エピローグ
某市内。世は出勤、登校で往来は人の喧騒とあれば、桐生と弥生と滋の三人はとある中層ビルの屋上に無断で陣取って、それぞれ地上を見下ろし、人を探す。弥生はときどき双眼鏡を使う。滋はずっと肉眼。頬やら腕やら指やら、あちこちに絆創膏を貼った満身創痍の桐生はパラペットの上で胡坐をかいて、物臭な顔をしながら、同じく肉眼で見下ろしている。
「それにしてもあんたって、ホント頑丈よね。あんな潰され方しても、擦り傷、切り傷ばっかで、骨折とかないもんね」
「ふん、痛いものには変わらないね。それに骨折していないわけじゃないんだ。軽いのならあるよ。でも人より回復が早いから問題なく動けるだけなの」
「バーモンさんたち、結局ヴァイスさんが『あちら側』に帰したんでしょ?」
「おう、今朝方帰したらしいよ。あの赤い髪の人、また文句を言ったそうで、面倒だからってそのときにも気絶させたらしい。白い髪の人に引きずられるように帰ったそうだ」
「へぇ、ホント負けず嫌いね。というか、あの人もタフね。あれだけボロボロにされたっていうのに…」
「あの後、無理やり脅して催眠術を使わせて平正美の昨夜の記憶を消しただろ。あれも相当根に持っていたらしい」
「捕まらずに済んだだけありがたいと思いなさいよねぇ、まったく。そういう取引だったんだから」
滋は二人の方に振り返ると、
「バーモンさんは、あの薬を全て、製造記録まで何から何まで処分するって言っていたけど、本当なのかな?」
「ま、本人も相当に懲りていたみたいだし、自分から処分するって言っていたんだ。仮に自分で処分しないにしても、ヴァイスが『阿国』って『あちら側』の国に頼んで監視させるみたいだから、処分しなかったらその時は投獄にでもなるんじゃない? 意外とすでにもう捕まっていたりして…」
「バーモンさん、何だか気の毒で。あの赤い髪の人と一緒にいる以上、また何か悪いことに手を染めてしまいそうなのに、あの人以外、仲間がいないようだから…」
「それは俺たちが心配しても仕方ないだろう。本人の問題なんだ。下手に同情ばかりしていても、俺たちが無駄に気苦労するだけだよ。あの人の決断が結果として俺たちの敵となるようなら、そのときまた戦ってやればいいことだと思うぜ」
「ねぇ、平正美さんの記憶って、本当に昨夜の部分だけキレイに消えているのかしら?」
「まあ、それを確かめる意味でもここから観察しているんだし、今はまだなんとも」
「飯塚さんは、記憶を消すのを拒んだけど、あれで本当に大丈夫なの?」
「大丈夫なんじゃない? 本人も自分で魔法のことは忘れるって言っていたからね。アイテムも白髪の人が全部持って返ってしまったし。一ヶ月くらいか、そんな記憶をいきなり無かったこととして忘れさせるのも酷な話だろ。実際にあの人が魔法を使ったのは事実なんだし。時間かけてゆっくり忘れればいいんだよ。恋愛みたいにさ」
「へぇ、あんたが恋を語るなんて、なんだか滑稽ね」
「ふん、失礼なことを言っていないでちゃんと見てろよ。ほら、あれ、平正美なんじゃないのか?」
「あ、ほんと。あんた目もいいわね。でも、こうやって見ると、彼女も可愛い顔してるじゃない。滋君、見てみなさいよ」
滋は双眼鏡を手渡される。
「うん、確かに。でも、昨日からそう思ってた」
「へぇ、あんた意外と素直ね」
「どれどれ、貸してみな」
桐生もまた、
「確かに」
ただ、あまり異性として興味はないようで。
「ところで、あの薬の副作用って結局見つかったの?」
「いや、まだはっきりとわかっていないんだ。精神に何らかの形で影響を与えるんじゃないかって、そんなことを言っていたけどね。案外、無害かもしれないし、あったとしても良いほうに影響が出ることだってあるから… ねぇ…」
付近のビルの玄関の前にて飯塚の姿を見つける。丁度、平正美と鉢合わせて、互いに見つめ合って、互いに足を止めている。飯塚が少しまごまごとしたあとに、
「あ、おはよう」
探るように、遠慮の気味で、それでも小さく笑みを向けて挨拶をする。平正美もにっこり笑って、
「おはようございます」
<了>




