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よろしくお願いします。

「おらっ‼ サンドバックの気持ちはどうだい? ヒーロー君っ」

「うぐっ……うぅ」


 革靴が、腹部にめり込み、顔面には固く握りしめられた、拳が突き刺さる。

僕は、いつまでこの苦痛に耐えることが出来るだろうか。この不条理な暴力にに抗うこともせず、嵐が過ぎるのを待つかのように、僕は身を屈め、一方的な暴力が終わることを祈り、ひたすら痛みに耐える。

 複数人からの、暴力の痛みに耐えていると、学校の予鈴が鳴った。


「村木さん、予鈴鳴りましたよ。そろそろ教室に戻りましょう」

「あぁ、そうだな。 そろそろ戻るか」


 予鈴が鳴ったことで、普段は良い子ちゃん演じている彼らは教室に戻るようだ。普段は、成績も良く周りから崇められている、カースト上位の彼らが、なぜこんなことをするのか。僕には理解が出来ない。いや、僕は理解をしたくないのかもしれない。理解をしてしまったら、僕は彼らと同じような人種になってしまうように感じるからだ。

 村木達は、教室に戻ろうとして身体を校舎の方向に向け、何かを思い出したかのように、再びの僕の元へと戻ってくる。その顔は、虫を見るような目で、醜い笑みを浮かべている。

そして彼はいつものように告げる。


「ヒーロー君、今日も財布の中身、貰ってくからな」


 そう言って、村木は僕の制服のポケットから財布を取り、中身の確認をしている。

中身を確認している村木は、その顔から笑みから、怒りを含む顔になり、足を振り上げ僕を蹴る。


「おい‼ 富田‼ どうなってんだ? 一昨日に、金を財布に補充しとけって言ったよな? 聞いてなかったか? あぁ?」

「…いや、聞いてたけど。お金が無い。うがっ…」


 お金が無いことを告げると、更に力を込めて蹴ってきた。倒れている僕の鳩尾に入り、吐き気がこみ上げる。

 嗚咽交じりに、咳き込んでいると、村木が王様になったかのような面で僕に告げる。


「お前さ、自分の立場分かってんの? 生かさせて貰ってんだよ? そのお礼に金払わないって、どうゆうことなの? 生きてる価値を自分から捨てるか? 死ぬか? あ?」

 正直、いつも痛くて、理不尽だと思っているけど。このような、発言を聞くと可哀想な奴にしか見えなくなってくる。


(本当に王様のつもりなのか。幼稚園生以下だな。可哀想に)


 僕は心の中で、毒を吐く、口に出してもいいのだが、それは火に油を注ぐようなものだ。何も言わず、過ぎるのを待つのが一番良い。飽きるまで、相手が離脱するまで待つまで絶えればいい。

 僕は、彼の発言に何も答えず、彼の目を見る。


「おい、お前何見てんだよ。不愉快だから、死ねよ。 な? お互い楽になるぜ? 俺は、お前がいなくなってスッキリ。お前は、俺から痛い目に合わなくて済むんぞ?」


 そう言うと、彼は再び僕の鳩尾を蹴った。我慢できずに、吐瀉物が胃から込み上げ、口から漏れ、酸性の強い匂いが、その場を包む。


「おい! 汚ぇよ! くそが!」

「む、村木さん‼ そろそろ教室に戻らないとヤバいですって。こいつのゲロで此処は匂いますし、早く戻りましょう」

「ちっ……そうだな。おい、富田ぁ~、明後日までに金……用意しろよ?」


 村木は唾を僕に吐き、連れにアイコンタクトを送ると、彼らは一斉に校舎へと戻っていく。残されたのは、吐瀉物に塗れ、腹部に痣を作り、顔を腫らした僕だけが残る。

 こんな姿になっては教室には戻れない。僕は立ち上がると、その場から離れ、家に帰るために、学校の裏門へと目指した。

 なぜ正門ではなく、裏門なのか。答えは簡単だ。正門の近くでは、いつも用務員さんが雑草を抜いていたり、落ちている葉っぱを集めていたりと、正門周りを綺麗にしているからだ。この姿を見られたくないこともあるが、時間帯が拙い。昼休みが明けたばかりで、生徒は、今頃教室で授業を受けている時間帯なのだ。用務員に見つかったら、確実に職員室へと連行される。村木達から暴力を受けていることを、隠すためには見つかるわけにはいかない。なんで、見つかりたくないのかは僕にだって分からないが、兎に角見つかりたくないのだ。僕が我慢すれば済む話なのだから。

