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回収できずに一ヵ月(後編)

「ですがねぇ…」


「まあ、君の気持ちもわからんでもない。一刻も早く回収しなければ違法な研究の足がついてしまうのだからな。君にとっても一生の問題だろう」


 そう言われると、途端にバーモンの顔が血色を失ってしまう。普段より肌は白いが、ますます白くなって死人のようである。それもこれも、まるで他人事のように言ってくれたドランクの何気のない一言からであるが、たとえそこに悪気がなかったにしても、その心に、友人を簡単に見捨てられる無情、薄情、人でなしが住み着いていると思うと、がっくり肩が落ちる。当のドランクはバーモンのそんな気も知ってか知らぬか、


「もしもだ、もしもあいつが『あちら側』への『穴』を自由自在に開けることができるなら、何もあいつに探しに行ってもらう必要もないだろう。私たちが直接に行けば、案外いろんなサンプルがとれるかもしれないぞ。どうだ、あいつには『穴』を開けてもらうだけというのは。それなら私とて奴を探すことに反対はしない。いや自分から探してやってもいいくらいだ」


 二人にこれといって部下がいるわけでもない以上、探すとなると自分たちの足の他ない。バーモンは冷めた目でドランクを見つめながら、ともあれ話がまとまってひとまずは胸を撫で下ろす。なんだかんだと言いながら色々と考えてくれているように感じると、義理を捨てて容易くドランクを見限るのも罪なものだと思い改め、もう少し信頼してみようかという気になる。もっとも、


「あの野郎、用が済んだら絶対に仕返しをしてやる!」


 と、すぐに歯軋りをして呟いている姿も見ると、いま胸の内で浮かんだ信頼の二字も、すぐに薄墨の如く淡くなる。


 決断すると即行動するドランクはただちにバーモンを引き連れて黒服の男がいるといわれる島国へと旅立つ。飛行船で約一日かけて到着する。両人ともにこの国に入国するのは初めてであった。小さな島国となめていたが、街の発展は自国と優劣つけ難くて驚く。それでいて治安がよいようで一つの街を見て国全体が穏やかという印象を受ける。外れには山もあり川もあり田園もある。


「こんなところに住んでいれば、確かに平和ボケするな」と、ドランクの独り言。


「老後はこんなところで過ごしたい」と、バーモンの独り言。


 二人は、黒服で探偵をして「あちら側」へと行き来できる男の噂を聞きまわったがなかなかこれといった情報が手に入らない。この国だけでも四十近くの県がある、彼らが着いた街などはこの国の四十分の一のさらに数十分の一。国民的スターでもない限り、人に訊ねて知っているとすぐに返ってくるはずもないのである。


 この世界において「あちら側」へと行き来できる人間は稀である。そもそも「あちら側」の存在を知っている人間もまた稀である。魔法力なんてものが今も残り、「あちら側」と比べて科学力が一世紀ほど遅れたこの世界であれ、魔法力などがほぼ消滅して科学全盛の「あちら側」であれ、住民の異世界における認識は「あちら側」も「こちら側」もどちらも大差ない。自分たちが住む世界が唯一の世界で、その裏の異次元において別の世界が存在し、一方では魔法力が残って、一方では科学が発達して、と考えることは夢物語としてしか語られていない。実在する別世界を確認して交渉する住民はどちらの世界においても国家機密として匿われる。他の一般住民を不安に陥れる行動は、どちらの世界においても基本はご法度である。


 二人はひとまず探偵事務所を手当たり次第当たってみる。この国には探偵事務所そのものが珍しく、電話帳で調べて片端から電話をかけてみれば、仕事柄か「あちら側」の噂について知っているものが何人か見つかる。ただし噂を知っている程度では話にならない。別世界を行き来できるかが重要である。その中で、黒服の男とは別のルートで「あちら側」への往来を可能にする噂を耳にする。詳しく聞くため、情報提供をしたその探偵事務所へとすぐに足を運ぶ。


 都心のとある商店街の通りに建つ小さなビルの二階にそれはある。応対してくれたのは黒猫であった。喋る猫である。この世界においてはそれほど珍しいものでもない。どうやらその猫がこの事務所を切り盛りしている。電話の声もこの猫のものであった。


 黒猫曰く、この国の女皇帝が住む屋敷に「あちら側」へと抜ける穴が常時開いている部屋があるとのこと。公表されていないため確証はないが、概ね間違っていないだろうと言う。その話を聞くや、ドランクはやる気をみなぎらせて、


「忍び込んでやろうじゃないか!」


 その頼もしさにバーモンは思わず感涙するが、何故に泣くのか、この男もどこか情緒がおかしい。



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