ろからピョンスケをおしました。
「あああああー」
ピョンスケはがけを、まっさかさまに落ちていき、グチャッという音がかすかに聞こえました。ゲロキチは、これで王様は、おれ一人だ、と思い、にたりとわらいました。
日がくれてから、ゲロキチは青池につきました。体は大きくなったし金色です。モリアオガエルたちがゲロキチのまわりにあつまってきました。
「金色のカエルだ」
「この前来たキンイロガエルの仲間かな」
「そういえば長老ガエルが言ってたよ」
「そうそう、王様になるカエルが来るかもしれないって」
わいわい、がやがやしているところへ、長老ガエルがきました。ゲロキチを見ると、うれしそうに言いました。
「よく来てくださいました」
「わたしは王様になるため大滝から来ました」ゲロキチは、むねをはって言いました。
「ありがとうございます。さぞ、おつかれでしょう」
ゲロキチはおかしくって、たまりません。わらいたいのをこらえました。
長老ガエルは、モリアオガエルたちに言いました。
「こちらは、この前来てくださったキンイロガエルの友だちのカエルさまだ。今日から、この方が、わたしたちの王様だ。みんな王様の言うことを聞くように。とおい道のりで、おつかれだ。さっそくお休みするところを作りさい」
モリアオガエルたちは、やわらかい草や葉っぱをかさねてベッドを作り、そこに虫のごちそうを持ってきました。
ゲロキチはその夜、なかなかねむれません。やった、やった、おれは王様になったぞ、なんだって思いどおりだ、と思いました。
あくる日から、ゲロキチ王様は大いばりです。
「もっとうまい虫はないのか。イナゴやコオロギなぞ食べたい」
「このベッドはいたい。ネコヤナギのツボミのようなやわらかいベッドを作れ」
「後足がいたい、だれかもんでくれ」
「のどがかわいた。水をもってこい」
ゲロキチは言いたいほうだいです。モリアオガエルたちは、こんなわがままな王様なら、いらないと思いましたが、長老のめいれいです。それに、この王様はこの前来たキンイロガエルの仲間です。王様をおこらせると、仲間にいいつけるかもしれません。そうなったら、たいへんです。しかえしに来るかもしれません。だから、何を言われても、はい、はい、とわがままを聞くしかありません。
次の日です。
「王様が住むごてんを作れ」
モリアオガエルたちは青池の日当たりのいい場所に、りっぱなごてんを作りました。
その次の日です。
「わたしのせわをするカエルを五ひき、わたしを守るカエルを十ぴきえらぶ。全員しゅうごうせよ」と言って、気に入ったカエルを、えらんでせわをさせたり、けいごにあたらせたりしました。
また、その次の日です。
「王様せんように泳ぐところをきめる。池のこちらがわ半分だ。だれも、そこに入ってはいけない。入ったら、ばつを与える」
池の真ん中にツタがはられました
それから、十日たちました。みんなが長老ガエルに、ふまんをぶちまけると、長老カエルは言いました。
「みなの気持ちはよくわかる。しかし、今わがままなのは、王様になったばかりで、王様気分をしばらく味わいたいのだ。しかし、もうすこしたてば、良い王様になって、みんなをまとめ、悪いツチガエルを、やっつけてくれるようになるから、今はしんぼうしてくれ」
それから、二ヶ月たちました。わがままは毎日のようにつづいています。
ゲロキチは毎日おもしろくてたまりません。こんなすばらしい生活ができるなんて思ってもみませんでした。
ある日のことです、ゲロキチが池にうつった自分のすがたを見ておどろきました。体が小さくなっているのです。金色もうすくなって、ところどころ青みがかっています。次の日も見ましたが、体がちぢみ、金色がくすんできているのです。
「こりゃいかん。もとのアオガエルにもどっちまう。温泉につからなきゃ」と思いました。
つぎの日の朝です。王様はめいれいしました。
「さいきん、ツチガエルがあらしまわっている。したがって、今日から、日がしずんだら、外出をきんしする。いはんした者は、ぼうたたき百回」
ツチガエルがあばれているというのは、うそです。しかし、モリアオガエルたちはツチガエルがこわいので、日がしずんでからは、家の中にいました。
その日の夜です。まん月で、明るい夜です。ごてんからゲロキチがそっと出てきました。大きな葉っぱで体をかくしています。ゲロキチはきょろきょろあたりを見まわしました。
ちょうどそのときです。モリアオガエルの子どものコロタが青池に帰ってきました。コロタのお母さんが病気でくるしんでいるので、コロタは山に薬草を取りに行って、おそくなったのです。