 暴力を受けている現実を隠すためには、誰かに見つかる可能性の高い正門を使うよりも、誰もいないであろう裏門の方が良いのであった。

 そして、僕は生まれたての小鹿のようにオロオロとしながら、裏門へと目指すのであった。







「なんで、こんなことになったんだろうなぁ」

 

 理不尽な現状から出た言葉だった。いつものように、日常の生活の一部のように理不尽な暴力を受けていたら疑問にも思うだろう。しかし、彼は暴力を受けている現状には理不尽と感じているが、暴力を受けるようになった原因に対しては後悔をしているわけではない。

 なぜ、彼が理不尽な暴力を受けるようになったのか。それは、簡単なことであった。

 元々、村木達の暴力の対象は、彼、富田 茂一(とみた しげいち)では無かった。彼は、普通に過ごす男子高校生だった。友達も並にはいたし、性格も悪いわけではなかった。一つ問題を上げるとしたら、彼の正義感が問題だったのかもしれない。決して悪いことではない、誇ることだ。しかし、彼はその正義感に従い行動を起こしたことにより、自分の身に暴力の対象を移したのだ。

 

 事件は3ヵ月前に遡る。それは普通の日だった。彼は普通に昼休みを過ごしていた。友達と駄弁り、お昼ご飯を食べて、連れションに行く。普通の男子高校生の日常を送っていた。しかし、一つだけいつもと違う光景を目にする。たまたま、廊下の窓から校舎裏の茂みに目を向けてしまったのだ。そこから見えた光景は、一人の少年を、集団で暴力を振るっているものだった。

 彼は、それを目にした瞬間に身体を動かし始めていた。一目散に昇降口へ向かい、靴を履きかえる。そして、先ほど目にした場所へと走っていく。


 見過ごすわけにはいかない。止めなければいけない。


 彼の心にはそれしかなかった。彼の正義感が行動に移したのだ。

 目的の場所に近づけば近づく、怒声と鈍い打撃音が聞こえてくる。その音が明確に聞こえてくるにつれて、彼の意識は、早く被害を受けている子を助けることで埋め尽くされる。そし、彼は口を開いた。


「何やってるんだお前ら! イジメなんてかっこ悪いことしてるなよ! 今すぐにその子を解放しないと、今すぐ職員室に行って報告するぞ! 」

「あぁ? ヒーロー気取りか? テメェは確か、富田だったか? お前こいつの代わりになるか? 助けに来たヒーロー様なら、こいつの代わりになれるよな? あ、ちくったりしたら、こいつの全裸画像を学校中にばら撒くことにしてんだわ。こいつのためを思うなら、このことを報告しないよな? ヒーロー気取りで来たんだ、こいつを見捨てないだろ?」

「……分かった。だからその子を離して」

「あぁ……分かった。おら、お前はさっさと教室戻れよ、このヒーロー君にお礼を言うんだな」


 そう村木が言うと、暴力を受けていた生徒は脱兎の如く校舎へと消えていった。


「……すぐに解放するなんて、意外と優しいんだな」

「あ? 勘違いするなよ? 彼奴にはもう飽きててな、金も絞りつくしたし、新しい獲物を探すところだったし丁度良かったんだよ。で、ヒーロー君、お前代わりになるって言ったよな? お前今からサンドバックなっ‼」

「ぐはっ……」


 こうして彼は日常的に暴力を受けることになったのだった。正義感をもって介入したが、彼に力はなく、平均身長をも下回る身体付きであるがゆえに力には抗えず迎え撃とうとすら思えなかった。

