回収できずに一ヵ月(前編)
赤髪ことドランクは気が気でない。約一ヶ月前に「あちら側」へと吸い込まれた自分たちの研究・開発の品をいまだ回収できずにいる。それらがUWの手に渡れば確実に面倒なことになる。なんとしても自分たちも「あちら側」へ行く必要があるのだが、肝心要の「穴」がない。見かけたという情報もここ最近耳に入っていない。先日の黒服の男が巨大な熊と抜けてきたそれはケースを吸い込んですぐに閉じてしまっている。
魔力増強剤の研究開発者、白髪ことバーモンはドランク以上に気が気でない。条約違反で罪に問われるのは増強剤のみ。その気になればドランクはひとり言い逃れることだってできる。追い込まれてバーモンを売ってしまうことだってあり得るだろう。仲間を信頼できないのは愚、と世の通説を人並みに噛みしめながらも、長年の付き合いからドランクのいい加減さを加味すると愚で結構かも知れない。それくらい裏切られる恐れがある。彼もまた情報網を駆使して「穴」の発見に躍起になっているが、結果はドランクと変わらない。彼は焦燥の中、それでも冷静を保ってあれこれ考える。一つ思い当たる節がないわけでもない。可能性はいたって低いが、あのときの黒服の男がこの窮地を打開する鍵になるのではないかと閃くのである。
「穴」に黒ケースが吸い込まれてしまったあのとき、ドランクはその責任を黒服の男へおっ被せようとした。弁償しろと迫って、それができないなら取り戻してこいと、いつもバーモンにするように命令口調で言ってのけた。黒服の男にしてみればとんだ言いがかりであったろう。「穴」に近づいたのも彼ら、黒ケースを放り投げたのもドランク自身、黒服の彼に非はない。もちろん拒否された。すると自分たちの親切を断ったのがそもそもの元凶であると、無茶苦茶を言ってさらにドランクは迫った。責任転嫁も甚だしいのに本人はいたって真剣であったから手に負えない。無論、そんな幼稚な理論が通用するわけでもなかった。が、代わりに黒服の男は、仕事として正式に依頼するのであれば値段次第でケースを探しに行っても構わないと言ってくれた。バーモンはその台詞に引っかかっているのである。ちなみにそう提案してくれたものの、そのときドランクが怒りに任せて考えもせずに無料でいけと断って、交渉は決裂している。挙句に暴力に訴えようとして、逆に後ろの熊に殴られて気絶させられて、その間に黒服たちは森の中へと消えてしまったものだから、黒服の彼がどう探しに行くのか詳しく聞くこともできなければ、名前や連絡先を聞くこともできなかった。
もしやあの男は「あちら側」と「こちら側」を自分の意思で行き来できるのではないのか? 「穴」を自在に作れるのではないのか? どれにしてもこの道にかなり精通していると見て間違いない。それもアンダーグラウンドでフリーランスに動いている、いわゆるプロに違いないと推測する。そんな人物の噂をバーモンも聞いたことがないわけではない。ドランクが気絶から回復してすぐ、黒服の男の可能性を提言してもいる。
「あんな迷子に何ができる」
こう一蹴されているが、バーモンはそれ以来「穴」の情報と共に黒服の男の情報も密かに集めるようになった。
そして先日、黒服らしき男の情報がバーモンの耳に届く。そのような人物が近くの島国で探偵をしているらしい。ただ、それ以上の情報はない。住所も名前もコンタクトの方法もわからない。
「とまあ、大した情報ではないですが可能性がないわけでもありません。『穴』がなかなか見つからない以上、この男のことも考えに入れて行動を起こさないと間に合わなくなりますぞ」
「それは見方を変えると、あの男がすでに『向こう側』へと出向いていて私たちの情報をUWに売っている可能性もあるということだな」
「まあ、そういう可能性もありますな。だったら尚更のこと一刻も早くその男を捉まえて我々の味方に加えるべきですぞ」
「そこだ。そこだよ、君。あいつを味方に加えるっていうのが私にはどうにも気に食わない。あいつは私を熊に殴らせた相手だぞ。この私が不意にも不覚にも油断していたとはいえ気絶させられたんだぞ。そんな暴力野郎と手を組んで、本当に信用できると言えるのか? 君は。背後から銃で撃ってくるタイプだぞ、あれは」
それがただの逆恨みといえ、口にして指摘すれば火に油。黒服の性格をそう悪く言うなら、ドランクこそは猪突猛進、敵陣に突っ込むような性分で、両者を秤にかけてどちらを味方にしたほうが有益かと比べてみると、綺麗に黒服へと傾いてしまう。