コロタは、月の光にてらされた王様の顔を見て、おどろきました。顔がゲロキチの顔にそっくりです。ゲロキチさんだ、こんな夜中にどこに行くのかな、と思って、後をつけることにしました。
ゲロキチはぴょんぴょん飛んでいきます。すこしはなれて、後からコロタもぴょんぴょん飛んでいきます。フクロウが、ほー、ほー、とないています。風でササの葉がざわざわしています。
しばらく飛んでいくと、ゲロキチは止まりました。コロタも止まりました。温泉の湯気が立ちのぼっています。あついお湯がぶくぶくぶくとわきでています。ゲロキチはあたりをみまわして、温泉の中にとびこみました。コロタは岩のかげからゲロキチを見ました。ゲロキチは「あっつつ、あっつつ」と言って、温泉につかっています。コロタは、ゲロキチがどうしてあつい湯に入っているのだろうと思って、しばらく見ていると、ゲロキチが温泉から飛び出て、その場にあお向けにたおれました。
すると、どうでしょう、さっきまで青かったゲロキチの顔が金色になっていきます。体も大きくふくれて、金色になっていきます。コロタはおどろいて「あっ」とさけびました。
「だれだ!」ゲロキチの大きな目がギョロリと動きました。
コロタは岩かげでじっとかくれています。ゲロキチが近づいてきました。月の光がゲロキチの金色の体をてらしています。コロタは、急いでにげました。ぴょん、ぴょん、ぴょんとにげました。ゲロキチは追いかけましたが、温泉から出たばかりで、息切れがして思うように、飛びはねることがでません。しかし、コロタが青池につく前に、つかまえて殺してしまわないと、インチキがばれてしまいます。ゲロキチは必死で追いかけました。なんといってもコロタはまだ子ともです。みるみるゲロキチとコロタのきょりがちぢんでいきます。どんどんちぢんでいきます。あと四メートルになりました。コロタも必死です。インチキを見てしまったのです。つかまったら殺されます。あと三メートル、あと二メートル、あと一メートル。コロタのすぐ後ろに、あらあらしいゲロキチの息づかいがせまりました。コロタはもうダメだと思いました。
そのしゅんかん、空からオオワシが急降下して、ゲロキチをつかむと、月夜にまいあがり、一しゅんのうちに消えてしまいました。ゲロキチが金色に光って、めだっていたからワシにつかまえられたのです。コロタは、しばらく夜空を見上げていました。
コロタは青池に帰ると、お父さんガエルとお母さんガエルが、しんぱいしていました。
コロタは温泉で見たことや、ワシにゲロキチがつかまえられたことを全部話しました。
「そうか、おまえ、ぶじでよかった。しかし、あの王様、どうもおかしいと思ってたんだ。とんだインチキやろうだ」お父さんガエルが言いました。
「ワシにつかまえられて、とうぜんよ」お母さんガエルが言いました。
あくる日、お父さんガエルはモリアオガエルたちにコロタから聞いたことをつたえました。
「そういえば、あいつ、金色がはげてたな」
「体もちぢんでたわ」
「ひでぇやつだ」
「バチがあたったのよ」
「ピョンスケもゲロキチにやられたんだろうよ」
「かわいそうに」
それを聞いていた長老ガエルが、モリアオガエルたちに言いました。
「みなさん、わしが悪かった。あのキンイロガエルさんに王様になってください、とたのんだことが、そもそも、いけなかった。いくら見た目が良くても、よそものに王様になってもらうのは、かしこいことではなかった。申しわけない。もう王様はいらない。これからは、今までどおり、楽しくなかよく、くらそう」
モリアオガエルたちは「そうだ、王様なんていらない」と言って、ごてんをこわしました。王様せんように泳ぐところをしきったツタも取りのぞきました。
一週間後です。ほんもののキンイロガエルが青池に来ました。
「長老ガエルさん、この前はおせわになりました。これはお礼です」と言って生きているイナゴがいっぱい入っている箱をさしだしました。
「ありがとうございます」
「それから、王様のことですが、だれも、なりたいものはいませんでした」
「そうですか、実は、わたしたちも王様なしでやっていこうと話していたばかりです。ツチガエルはこわいのですが。みんなの力を合わせれば、なんとか……」
「わかりました。ときどき来てあげましょう。わたしがここにいるところを見れば、ツチガエルはおそってきませんよ」
「それは、ありがとうございます」
モリアオガエルたちも「ぜひ、あそびに来てください」と言いました。
それから一週間たちました。キンイロガエルが青池にあそびに来ました。そのとき、ぐうぜん、ツチガエルが青池をあらしにきました。しかし、ツチガエルはキンイロガエルを見てびっくり。二度と青池に来ることはありませんでした。
おわり