 ただ、名前も知らない誰かの身代わりになること自ら選んだのは彼自身であった。





「まぁ、僕のせいなんだけどさ。後悔はしてないけどやっぱり理不尽だよな。……僕がチビじゃなかったら、あんな奴らコテンパンなのに」


 僕は、俯き愚痴りながら帰り道を歩いている。身体の至る所が痛い。毎日受けていても、慣れることはない。良く死なないなとは自分でも思う。あれだけ腹部を蹴られたら内臓くらい破裂しそうなのに、意外と丈夫なことで大事には至っていない。

 まったく、こんなに痛い思いをしても生きているんだもんな。色々と世の中は理不尽だ。

 そんなことを考えながら歩いていると、十字路に差し掛かった。ここの十字路は、車があまり通ることはなく、信号機が設置さているわけでもない。

 僕が、念のために安全に横断歩道を渡れるか顔を上げると、対向側の横断歩道で小さい子供が、柔らかそうなボールを体いっぱいに抱えて、横断歩道を渡っていた。近くに公園があるから遊びに行くのであろう。ヨチヨチと小さいアヒルの雛のように歩いている。和む気持ちで見ていると、その子供は横断歩道の真ん中で躓いて転んでしまった。僕は、転んでしまった子を起こしに行ってあげようと、歩き出すとあることに気づいた。小さい子の後ろから車がもうスピードで突っ込もうとしていたのだ。

 いや、車が来ていたのには遠くの方にいるのが見えていたので、気付いてはいた。しかし、小さい子供が横断歩道を渡っているのだから止まると思っていたのだ。しかし、目に映る車はスピードを緩める気配がない。


 このままだと、あの子が轢かれる。

そう思うと僕の身体は勝手に動いていた。転んだ子は自分で立ち上がった良いものの、痛さからかその場に立ち泣いている。そして、車には気付いていない。車も止まる様子はない。 

 小さい子の腕をつかむ、その子はビックリするようにこちらを見上げている。こうしている間にも車は50m先にまで近づいていた。

 僕の力では、小さい子を抱えてもすぐに、その場から離れる力がない。腕を引っ張るのも間に合わない。僕はそう考えると咄嗟に、その子にタックルをした。全体重を乗せたタックルは、小さい体を宙に浮かせ、車の進行方向から免れた。

 

 そして僕は、車の進行方向に取り残された。

 

 目の前には、シルバーの車体が迫る。身体が車体の先端に触れ、めり込む。そして、僕の平均より小さい身体は、吹っ飛ばされた。

 余りの衝撃で、口からは血が出てくる。そして、視界の端にはあの子が映る。僕がタックルをした子はこちらを見ていた。


(良かった。あの子は轢かれなかった)


 まるで、スローモーション映像のように感じる。すべてが遅くなる。ゆっくりと宙を舞い、ゆっくりと、頭から地面へと落ちる。

 そして、全身に走る熱さを感じながら僕は思った。


(痛みはやっぱり慣れないなぁ)


 まだ、高校2年生でやりたいことは沢山あった。彼女も欲しかったし、家族も作りたかった、なりたい職業もあった。

 でも、あの子を助けたことは後悔していない。むしろ自分を誇っている。


 死ぬときに、誰かの命を救えて良かったと。


 身体を覆う熱さを徐々に感じなくなるとともに、彼の意識も徐々に途絶えていった。


 そして、僕は死んだ。





「……あれ? 死んだよね? 僕」


 意識が途絶えて、すぐに僕は目覚めた。死んだはずだった。だが、身体は痛くなく意識もある。恐る恐る目を開けてみると、そこは自分が死んだ場所とは違う場所であった。コンクリートの地面のはずが、草原へと変わっていた。そして、声が聞こえた。


「茂一様、あなたは異世界への転生者に選ばれました。新しい人生をその記憶と共にお送りください」

「……なんだって?」


 僕の新しい人生が唐突に始まろうとしていた。


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