退院した日にすぐ仕事(後編)
「それで、あの子の修行の成果ってどうなの?」
「うん、まあ、修行っていっても一ヶ月そこらだし、自分の能力を自分の意思で出し入れできるようになった程度なんだよ。しかも、あのときのような馬鹿でかい壁を作れるわけでもないようだから… あれはあのときだけだったみたい。まだまだこれからだね。すぐに俺たちの隊に入れて、現場で経験値を上げてもらうつもりだよ」
「じゃあ、じゃあさぁ、あの子をむかえに終わったらさっそく空の監視をしてもらうってのはどう?」
それまでの仏頂面から一変して瞳を輝かせながら提案する弥生を見て、こいつはよほど本日仕事をしたくないのだと桐生も悟るが、意地悪な彼は、
「おお、それは名案だ。じゃあ、連れて帰ったらお前が一から何から教えて『一緒に』一日一晩監視してくれよ。よし、決まり!」
と、ニッコリ。
「何でそうなるのよ!」
弥生の怒鳴るのも聞く耳持たず、うきうきした顔で封筒から書類を取り出すのを見ると、彼女もカチンと来たもので、気が付けば拳でもって桐生の頬を殴っている。どれだけ桐生の身体能力が人間離れして高かろうと、油断して間近なら避けることもできない。椅子からひっくり返ってもくれて、弥生も少しはせいせいする。
「では、本題に入ろう」
改めて、封筒から取り出されたのは地図と書類と一枚の写真。その写真には、満天、星が無数に瞬く夜空が写っている。これが何かと目を凝らすと、薄ぼんやりとその夜空の中に人影が見える。さらに凝らして見てみると、それが何か細く長い棒にまたがって空中を飛んでいるように見える。
「何これ? 大昔の魔法使い?」
「さあ、何なんだろうねぇ? それを見つけて調べるのがこの仕事なんだけど」
未確認飛行体や未確認生命体の調査の仕事はUWでもよく行われている。大概「あちら側」の迷子であるため、騒ぎが起きないように調査、捕獲、交渉が行われて後、「穴」を発見次第「あちら側」へと帰して完了する。二人も、この手の仕事は何度も経験がある。一か月ほど前、能力者として才能ある人間を覚醒させようと弥生が熊に扮した際にも、彼女とは別の、火を吹く巨大な熊が偶然その場に現れて、取り押さえて帰している。
書類に目をやると目撃者の証言がいくつか書かれてある。抜粋すると、
―箒に乗って人が飛んでいた。
―何か児童文学に出てくる魔法使いのようだった。
―魔女だと思う。
―映画のようだった。 等々
中でも弥生が目を引いたのは、
「『…乗っていたのはいわゆる魔女と呼ばれる女性でもなければ、いわゆる児童文学に出てくるような少年でもなく、スーツを着たサラリーマン風の眼鏡をかけた三十歳くらいの青年もしくは中年の男であるとの証言もあり…』何これ、ちょっと面白いんだけど」
桐生もまた同感で、歯を見せ笑うと、
「箒にまたがるおっさんの魔法使い。それが本当なら一度会ってみたいものだよね。どんなセンスしてんだろ?」
「やっぱり『あちら側』の人なのかな? それとも『こちら側』の隠れ能力者?」
「さあね」
「この人、他に何が出来るんだろ? 空を飛ぶだけでも十分凄いことよ。この人がもし悪いことを考えていて、それでいてゲームやマンガみたいに攻撃呪文も可能なんて人だったら、それはそれでちょっと大変かも…」
弥生の何気ない推測に、ふと二人は黙ってしまう。桐生の黙るのもまた珍しい。真顔で見詰め合うと、それだけで弥生は不安になる。自分の推測がもしや正解なのかと、彼女の目が訊ねる。桐生は返答も頷きもせずにそのまま五秒は静止する。まるで深刻である。
「三十路・ポッター」
表情も変えずに桐生がそんなことを呟く。そうして一人で大口開けて抱腹して絶倒している。
「真面目にやりなさいよ!」
こう癇癪を起す弥生の口元も、しかしついつい緩む。
「いやはや、そんな深刻な問題かどうなのかも含めて、こいつの正体が何なのかはっきりさせるためにも、本日出現しないか監視していてほしいわけだよ。今日は日曜日。もしサラリーマンなら昼間から飛んだっておかしくないぜ。見かけることが出来たらそれ次第尾行して、住処を突き止めるところまでが本日のお前の仕事だ。戦闘はなし。むしろするな。運がよければ昼には終わるかもしれないぜ」
「…わかったわよ」
渋々ながら、結局弥生も引き受けてしまう。